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無垢と笑えよサイコパス

後日談:歓迎会

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「それではクリスさんの魔法研究所移籍を祝してぇ、乾杯!」

 ビットの音頭で、3つのグラスが打ち鳴らされた。
 ゼータの推薦によりクリスが魔法研究所の一員となってから1か月。今夜は遅ればせながら、クリスの移籍を祝う歓迎会の日だ。歓迎会と言っても参加者はゼータ、ビット、クリスの3人のみ。魔法研究所の研究員全員が参加する歓迎会は、クリスが研究所にやって来た翌日早々に催されているから、今回は気心の知れた面々で気楽に飲み明かそうという計画だ。開催場所は魔法研究所研究棟のクリスの私室、小さなちゃぶ台には多種のつまみと、各々が持ち込んだ大小様々な酒瓶が並んでいる。

「クリスは最近どうですか。魔法研究所での生活には慣れました?」
「すっかり慣れたよ。お陰様で、毎日楽しく過ごしている」
「魔導大学に比べたら設備も人員も頼りないでしょう。物足りなさは感じませんか?」
「物足りない、と感じることはないかなぁ。狭い空間だから、人と人との距離が近くて温かいよ。廊下を歩いていれば皆が声を掛けてくれるし、僕、こっちの生活の方が向いているかも」
「そうですか?そう言ってもらえると嬉しいです」

 在籍する研究員が二千人を超え、首都リモラの一等地に広大な研究所を構える魔導大学。対する魔法研究所の在籍員はクリスを入れて31人、立地は不便な山の中だ。図書館も食堂も売店も、便利な物は何一つありはしない。劇的な生活の変化にクリスが困り果てているのではないかと予想していたゼータであるが、どうやら心配は杞憂のようだ。にこにこと笑うクリスの表情からは、魔法研究所での生活を嘆いている様子は伺えない。日光射さぬ地下研究室での生活もそこそこ満喫しているように見えたから、クリスは環境の変化に柔軟な男なのだ。推薦は間違いではなかったと、ゼータは満足げにグラスの縁に口を付ける。ゼータに代わり口を開いた者はビットだ。

「クリスさんはもう魔法研究所に馴染んでいますよねぇ。あちこちの研究室をお尋ねすると、よくクリスさんの噂を耳にしますよ」
「僕の噂?どんな?」
「麗しの御尊顔、すらりとした体躯。有り余る気遣いに、慈愛に満ちた微笑み。魔法研究所に王子がやって来たってさ」
「王子って…勘弁してよ…」

 クリスの金髪が憂いに揺れる。「超」が付くほど男前の顔面を有するクリスは、魔導大学内では王子の名で通っていたのだ。大学祭で催される「王子様選手権」で3度の優勝経験を誇ることがあだ名の由来であると、かつてクリスはルナを相手に語った。魔法研究所の面々は王子様選手権の経緯を知らないはずだから、王子のあだ名は全くの偶然であろう。クリスの顔を見る者が皆「王子」との印象を抱くのであれば、それは最早彼の本性が王子に等しいと言っても過言ではない。

「専門研究は?もう決めました?」

 一口サイズのチーズを口に放り入れ、ゼータは聞いた。綺麗に皿に盛りつけられた3種のチーズは、部屋の主であるクリスが用意したつまみだ。その他にも手作りの鶏ハムや色鮮やかな野菜スティックなど、数種のつまみはクリスの手作りである。「簡単な物ばかりだから」と本人は謙遜するが、簡単に用意できるつまみの作り方を心得ているだけで大層なものだと、ゼータとビットは揃って感心したのだ。小さなちゃぶ台の上にはクリス手製のつまみの他に、魔法研究所の母ことリオンの差し入れがのっている。小ぶりの握り飯と、まだ温かな大根の煮物。しっかりと味付けのされた大根は、酒のつまみには丁度良い。半月状の大根を一つ取り皿にのせ、クリスは唸る。

