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十字架、銀弾、濡羽のはおり

人間族長-3

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 およそ30分後。ゼータは木製の決裁版を手に、王宮4階の廊下の端に立っていた。決裁版に挟み込まれるは必死の思いで準備した「人間族長任命伺」枚数にすればたった3枚ぽっちの書類であるが、決裁書類の作成に縁のないゼータにとっては大仕事であった。総務部官吏の教授の元作り上げた書類の上部には、横長の決裁判が押されている。真四角の枠の数は、十二種族長の人数と同じ12。そのうち人間族長の欄には斜線が引かれているから、実際に押されるべき印の数は11だ。
 ゼータは総務部で耳にした決裁のルールを、頭の中で反芻する。各部署から上げられた決裁書類は、上級官吏専決の書類を除きほぼ全てが十二種族長の元へと回される。十二種族長全員の承認を受けた書類だけが、晴れて最終決裁者である国王レイバックの元へと辿り着くのだ。決裁時に注意すべきは、十二種族長に書類を回すときには暗黙のルールが存在するということだ。そのルールとは、在任歴の短い族長から順に決裁をもらうということ。即ち12人の族長が揃っている場合ならば、人間族長、小人族長、吸血族長と順に書類を回すことになる。最も在任期間の長いザトが全員分の印を確認し、自ら印を押した後に、書類はレイバックの執務室へと回されるのだ。今回人間族長の印は不要であるから、まず集めるべきは小人族長の印。ゼータは足取り軽く、「小人族長ウェール」と掛札の掛かった扉を引き開ける。

 執務室の最奥では、ウェールが小さな執務椅子に腰かけ物書き作業にあたっていた。小人族であるウェールは、身長がゼータの腰ほどまでしかない。執務室内の家具はどれも子どもの玩具のように小さく、自分が巨人になったのだと奇妙な錯覚を起こす。

「ウェール、急ぎの決裁書類なんですけれど、すぐに見てもらえますか?」

 ゼータがそう話しかけると、ウェールは小さな顔に笑みを作った。良い、ということである。小人族は手先が器用な種族であるとされており、ポトスの街の職人街には小人族の工房が多く立ち並ぶ。ウェールも職人街に工房を構える一人であり、雑貨類の販売に加え宝飾品や革靴の修理を請け負っているらしい。ゼータはウェールから「王宮関係者からの修理依頼だけで、十分工房が成り立っている」との話を耳にしたことがある。ゼータは直接ウェールの工房を訪れた経験はないが、物持ちの良いレイバックは工房の常連客なのだとか。
 ゼータが手渡した書類を、ウェールは小さな手でぱらぱらと捲った。ウェールが決裁書類に印を押さないことは滅多にない。王宮内でまことしやかに囁かれる噂や正しく、決裁版に一つ目の印が押されるまでには1分と掛からなかった。どうぞ、にこやかに返される書類を、ゼータは両手を以て頂戴する。

 速やかにウェールの執務室を退室したゼータは、続く決裁者の名前を指でなぞった。決裁判に並ぶ職名は「吸血族長」途端に憂鬱な気分を覚えたゼータは、ぐぅと獣のような声で唸る。小人族長の執務室の隣には、「吸血族長メリオン」との掛札が掛けられた扉が堂々と佇む。順当に印を集めるのであれば、次の決裁者はメリオンである。しかし先日の飲み会後の出来事を思い出せば、極力メリオンと2人きりにはなりたくない。思い悩むゼータは結局扉を開ける勇気を持てず、次の決裁者である獣人族長の執務室を目指すことにしたのだ。嫌なことは後回し、というやつだ。

