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はないちもんめ
曇天模様-2
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一通りの買い物を終えた3人は、町はずれにあるカフェで遅めの昼食を取ることとなった。椅子に腰かけるメリオンの足元には、衣服の入ったいくつもの紙袋が置かれている。回った店の数はさほど多くないが、日常生活に不自由しないだけの衣服一式を揃えるとなると、そこそこの量の買い物となった。メリオンは買い物の最中に着ていた官吏服を着替え、今は柔らかな素材の白のニットに、深紅のパンツを合わせている。適正なサイズの下着に包まれた胸元は、中央に寄せられその大きさを増し、ゼータは暇さえあればそのたわわな揺れを観察していた。
円卓のテラス席を囲む3人。ゼータの目の前に置かれた皿には、蜂蜜掛けのパンケーキがのっている。女性の身体になるとなぜか無性に甘味が食べたくなるゼータは、それは食事かと胡乱げな視線を向けるザトを尻目に、蜂蜜漬けのパンケーキを頬張っている。メリオンの前にある物は、溢れんばかりの具材が挟み込まれたサンドイッチ、ザトはがっつり肉料理だ。買い物の後半、ひたすら荷物持ちに徹していたザトはかなり空腹のようだ。
「メリオン、結局不慮の事故とは何だったんだ?」
3人が料理の大半を腹に収めた頃、ザトがそう尋ねた。興味のある話題だ、とゼータは身を乗り出す。昨日メリオンがレイバックとゼータに伝えた言葉は、「旅先で不慮の事故に会いこのような姿になった」「知者の策略」という不明瞭な物であった。ザトも同様の報告を受けて、今日ここにいるのだろう。
買い物を終えた達成感と、食事の満足感に快晴方向に向かっていたメリオンの表情は、ザトの問いにより再び曇天模様となった。
「…クリスの謀だ」
「クリスの?どういういみだ」
繰り返されるザトの問いに、メリオンは腕を組んで考え込んだ。どこまで話したものか、と思い悩んでいるようだ。
「奴が姿を変える魔法の施術を受けると言うから、それに付き添った」
「ああ。旅先と言ったのはそれのことか」
「そうだ。それで香で眠らされ、起きたらこれだ」
「…ん?」
早口で告げられる言葉に、ザトは首を傾げる。メリオンの言葉に耳を傾けていたゼータも、紅茶のカップを片手に同じように首を傾げた。
「待て待て、全然わからん。なぜクリスが魔法の施術を?付き添う意味もわからんし、なぜそれでメリオンが女になって帰ってくる」
訳がわからんと首を捻るゼータとザトに向けて、般若の形相のメリオンから懇切丁寧な説明がなされる。暴言交じりに吐き出される説明をまとめるとこうだ。自身が女になるために魔法の施術を受けるとクリスは言った。正確には言っていないのだが、そのように解釈する物言いをした。メリオンは対価の保証人兼体調を観察するための付添人として、施術への同行を依頼された。クリスの施術を待つ間に眠らされ、起きてみると女性の身体になっていた。それは不慮の事故などではなく、初めからメリオンに施術を施すための旅だったのだとクリスは吐いた。
般若の口からなされる説明を、ゼータとザトはふんふんと頷きながら聞いていた。しかし聞き終えてみるとやはり疑問が残る。メリオンが女性となった経緯はわかったが、クリスの行動の目的がいまだ不明なままなのだ。
「なぜクリスはメリオンを女性に?面白いから?」
ゼータの問いには、射抜かんばかりの視線が返される。メリオンの口内では、犬歯を携えた歯列がぎりぎりと噛みしめられている。
「…子が欲しいんだと」
「こ」
「こ?」
予想しない単語に、ザトとゼータは再び首を傾げた。メリオンは言葉を繰り返す。
「子どもだ」
円卓を囲む3人の間には沈黙が広がった。周りの席で人々が談笑する声が耳に届く。たっぷりの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた者はザトであった。
「…そうか、クリスは子どもが欲しいのか。その気持ちはわからんでもないが、なぜメリオンに白羽の矢が立つんだ。面白いからか?」
「そんな理由で孕まされてたまるか」
ザトの顔は平静を装っているが、口元の筋肉がぴくぴくと不自然に動いている。笑いを堪えているようだ。ザトの口元を盗み見るゼータの脳裏に、仲睦まじげに寄り添うクリスとメリオンの姿が想像された。メリオンの腕の中には顔の不明瞭な赤子が抱かれている。異様な光景で非常に面白い。