「専門はまだ決めかねているんだよね。あちこちの研究室でお手伝いはさせてもらっているけれど、どれも決め手には欠けるというか…」
「元々の専門は魔導具ですしね。魔法研究所は調査系の研究室が多いんですよ。馬車で15分という好立地が幸いし、王宮からの各種調査依頼が舞い込むんです。私も何度王宮の要請を受けて、魔獣の生息域調査に赴いたことか」
「そうそう。調査系が多いんだよね。僕、研究は物作り系が好きなんだよなぁ。そういう意味ではキメラの育成には興味があるけれど」
「キメラ棟は常に人員不足です。いつでも大歓迎ですよ」

 こき使ってやる、とばかりに親指を立てるビット。クリスは「考えておくよ」と返すに留めるのだ。

「そういえばさ。ゼータはレイさんと仲直りしたの?」

 突如として話題を振られ、ゼータは口に詰め込んだチーズを酒で流し込んだ。ここに至るまでにすでに3杯の杯を空けている。かなりのハイペースだ。

「仲直りはしましたよ。殴り合いに至った喧嘩は長引かないんです。次の日の朝にはすっかり元通りで…」

 そこまで言うと、ゼータは思い出したように声を上げた。空のグラスをちゃぶ台にのせ、部屋の入り口付近まで這いずっていく。無造作に投げ出されていたかばんを漁り、中から一本の酒瓶を取り出す。

「忘れるところでした。これ、レイからの差し入れです。ポトスの街を代表するお酒だから、ぜひクリスに飲んで欲しいそうですよ。たっぷり飲んで後日感想を聞かせてくれって」

 差し入れ片手にちゃぶ台へと戻ったゼータは、クリスの目の前にコーヒー色の酒瓶を差し出した。恐れ多き国王殿からの差し入れを、クリスは両手を持って頂戴する。握り飯を片手に酒瓶を覗き込んだビットが、うわ、と驚きの声を上げた。

「アルコール度数60度ですって」
「お前は飲み会開始早々に潰れろってことかな」
「悪意を感じる差し入れですねぇ…」

 王妃を監禁した罪はいまだ許されないのかと、クリスは肩を落とし嘆く。しかし返すゼータの表情は穏やかだ。

「悪意の片鱗が見え隠れすることは確かですけれどね。レイは何やかんやとクリスを気に掛けていますよ。クリスの背丈で服を買うならどの店が良いとか、どこどこの飲食店は有名どころだから一度足を運ぶべきとか、日々色々言っています。気に掛けながらも時分からクリスを訪ねる勇気はないみたいなので、そのうち理由を付けて王宮に足を運んでください。喜びますよ。絶対顔には出しませんけれど」
「そうなの?それなら近々、お酒のお礼を言いに行こうかなぁ…」

 色違いの猪口に火酒を注ぎ、歓迎会は続く。

 ちゃぶ台上のつまみの半分がなくなった頃。その頃の話題といえばもっぱらがクリスの私生活に係ることであった。会話の発端は「クリスが夜分頻繁にポトスの街に下りている」という話をビットが披露したことであった。「外出の目的は何だ、ひょっとして早くも恋人ができ頻繁に逢瀬を重ねているのか」そう問いただすビットを前に、クリスは何とも決まりの悪い表情だ。

「恋人なんていないよ。ただ飲みに行っているだけ。リィモンに誘われるんだ」
「リィモンに?一緒に飲みに行くほど仲が良いんですか?」

 リィモンは魔法研究所の母リオンに並び、魔法研究所の兄貴分と称される存在だ。歯に衣着せぬ物言いに野性的な風貌。クリスとはまた違った方面で男前の顔立ちの彼は、魔法研究所の人気者なのだ。面倒見の良いリィモンがクリスを気に掛ける気持ちはわからんでもない。しかしクリスとリィモンは研究室も、生活棟の私室も遠く離れている。果たして一緒に飲みに行くほどの接点があっただろうかと、ゼータとビットは揃って首を傾げる。そして、続くクリスの言葉に驚愕した。

「リィモンは僕の顔が目当てなんだよ」

 予想だにせぬ宣言に、ゼータは口に含んだ火酒を吐き散らかした。ビットは中身の入ったグラスを取り落とし、場は一気に混沌と化す。

「クリスの顔が目当て?一体どういう事ですか」
「ちょっとゼータさん。無粋な質問は止めてくださいよ。顔が目当てと言ったら決まっているでしょ。リィモンはクリスさんに惚れているんですよ。一目惚れ」
「つまりリィモンはクリスの心を射止めるべく、頻繁に飲みのお誘いを掛けているということですか?」
「そういう事ですよ。ゼータさん、僕と2人で応援会を結成しましょう。名付けてリィモンとクリスさんの恋路を応戦する会。僕が会長、ゼータさんは会計です」
「副会長じゃなくて?」