***

 それから1時間ほどが経ち、決裁判には順調に印が集まりつつあった。小人族長に続き獣人族長、鬼族長、幻獣族長、巨人族長、海獣族長と印を貰い、残る印は5つ。なんだか宝物を集めているみたいだ。賑やかになった決裁版を見てゼータは嬉しくなる。しかし浮かれ気分は長くは続かない。決裁判の一部には、未だ空白のままの吸血族長の欄。決裁順を引き延ばせば延ばすだけ、あの淫猥な男に会いたくないという気持ちは募る。だがいつかは行かねばならぬのだ。メリオンの印なくしては、最終決裁者であるザトの元を訪れることができない。深呼吸を5度。ゼータは勇気を振り絞り、重たい扉を引き開ける。

 萎えそうな気持ちと共に立ち入った先は、黒を基調とした執務室だ。絨毯は黒、カーテンも黒、壁際に並べられた飾り棚も衣類掛けも姿見も、全てが黒塗りという徹底ぶりだ。しかし天井と壁が白塗りであるから、不思議と重苦しい印象は受けない。白と黒で統一された、洗練された空間とでも表現しようか。幸いなことに、メリオンの執務室には先客がいた。官吏服をまとった若い女性が、執務椅子に座るメリオンと話し込んでいる。女性の顔が僅かに上気しているように見えるのは、今日は気温が高いためか、それとも目の前にいる者がポトス城の紳士と名高い男であるためか。
 ゼータが後ろ手でそっと扉を閉めたとき、メリオンの灰色の瞳が動く。

「ゼータ様、どうされました」

 薄い唇から吐き出されるは、紳士に違わぬ穏やかな言葉だ。数日前の恐ろしい記憶が頭を過りながらも、ゼータは必死で平静を装う。

「人間族長任命伺を持ってきました。急ぎの書類なので、早急に印をいただけませんか」
「でしたら、ソファにお掛けになってお待ちください。3分と掛からずに終わりますから」
「…わかりました」

 不埒者の縄張りに長居はしたくない。そう思いながらも、ゼータは大人しくソファに腰を下ろした。上品な黒革張りのソファだ。一見すればごわごわと座り心地の悪そうな座面だが、座れば意外と柔らかい。ふわふわソファに尻を沈めながら、ゼータはこっそりと執務椅子に座るメリオンを観察した。耳に掛かる長さの黒髪に、眦の吊り上がった灰色の眼(まなこ)。鼻筋は通り唇は薄く、10人が見れば10人が男前だと評価する顔立ちだ。凛と背筋を伸ばし椅子に座り込む姿は美しく、書類をなぞる指先の動きは優雅の一言。数日前に見た淫猥者の顔は、ともすれば幻であったのか。そう錯覚せずにはいられない。しかし騙されるな、ゼータはそっと頭を振る。メリオンの本性は間違いなく淫猥物だ。紳士の皮に騙されていては、後に痛い目を見る羽目になる。

 メリオンの宣告通り、数分と経たずして女性官吏は執務室を後にした。音を立てて扉は締まり、数秒。ゼータの耳に不遜の声が届く。

「おい、書類を持ってこい」

 声のする方を伺えば、すっかり紳士の皮を剥げ落としたメリオンがいる。執務机の上に頬杖を付き、もう一方の手は野良猫を呼び寄せるがごとくの手招きだ。書類ならお前が取りに来い。叫びたくなる衝動を抑え、ゼータは無言のまま書類を運ぶ。決裁書類を受け取ったメリオンは、内容に目を通すなり不機嫌の形相だ。

