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はないちもんめ

変貌

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 擦りガラスの窓からは、太陽の残光がわずかばかりに射しこんでいた。太陽は直に山陰にその姿を隠す。陽の光が射し込み暖かかったはずの部屋は、今は薄暗闇に包まれひやりとした空気に満ちていた。

 柔らかな絨毯の上で、メリオンははたと目を覚ます。絨毯に伸びるわずかな陽の影をぼんやりと眺めながら、ここはどこだったかと思いを巡らす。ああ、イズミの住まいか。クリスの施術に付き添ってやって来たのだ。いつの間に眠ってしまったのだろうと、メリオンは重さの残る身体を起こす。

「…あ?」

 薄暗闇の中に見知らぬ脚があった。筋肉のついた自身の脚とは違う、たおやかな女性の脚だ。太ももまで露わになった白い脚が、真っ白な絨毯の上に投げ出されている。脚の横にはさっきまで読んでいたはずの書物。途端に鼓動が跳ねる。

「おい、嘘だろ」

 薄暗闇に響くは、聞きなれた自身の声ではない。それよりも高い、知らない女性の声だ。煩いほどに鳴る心臓に手のひらを当てる。柔らかな感触。硬い男の胸ではない、幾度となく撫でてきた柔らかな女性の乳房が、自身の胸に張り付いていた。

 メリオンは立ち上がり、脚をもつれさせながら部屋の扉へと向かった。いったいこれは何の間違いだと憤りながら、扉の取っ手を引き動かす。しかし表から鍵が掛けられているのか、木製の扉が開くことはない。
甘ったるい香りを嗅ぎ、メリオンは扉の取っ手から手のひらを離した。扉の内側に置かれた、青く美しい香炉が目に入る。部屋を出る直前にイズミが置いていったものだ。瀬戸物の壺の中からはまだ細い白煙が流れ出ている。

――催眠作用のある香を炊いたのだ
 そう気付いた瞬間、メリオンの額に一筋の汗が流れ落ちる。この香は施術終了を待つ同伴者への気遣いなのではない。全く逆の、同伴者であるメリオンを眠りに落とし込むための物だったのだ。

 動揺で乱れた呼吸を整えた後、メリオンは改めて自身の身体を見下ろした。着ていた衣服は全て脱がされ、代わりに肌触りの良い絹地のワンピースを身に着けている。色は藍色。診療所で使用される病衣によく似た作りだ。ワンピースの下に下着は身に着けておらず、ひんやりと冷たい空気が素肌を撫でる。恐る恐る脚の間に触れてみれば、そこに触り慣れた男根はなく、代わりにある物はまだ暴かれたことのない膣穴。陰部だけではない。丸みを帯びた輪郭も、折れそうに細い首も、触れれば柔らかな二の腕も、豊かに実る乳房も、全てが記憶の中にある己の身体とは違う。まごうことなき女性の身体だ。
 一体なぜこんなことが起こったのだと、メリオンは必死に考える。この度の施術は、クリスが女になるためのものであったはず。メリオンは体調の観察役として施術に同行しただけだ。イズミが施術対象者を間違えたのか?しかしクリスがそばにいるのだから、たとえ間違えて眠らせたにしても施術の前に気が付くはずだ。直前で怖気づいたクリスがメリオンに施術を丸投げした?しかしクリスの施術への意志は固い物であったし、「怖気づいた」程度の理由で施術対象者の変更ができるはずもない。

 考え込むメリオンの耳に、扉の鍵を開ける小さな音が聞こえてきた。次いで木製の扉が軋みを上げながら開く。そこに立っていた者はクリスだ。

「あ、メリオンさん。起きましたか」

 おいクリス、これは何の手違いだ。文句を言うために開きかけた口を、メリオンはすぐに閉じた。薄暗闇に慣れたメリオンの目からは、明るい廊下に立つクリスの顔がよく見える。クリスの顔は柔和な微笑を湛え、予想外の事態が起きたなどという動揺は微塵も感じさせない。それどころか「全てが思う通りに行った」と、満足げにすら見える笑みだ。

「俺を騙したのか」

 震える声が響く。後ろ手で扉を閉めたクリスは、1歩メリオンへと歩み寄る。

「何のことですか?」
「お前が女になるための施術だと言っただろうが」
「僕、そんなこと言いましたっけ?」

 1歩2歩と距離を詰めるクリスを睨みつけながら、メリオンは記憶を辿る。

「性別を変えることは可能か?」とクリスは聞いた。自分が女性になることは可能かとは聞いていない。「まさかとは思うが、お前が自分で生むつもりなのか?」メリオンの問いにクリスは答えなかった。そしてメリオンが疲れ果てているときを見計らって持ち込まれた施術同意書、ここに署名をしろと指を指すクリス。メリオンが署名を終えれば、書類を掠め取るようにして部屋を出ていった。

「クリス、お前…」
「嘘は吐いていないはずですよ。多少誤解を招く物言いだったことは認めますけれど」
「目的はなんだ。俺が動揺する様を見たいがためか?」
「だから僕、嘘は吐いていないですって。施術の目的も以前に話した通りです」

――何を企んでいる。姿を変えて、どこぞの王国の姫君でも攫いに行くつもりか?
――いえ…実は子どもが欲しいなと思いまして
 数か月前の会話が脳裏に浮かび、メリオンはぎり、と歯軋りをした。怒り任せに両腕を突き出し、クリスの胸元に両手のひらをあてる。魔法の発動。

「人様の身体を弄ぶ輩は、明日の朝まで昏倒していろ」

 怒りに任せて打ち出したはずの魔法。しかし魔法の発動を示す白色の光は、いつまで経ってもメリオンの手のひらから放たれることはない。
 何故。そう呟くよりも早く、クリスの両手がメリオンの肩を強く押す。思わず床に倒れ込んだメリオンの腹に、クリスは悠々と馬乗りになる。

「なぜ魔法が使えない。お前、何をした」

 メリオンは震える声で問う。柔らかな絨毯に背中を預け、真っ直ぐに見上げる先は天井を背にしたクリスの顔。金色の前髪の下で、2つの瞳が嗤う。

「メリオンさん。イズミさんの説明、ちゃんと聞いていました?『施術を受ける者が魔族である場合、一時的に魔法が使えなくなる場合がある』って、そう言っていたじゃないですか」
「…あ――」

 声を詰まらせるメリオンの衣服の中に、クリスの手のひらが入り込む。熱を持った手のひらが、太腿の内側をつつ、と撫でる。

「大丈夫。僕、約束はきちんと守りますから。約束通り、ね。今夜子ども作りましょ」




***
ご都合っぽいけど一応第1章とリンクしていたりします。
●ゼータとレイバックの会話(「姫抱き」)
「女性の身体になると魔力量が減るのか?」
「今はね。変身後の身体にうまく魔力が馴染んでいないんですよ。生まれてこの方ほとんど女性の身体になっていませんから」
「長く女性の身体でいれば、その内魔力も馴染むということか」
「そういうことです。多少時間は掛かりそうですけれどね」

●ついでに次話とリンクするゼータの台詞(「溢れる想い-2」)
「特殊魔法に分類されることが多いですけれど、正確に言えば変身は魔法の一種ではありません。生まれつきその者に備わっている能力の一部ですからね。吸血族であるアダルフィン旧王は吸血により力を蓄えたと歴史書に書いてありましたよね。吸血も魔法とは異なる行為であると聞いたことがあります。生まれ備わった特技、とでも言うんでしょうか」
→魔法が使えなくても変身、吸血といった特技は使える
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