 本日一の盛り上がりを見せる2人を前に、クリスは焦り顔だ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。そういう意味じゃないってば。えーと、何と言えば良いのかな。リィモンは僕の顔を餌にして、飲み屋で軟派ナンパ行為を働いているんだよ」
「軟派行為…ですか」

 燃え上がる恋路はないと知り、ゼータとビットはひとまず落ち着きを取り戻した。借りてきた子猫のように大人しくなった2人を前に、クリスは必死に説明を続ける。

「これはリィモンが言っていたことなんだけどね。一人で飲み屋に行って女性に声を掛けると、警戒されることが多いんだって。明らかな出会い目的と思われるみたいなんだよ。でも僕を連れて行くと、友人同士の飲み会に見えるでしょう。同じ店に居合わせた女性グループに声を掛けても、あんまり警戒はされないんだ。男同士で気楽に飲みに来て、たまたま盛り上がって居合わせた女性に話しかけただけ。そう相手に感じさせることで、軟派行為の成功率が上がるんだってさ。僕の言っていること、わかる?」
「まぁ…何となく」
「そう、良かった。つまりリィモンは軟派行為の餌として僕の顔を利用したいだけ。リィモン自身が僕の顔を好ましく思っているとか、そんな事実はないの。応援会の結成は無用です」

 クリスはきっぱりと言い切った。そう言われてしまえば確かに理解はできる。リィモンはクリスがやって来るまで、魔法研究所一の男前と評価を得ていた男だ。さっぱりとした性格も相まって、研究所内での女性人気も高い。ただリモラの街の繁華街で単身軟派行為を働くとなると、成功率はあまり高くないのであろうと想像はできる。それはリィモンの容姿が粗野的であるからだ。乱れた髪に無精髭。わざと着崩した衣服は、人によっては恐怖を覚えることもあるだろう。
 しかし王子の異名を持つクリスが傍らに立つことで、リィモンの粗野さは半減される。互いが互いの特徴を引き立て合う理想の2人組だ。クリスの顔面を目当てに軟派の誘いに応じ、話すうちにリィモンの良さに気付く場合もあるだろう。リィモンが一時の出会いを目的として飲み屋を訪れるならば、確かいクリスは理想的な供なのだ。

「事情はわかりましたけど…クリスはそれで良いんですか?麗しの顔面を良いように利用されているということでしょう」
「僕だって本当に嫌なら断るよ。リィモンは話も上手いし、一緒にいると結構楽しいんだよね。軟派行為と言っても店内で楽しくお喋りするだけだし、色々な立場の人と喋れるから勉強にもなるんだよ。僕は魔族のこともリモラの街のことも、何も知らないからさ」
「そうなんですか?でも頻繁に飲みに出るとなるとお金も掛かるでしょう。クリスは先週初任給が出たばかりですよね。金銭面は大丈夫ですか?」
「それが、飲み代は全部リィモンが出してくれるんだ。お前の顔には金を掛けるだけの価値があるとか言って。ただ飯食べられるなら悪くない、と思っていつも誘いに応じちゃうんだよねぇ」
「そう…クリスが良いなら別に良いんですけれど」

 強引な誘いによりクリスが不利益を被っているのでは、と不安を覚えたゼータであるが、心配は無用のようだ。クリスは無暗と敵は作らないが、意見を述べることが苦手なわけではない。一方のリィモンも、嫌と言うクリスを無理に連れ出すような男ではない。研究所の予算確保に尽力したゼータを生活棟の屋上に奉ろうとする暴虐な一面も持ち合わせているが、基本的には面倒見の良い大らかな男なのだ。