「お前は決裁のルールも知らんのか?なぜ俺を後回しにした」
「さっき執務室を訪れたとき、不在だったから…」
「嘘を吐くな。俺は昼飯以降、執務室を空けていない」

 ゼータは俯き、黙り込む、臆病風に吹かれて貴方の決裁順を後回しにしましたなどと、口にすればほとほと情けない。

「まぁ良い。ザトのところには、全員分の印を揃えて持っていけ。公務中のあいつは口喧しいぞ。融通の利かん糞頑固爺だ」
「…はい」

 目の前の男が淫猥物であることは事実だが、公務と私事を混同すべきではなかった。ゼータは素直に自らの非を悔いる。しゅんと項垂れるゼータの前で、メリオンは瞬き一つせず書類に視線を走らせる。素人目に見てもわかる、綿密な審査。「クリスってあの王子様でしょ?王宮に来るの?やったぁ」などと両手を上げ、即座に印を押したシルフィーの審査とは天地の差だ。誤字一つあればメリオンの決裁は通らない、まことしやかな噂は真実であったのだ。
 3枚綴りの書類の一枚目に目を通し終えたとき、メリオンは唐突に口を開く。

「何度か見た名だな。外交使節団の一員として来国…王宮に関わったのはその時だけか?」
「魔法研究所に勤務するにあたり、私の名で推薦書を回しています。推薦書自体は人事部上級官吏の専決で済んでいますが、数日後に人事異動通知が回覧されているはずです。つい半年前のことですから、記憶にも残っているかと」

 無難な受け答えができたかと思いきや、間髪入れずに次なる質問が飛んでくる。

「魔導大学といえば、ロシャ王国一の研究機関だろう。外交使節団に任命されたということは、大学内でもそこそこの功績は残していたんだろう?なぜ大学内での出世を捨て、わざわざドラキス王国に赴いた」
「外交使節団として訪れたときに、ドラキス王国に魅力を感じたみたいですよ。私自身も彼とは何度か話をする機会がありまして、魔法研究所の存在も伝えていたんです。それでいざ移籍したいとなった折、私を頼りに…」
「お前、このクリスという男に正体を明かしていたのか?外交使節団来国当時は、ルナの姿で通っていただろう」

 話の弱点を突く正確かつ迅速な攻撃に、ゼータは腹部を強かに殴られる心地だ。しかし動揺する素振りを見せてはならぬ。ゼータが作成した人間族長任命伺には、少なからず虚偽の記述が織り込まれている。具体的な記述箇所としてはクリスが魔法研究所に移籍した経緯に掛かる部分だ。
 クリスが魔導大学を去ることになって理由について正確な記述を行うとすれば「ロシャ王国の最大級機密機関である対魔族武器開発専用地下治験場の責任者として勤務していたところ、ドラキス王国からの派遣員ゼータ氏が地下治験場へと立ち入る重大事件が発生した。クリス氏は口止め兼交渉のためゼータ氏を地下治験場に留め置いていたが、ゼータ氏の帰国日前日を迎えてもなお交渉は硬直状態。強引な手段で自らの要望を押し通そうとしたクリス氏であるが、ゼータ氏の救出に訪れたレイ氏(本名レイバック)の剣に打ち取られることとなる。一時は死亡とされたクリス氏ではあるが、実は運良く生を繋ぎ、地下通路を通り魔導大学の外部へと逃げ果せていた。魔導大学内傷の完治を機に再び地下通路を通り魔導大学へと舞い戻ったクリス氏は、己の勤務地であった地下治験場で凄惨たる光景を目撃することになる。地上へと続く扉は固く閉ざされ被験者として幽閉されていた4人の魔族と2匹の魔獣が焼死体となって息絶えていたのである。被験者が適切な弔いを受けていないことに不信感を覚えたクリス氏は、魔導大学研究員としての地位を捨て単身ドラキス王国を目指すことを決める。そして辿り着いたドラキス王国の地で、謝罪を目的にゼータ氏の元を訪れたところ、当氏の提案により魔法研究所に勤務することが決まる」などと穏便とは言えぬ内容になることは避けられない。

 対魔族武器開発専用地下治験場責任者という物々しい肩書に加え、王妃監禁罪、国王冒涜罪と罪を重ねたクリスだ。真実を記述すれば、彼がドラキス王国の王宮に迎え入れられることなど有り得ない。そう考えたからこそ、ゼータはクリスの魔法研究所移籍理由については「一身上の都合により移籍を希望」という最低限の記述で済ませているのである。
 王宮一危機管理意識が高いと噂されるメリオンに、これ以上クリスの素性を突っ込まれるわけにはいかない。ゼータは内心冷や汗を流しながらも、表面上無表情を取り繕うことに必死だ。