笑いを堪え珍妙な表情となったゼータを、メリオンは睨みつける。
「俺が相手ならば後腐れがないとでも思ったんだろう。官吏や侍女に言い寄られて辟易している様子はあった。大方子は欲しいが伴侶はいらん、とでも考えているんだろう」
「ああ、なるほどな。それにしても強硬手段だが」
「奴は俺の淫らな本性を熟知している。俺相手ならば何をしても許されると思ってやがるんだ、あの野郎」
どうやらメリオンには、自身の本性が淫らであるとの自覚があるようである。日頃様々な手段で貞操を狙われているゼータとしては、「メリオン相手ならば何をしても許されるだろう」というクリスの気持ちが分からないでもない。ほんのちょっとだけ、ではあるが。
「しかし子どもを作るとなると、やる事はやらねばならんだろうが。メリオンを相手に。クリスも思い切ったことをしたもんだ」
真面目な声色とは裏腹に、ザトの表情は半笑いだ。日頃のメリオンに対する当たりから、ザトは猥談は苦手なのだと踏んでいたゼータであるが、どうやらそうでもないらしい。暇さえあれば猥談を提供するメリオンが、今はその猥談の対象になっているという事実に、日頃の溜飲を下げている様子である。
「元々身体の関係はあるからな。数か月前から奴は俺の提供者だ」
「そうなのか。なら良いだろう。ついでに子の1人や2人産んでやれ」
「産んでたまるか…」
「ほら、なんだ。可愛い子が生まれると思うぞ…」
言葉の間にザトの口からは、ぐふぅ、という笑い声が漏れた。
男であるときから顔の造りは良いメリオンである。物腰の優しい紳士の皮を被るメリオンは、官吏や侍女の間で密かな人気を博しているのだ。女性となった今もその端正な顔面は健在で、切れ長の眼光も相まって悪魔的な美しさを醸し出している。
加えてメリオンとの間に子を儲けようと企むクリスは、王宮一の色男であると評判だ。メリオンは「クリスが官吏や侍女に言い寄られて辟易している」と述べたが、そうなるのも仕方ないと頷ける。2人の間に子ができたのならば、それはそれは天使のような美しさとなることだろう。
そこで会話は一区切り。カップに残る紅茶をすすっていたゼータは、ふとある事に思い至った。同じくカップに口を付けるメリオンに向けて、口を開く。
「メリオン。私は女性の身体になった直後は魔力が…」
ぽつり、とゼータの鼻先に水滴が当たった。思わず曇天の空を見上げれば、薄灰色の雲は雨粒を落とし始めていた。見上げた顔に、カップを持つ手に、冷たい雨粒がしとしとと降り注ぐ。
「降ってきたな。中に入ろう」
ザトに促され、3人は荷物をまとめ円卓を後にした。
円卓のテラス席を囲む3人。ゼータの目の前に置かれた皿には、蜂蜜掛けのパンケーキがのっている。女性の身体になるとなぜか無性に甘味が食べたくなるゼータは、それは食事かと胡乱げな視線を向けるザトを尻目に、蜂蜜漬けのパンケーキを頬張っている。メリオンの前にある物は、溢れんばかりの具材が挟み込まれたサンドイッチ、ザトはがっつり肉料理だ。買い物の後半、ひたすら荷物持ちに徹していたザトはかなり空腹のようだ。
「メリオン、結局不慮の事故とは何だったんだ?」
3人が料理の大半を腹に収めた頃、ザトがそう尋ねた。興味のある話題だ、とゼータは身を乗り出す。昨日メリオンがレイバックとゼータに伝えた言葉は、「旅先で不慮の事故に会いこのような姿になった」「知者の策略」という不明瞭な物であった。ザトも同様の報告を受けて、今日ここにいるのだろう。
買い物を終えた達成感と、食事の満足感に快晴方向に向かっていたメリオンの表情は、ザトの問いにより再び曇天模様となった。
「…クリスの謀だ」
「クリスの?どういういみだ」
繰り返されるザトの問いに、メリオンは腕を組んで考え込んだ。どこまで話したものか、と思い悩んでいるようだ。
「奴が姿を変える魔法の施術を受けると言うから、それに付き添った」
「ああ。旅先と言ったのはそれのことか」
「そうだ。それで香で眠らされ、起きたらこれだ」
「…ん?」
早口で告げられる言葉に、ザトは首を傾げる。メリオンの言葉に耳を傾けていたゼータも、紅茶のカップを片手に同じように首を傾げた。
「待て待て、全然わからん。なぜクリスが魔法の施術を?付き添う意味もわからんし、なぜそれでメリオンが女になって帰ってくる」