「飲み屋での会話は本当にためになるんだ。魔族と人間は、死生観や貞操観念が全然違うから。ドラキス王国には結婚に関する法がないでしょう。どうやって夫婦生活を成り立たせるのかと疑問を感じていたんだよ。でも納得。これだけ大らかな性格の種族じゃあ、法に縛れた結婚生活には向いていないよ」
「へぇ。そう感じるような出来事がありました?」
「一番は当たり前のように性行為のお誘いを掛けられることだね。一時前まで彼氏の話をしていた女性が、次の瞬間に当たり前のようにお誘いを掛けて来たりするんだ。ロシャ王国では有り得ないよ。恋人がいる身で他の人物と性行為に及んだとなれば、大概が破局だ」
「魔族は性関係に寛容な種族ですからねぇ。身体の関係は身体の関係、心の関係は心の関係と割り切っている人が多いですよ。一夜限りの関係なんて繁華街では常識ですし、互いに名前も知らないまま行為に及ぶなんてことも珍しくはないです」
「そうみたいだね。あ、僕は身体のお誘いには一切応じていないからね。健全にお喋りをして終わり。初めてお誘いを掛けられたときは突然すぎて何も返せなかったんだけど、リィモンが普通に断って良いと教えてくれたんだ。断っても怒る人はいないんだよね。あら残念、みたいな感じでさ。」
「私達からすれば、お誘いを断られて怒る人の方が異常ですけれど。種族が違うと常識も違うものですねぇ」
「その常識の違いを身をもって感じられただけでも、リィモンの軟派行為に付き合った意味はあるよ」

 隣国であるロシャ王国から、ドラキス王国への移住者は多い。人の出入りに寛容な国家であるため移住者の正確な人数は把握されていないが、年間数百人に及ぶ人間がドラキス王国に移り住んでいると言われている。移住の動機は多岐に渡るが、共通するのは移住者が皆ドラキス王国に対する一定の知識を持ち合わせているということ。例えば個人旅行で何度もポトスの街を訪れるうちに、多種族国家であるドラキス王国に憧れを抱いた、というような移住動機が多いのだ。
 方やクリスのドラキス王国訪問経験は一度きり。それも旅行目的ではなく、外交使節団の一員として滞在期間の大半を王宮内部で過ごした。散策と精霊族祭の折にポトスの街に下りてはいるが、いずれも自由な行動時間があったとは言い難い。つまりクリスはドラキス王国の国民性や、魔族と人間の違いという物を肌で感じることがないまま、ポトスの街へと移り住んできてしまったのだ。
 そういった特殊な事情を考えれば、リィモンがクリスを連れ出したことは幸いであった。馴染みたいと思う国があるのなら、その国の料理を食べその国の人々と話をするのが最も手っ取り早い。例えリィモンの誘いの目的が、クリスの顔面を利用した軟派行為であったにしろだ。
 「リィモンもやり手ですねぇ」などと笑い合うゼータとビットを前に、クリスは不安を投げかける。

「ちなみにその…お二人の貞操観念はいかに…」
「私は結婚以降、性行為を目的とした軟派行為は働いていないです。馴染みの飲み屋に行って、たまたま隣に座った人と話すことはありますけれど」
「僕も、今はメレンちゃん一筋ですよ!」

 結婚以降。今は。耳に引っかかる単語を、クリスは聞かなかったことにした。郷に入っては郷に従え、とは偉人の言葉である。

***

 他愛のない雑談で時を過ごし、気が付けば日付変更も目前だ。目ぼしい話題は出し尽くし、持ち寄りのつまみも品切れ状態。酒瓶だけはふんだんにあるが、つまみがなくては杯は空けられない。ビットは座布団を抱き枕に床を転がり、クリスのベッドを占領したゼータはまったり寛ぎ状態だ。3人の間には沈黙が目立ち、歓迎会はそろそろ御開きかと思われた、その時である。

「ゲームでもしようか」

 クリスの提案に、場は一気に活気を取り戻した。座布団を抱き込むビットは目を輝かせ、ベッド上のゼータはナメクジのように床へと下りてくる。

「ゲームって?何をするの?」
「酒の席のゲームということですか?そういえば視察員の歓迎会のときに、そのような物があると小耳に挟みました」

 耳に挟んでいるのなら話は早い、とクリスは笑う。

「魔導大学の飲み会では定番なんだよ。簡単なゲームばかりなんだけど、酔っ払いでやるとこれがまた面白いんだ。大人数でやるゲームが多いんだけど、3人でできるものだと…」