「正体を明かしたのはその後です。魔導具の研究開発にあたり、魔導大学の視察に赴いたでしょう。そのときに偶然クリスと再開したんです。私としては正体を隠し通すつもりでいたんですけれど、レイも一緒にいたから隠すに隠し切れなくて…」
「ほぉ。それでその時の縁を頼りに、遥々ドラキス王国にやって来たというわけか。このクリスという男は。お前、こいつと恋仲にでもなったんじゃないだろうな?」
「なっていません」
「だが魔法研究所だけに飽き足らず、今度はお前の推薦で王宮に呼ぶんだろう。ああ、恋仲でなければお前の片思いか」
「変な詮索をしないで、早く印をくださいよ!」

 完全に決裁書類の内容を逸脱した質問だ。ゼータは不謹慎な男から書類を奪い返すべく、手を伸ばす。しかしゼータの指先が書類に触れるよりも早く、メリオンがひょいと決裁版を持ち上げた。ゼータの両手は虚しく虚空を切る。

「決裁者の質問に答えるのは、書類を持って来た官吏の仕事だ。官吏の真似事をするのなら、与えられた仕事は満足にこなせ」

 質問とは、人様の不貞を疑うような質問のことではないはずだ。ゼータは内心声を荒げるも、口先の喧嘩でメリオンに勝てるはずもない。ぎりぎりと歯軋りをし、怒りを収める。ゼータから遠ざけた書類をつらつらと眺めていたメリオンは、不意に声を上げる。

「おい、ここ。間違えている」
「え、嘘」

 拙い書類であるが、誤字脱字だけは何度も審査したのに。ゼータはメリオンの傍へと歩み寄り、書類を覗き見ようと首を伸ばす。一瞬疎かになる警戒心。メリオンの右手がゼータの腰を抱く。さも自然な動作で宛がわれた手のひらは、腰部と臀部をくすぐるように撫でる。全身を悪寒が駆け抜け、ゼータは左腕を思いきり振り上げた。渾身の力が込められた拳は見事メリオンの顎を打ち、薄い唇からは「痛い」と悲鳴が漏れる。

「おい、何をする。痛いだろう」
「こっちの台詞です。何をするんですか」
「尻を撫でるくらい、挨拶みたいなもんだろうが」
「私の国で一般的な挨拶は、握手と会釈です。淫猥帝国の国王殿は、即刻国にご帰還ください」
「言うじゃないか」

 メリオンはくつくつと笑いを零しながら、赤くなった顎先を指で擦る。そのまま舌を噛み切ってしまえば良かったのに、己の尻を守るゼータは般若の形相だ。
 それから先のメリオンはといえば、至極真面目に書類を読み進めた。2,3の問答を終えた後、執務机の引出しから判子と朱肉を取り出す。使用頻度の多い決裁印を、机の上に出しっぱなしにする十二種族長は多い。しかしメリオンは、必要最低限の文具以外は逐一引出しに仕舞う質のようだ。危機管理の徹底した、官吏の鑑のような男である。

 メリオンが印を押し終えた瞬間に、ゼータは執務机上から書類を奪取した。7つ目となる印を揃えた大切な書類を胸元に抱き留め、メリオンから視線を外さぬよう後ろ足で扉へと向かう。後ろ手で扉の取っ手を掴み、開いた隙間へと身体を滑り込ませる。
 扉が閉まる直前に、部屋奥の執務椅子でメリオンがひらりと右手を振るのが見えた。

「つ、疲れた」

 吸血族長メリオン。掛札の掛けられた扉の前で、ゼータはぐったりと肩を落とす。
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