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はないちもんめ

熱く、そして不可解な

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 時計の針は午前0時を目前にし、メリオンは寝室で寝支度を終えたところであった。あくびをしながらベッドにのる。布団に潜り込み、部屋の灯りを落とそうと枕元のスイッチに手を伸ばしたところで、寝室の扉が開く音が耳に届いた。
 メリオンは布団に潜り込んだまま音がした方を見やる。そこに立つ人の姿を確認せずとも、こんな時間に寝室に入り込もうとする人物は1人しかいない。

「…クリス、何の用だ」

 寝室の扉前に立っていた者は、真っ赤な顔をしたクリス。ふらふらと足元が覚束ないところを見るに、かなりの量の酒が入っているようだ。

「…ゼータと一緒に飲んでいたんです」
「ほぉ。酒の勢いに任せて夜這いに来たのか?」
「いえ、夜這いではないんですけれど…どうしても今日の内に、メリオンさんに伝えたいことがあって」

 舌足らずにそう言うと、クリスはメリオンの寝るベッドへと歩み寄った。靴を脱ぎ捨て、何のためらいもなくベッドに上る。ぎしり、とベッドが軋む。

「おい、勝手に人のベッドにのるんじゃない。座りたいのなら床に座れ」
「できるだけ近くで話したいんです。お時間は取らせませんから、少しだけ僕の話を聞いてください」

 クリスの声は震えている。赤みの射した顔は、今にも泣きだしそうな情けなさ。メリオンは少し考えた挙句、ベッドの上にもそもそと身を起こす。やる気なく両膝を抱え、顎をしゃくる。とっとと話せ。メリオンの目の前で正座をしたクリスは、静かな声で語り出す。

「僕、好きな人がいるんです。さっきゼータと話していて、そのことに気が付きました」
「ん、何だその手の話か。ゼータへの想いでも再燃したか?」
「ゼータへの想いは吹っ切れています。今日話していても何も感じなかったし。今好きなのは違う人」

 そこまで言うと、クリスは俯き黙り込んだ。メリオンは膝を抱えたまま続くクリスの言葉を待つが、真っ赤な顔をしたクリスはいつまで経っても口を開かない。
 まどろっこしい、とメリオンは溜息を吐く。この先クリスの話がどのような方向に進んでいくのかは、大方想像がつく。恐らくクリスはメリオンに謝罪をしたいのだ。想いを寄せる相手がいながら自身の気持ちに気付かず、メリオンに子を産ませようと企てたことへの謝罪。強引な手段で身体を暴き、子を産んでくれと懇願した挙句、その言葉を身勝手に撤回することへの謝罪だ。
 しかし謝罪ならすでに受けている。添い寝を許したあの夜に。再び魔法の施術を受ければ元の姿に戻ることは可能なのだから、最早クリスを責める理由はメリオンにはない。

「俺のことは気にするな。謝罪は受け取った。お前が前に進むというのなら、過去の過ちは水に流してやる」
「…え?」

 一瞬、クリスの表情がぱっと明るくなる。

「施術対価の支払いの件も、多少の肩代わりはしてやる。どこぞの想い人と番うつもりがあるのなら、結婚祝いにでもくれてやろうじゃないか。」

 メリオンがそう言い切った瞬間、明るみかけていたクリスの表情は悲哀へと沈む。違う、そういうことじゃないんです。とでも言うように。
 またいくらか沈黙が続く。次にクリスが口を開いたとき、その表情はメリオンの知らない不可解な情に満ちていた。

「メリオンさん。あなたが好き」

 そうして伝えられる言葉はやはり不可解。クリスの手のひらがメリオンの手のひらを握り込む。火の玉のように熱い手のひらだ。熱く、そして震えている。メリオンはその手のひらを振り払うことができず、目の前にあるクリスの顔をただしげしげと見つめる。不可解な情を湛えた男の顔を。

「色々と無茶をした挙句、順番が滅茶苦茶で大変申し訳ないです…」

 情けなさ満載のしょぼくれた謝罪に、メリオンははっと我に返った。クリスの手のひらを力任せに振り払い、座る姿勢を胡坐に変え、顎を上げて一言。

「2点だ」
「…にてん?」
「目的と要望が不明瞭。酒に酔っている。あと顔が情けない」
「あ、点数ですか。待って待って。2点って10点満点?100点満点?」
「さぁな。どちらにせよひどい告白だ。聞かなかった事にしてやるから後日やり直せ」
「やり直しって…ちょっと。メリオンさん!」

 その後もしつこく会話を続けようとするクリスを、メリオンは寝室から追い出した。部屋の灯りを落とし、さっさと布団に潜り込む。温かな毛布の中で身体を丸め、目を閉じる。
 先ほど告げられたばかりの不可解な言葉が頭の中を巡る。

 悪意に返す言葉は持てど、真摯な愛の告白に返す言葉など知らない。
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