 クリスは唇に手を当て考え込む。

「愛してるゲーム」
「愛してる…」
「愛…」

 ゲームの名に付けるには余りにも不穏な動詞に、ビットとゼータは肩を震わせた。恐れ慄く2人を前に、クリスは笑顔で説明を始める。

「ルールは簡単。ちゃぶ台の周りに円形に座って、右隣の人に愛してると言うんだ。順番にね。最初に笑ったり照れたりした人が負け。細かいルールは他にもあるんだけどね。ごちゃごちゃしちゃうから、慣れた頃に追加しようか」
「…愛してると言うだけ?単純ですね。この歳になって愛の囁きごときで照れるとも思いませんが、それでゲームが成立するんですか?」
「さぁ、それはやってみればわかるんじゃない?一つヒントを言うのなら、ただ淡々と愛してるを繰り返すことがこのゲームの神髄ではないよ。愛を伝えるには無限の方法があるでしょう」

 クリスの言うゲームの神髄には思い至らぬまま、ゼータとビットはちゃぶ台周りに正座する。空皿を手早く積み上げたクリスは、ちゃぶ台の空き場所に未使用のグラスを置いた。白ワインがグラスになみなみと注がれる。敗者はそのグラスを空にせよ、ということらしい。

「じゃあ始めるよ。僕から右回りね。ビット、愛してる」

 ゲームは始まった。唐突に愛を伝えられたビットは慌てた表情を見せるが、照れたとの判定は下らない。次はビットがゼータに愛を囁く番だ。

「ゼータさん、愛しています」

 続いてゼータからクリス。

「クリス、愛しています」

 これで一周だ。なんだ簡単なゲームじゃないかと、ゼータとビットの顔には侮りの色が広がる。クリスの口元が緩やかな弧を描いたことに、気が付く者はいない。
 次の瞬間、ビットの顔面に影が落ちた。次なる愛の囁き手であるクリスが、ビットの真横ににじり寄ったのだ。「何ですか」とビットが尋ねるよりも早く、クリスの右手のひらはビットの腰を抱き込んだ。左手のひらは頬に添えられ、唇が耳朶に触れる。ふわふわの銀毛並みを吐息でくすぐるようにして、一言。

「愛している」

 叫喚が響き渡った。両手のひらで耳元を押さえたビットは、「ひぇぇぇぇ」と情けない悲鳴を零しながら絨毯の上を転げ回る。頬は赤らみ、口端からは一筋のよだれ。ゼロ距離で伝えられた愛の言葉は、メレン一筋のビットには刺激が強すぎたようだ。

「はい、ビットの負け。罰ゲームだよ。そこのワイン全部飲んでね」

 阿鼻叫喚のビットを見下ろし、クリスは至って平常運転だ。照れの片鱗すら感じさせない。絨毯の上で身体を丸めたまま、ビットは叫ぶ。

「反則です!接触が有りなんて聞いていない!」
「反則じゃないよ。こういうゲームだもの。僕、初めに言ったでしょ。愛を伝えるには無限の方法があるってさ。文句があるなら次は逆回りにしよう。ビットが僕に愛を伝えると良いよ。楽しみだなぁ。メレン一筋のビットは、僕にどんな愛の囁きをしてくれるのかなぁ」
「せ、性格が悪い。ゼータさん、この人全然王子様じゃないですよ!魔法研究所内に腹黒王子のあだ名を広めてやる!」

 ビットの必死の訴えを受けたゼータは、長考から覚める。

「クリス。身体の接触はどの程度まで許されます?小道具を使っても良いんですか?あと、愛してるという表現を変えるのは有り?」
「明確なルールがあるゲームじゃないから、思いつくことはやってみると良いよ。他人の発想を楽しむゲームでもあるからね。じゃあ早速2回戦、する?」
「望むところです」
「何で2人ともそんなにやる気なんですか?僕もうこのゲームやだぁ。僕が愛を囁き合いたいのはメレンちゃんだけなの!」

 笑い声満ち、世は更ける。
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