訳がわからんと首を捻るゼータとザトに向けて、般若の形相のメリオンから懇切丁寧な説明がなされる。暴言交じりに吐き出される説明をまとめるとこうだ。自身が女になるために魔法の施術を受けるとクリスは言った。正確には言っていないのだが、そのように解釈する物言いをした。メリオンは対価の保証人兼体調を観察するための付添人として、施術への同行を依頼された。クリスの施術を待つ間に眠らされ、起きてみると女性の身体になっていた。それは不慮の事故などではなく、初めからメリオンに施術を施すための旅だったのだとクリスは吐いた。
般若の口からなされる説明を、ゼータとザトはふんふんと頷きながら聞いていた。しかし聞き終えてみるとやはり疑問が残る。メリオンが女性となった経緯はわかったが、クリスの行動の目的がいまだ不明なままなのだ。
「なぜクリスはメリオンを女性に?面白いから?」
ゼータの問いには、射抜かんばかりの視線が返される。メリオンの口内では、犬歯を携えた歯列がぎりぎりと噛みしめられている。
「…子が欲しいんだと」
「こ」
「こ?」
予想しない単語に、ザトとゼータは再び首を傾げた。メリオンは言葉を繰り返す。
「子どもだ」
円卓を囲む3人の間には沈黙が広がった。周りの席で人々が談笑する声が耳に届く。たっぷりの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた者はザトであった。
「…そうか、クリスは子どもが欲しいのか。その気持ちはわからんでもないが、なぜメリオンに白羽の矢が立つんだ。面白いからか?」
「そんな理由で孕まされてたまるか」
ザトの顔は平静を装っているが、口元の筋肉がぴくぴくと不自然に動いている。笑いを堪えているようだ。ザトの口元を盗み見るゼータの脳裏に、仲睦まじげに寄り添うクリスとメリオンの姿が想像された。メリオンの腕の中には顔の不明瞭な赤子が抱かれている。異様な光景で非常に面白い。
笑いを堪え珍妙な表情となったゼータを、メリオンは睨みつける。
「俺が相手ならば後腐れがないとでも思ったんだろう。官吏や侍女に言い寄られて辟易している様子はあった。大方子は欲しいが伴侶はいらん、とでも考えているんだろう」
「ああ、なるほどな。それにしても強硬手段だが」
「奴は俺の淫らな本性を熟知している。俺相手ならば何をしても許されると思ってやがるんだ、あの野郎」
どうやらメリオンには、自身の本性が淫らであるとの自覚があるようである。日頃様々な手段で貞操を狙われているゼータとしては、「メリオン相手ならば何をしても許されるだろう」というクリスの気持ちが分からないでもない。ほんのちょっとだけ、ではあるが。
「しかし子どもを作るとなると、やる事はやらねばならんだろうが。メリオンを相手に。クリスも思い切ったことをしたもんだ」
真面目な声色とは裏腹に、ザトの表情は半笑いだ。日頃のメリオンに対する当たりから、ザトは猥談は苦手なのだと踏んでいたゼータであるが、どうやらそうでもないらしい。暇さえあれば猥談を提供するメリオンが、今はその猥談の対象になっているという事実に、日頃の溜飲を下げている様子である。
「元々身体の関係はあるからな。数か月前から奴は俺の提供者だ」
「そうなのか。なら良いだろう。ついでに子の1人や2人産んでやれ」
「産んでたまるか…」
「ほら、なんだ。可愛い子が生まれると思うぞ…」
言葉の間にザトの口からは、ぐふぅ、という笑い声が漏れた。
男であるときから顔の造りは良いメリオンである。物腰の優しい紳士の皮を被るメリオンは、官吏や侍女の間で密かな人気を博しているのだ。女性となった今もその端正な顔面は健在で、切れ長の眼光も相まって悪魔的な美しさを醸し出している。
加えてメリオンとの間に子を儲けようと企むクリスは、王宮一の色男であると評判だ。メリオンは「クリスが官吏や侍女に言い寄られて辟易している」と述べたが、そうなるのも仕方ないと頷ける。2人の間に子ができたのならば、それはそれは天使のような美しさとなることだろう。
そこで会話は一区切り。カップに残る紅茶をすすっていたゼータは、ふとある事に思い至った。同じくカップに口を付けるメリオンに向けて、口を開く。
「メリオン。私は女性の身体になった直後は魔力が…」
ぽつり、とゼータの鼻先に水滴が当たった。思わず曇天の空を見上げれば、薄灰色の雲は雨粒を落とし始めていた。見上げた顔に、カップを持つ手に、冷たい雨粒がしとしとと降り注ぐ。
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