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無垢と笑えよサイコパス
巣食うもの
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鉄扉を開けた先には2人の男がいた。
一人は今となってはとことん憎らしい金髪の男。寒気がするほど男前の面立ちに穏やかな笑みを貼り付けた男は、部屋の中央に立ち尽くしていた。
「こんばんは、レイさん。お久しぶりです」
金髪の男―クリスは悪びれる様子もなくそう言った。レイバックは表情を変えることなく、出入り口である鉄扉の前に仁王立ちする。
「地下研究室か。大層な部屋だ。良いご身分じゃないか」
「そうでしょ。僕、魔導大学上層部の御仁には随分信用されていますからね」
場に満ちた緊張感を気にかける様子もなく、クリスは朗らかに笑った。
開け放たれたままの扉からは、絶えず冷えた空気が流れ込んでくる。陰鬱な雰囲気に満ちた地下牢とは異なり、地下研究室の空気は清浄だ。黴臭さも獣臭さも血生臭さもない。地下深くに設けられた部屋であるにも関わらず、換気機能が整っているのだ。澄んだ空気にはほろ苦さを感じさせる香りが漂う。時刻はすでに真夜中、眠気覚ましのためにクリスが淹れたコーヒーの残り香だろうか。
「それで、僕に何か用でした?」
薄気味の悪い笑みを張り付けたまま、クリスは小首を傾げた。用事の内容など聞かずとも分かるだろう。ふつふつと脳味噌が沸騰するのを感じながら、レイバックは冷静を装う。
「連れを引き取りに来た。世話になったがお前の役目はここまでだ」
「ゼータはお返しできませんよ。交渉がまだ終わっていませんから」
「交渉?監禁の間違いだろう。呼吸が荒いのは薬を飲ませたからか?ゼータが望んで交渉の席に座っているなどと、虚言も大概にしろ。くず野郎が」
今、レイバックの視線の先には2人の人物がいる。一人は部屋の中央に立つクリス、後ろ手を組み応接用のソファを背に守るようにして立っている。そしてもう一人はクリスの守るソファに身を横たえた黒髪の人物。紺色のクッションに頬を付け、荒い呼吸を繰り返すその人物の顔は、乱れた黒髪に隠れ見ることができない。しかし顔など見ずとも、レイバックが彼の姿を見紛うはずがないのだ。6日間に渡り引き離された愛しい妃、千余年想い続けた友。探し求めたその人が、両手首を麻紐で縛られた哀れな姿で目の前に横たわっている。
「くず野郎は酷いなぁ。ちょっと睡眠薬を飲ませただけじゃないですか」
クリスは肩を竦める。
「勘違いしないでくださいね。薬を飲ませたのはこの1回限りです。それだって別にいかがわしい目的があってのことではないですよ。無駄な争いを避けたかったんです。口論ならまだしも、取っ組み合いになったら双方多少の怪我は避けられないじゃないですか。僕、ゼータとは仲良くしていたいんです」
静かに言葉を並べながらも、クリスの視線はレイバックを離さない。感情の読み取れぬ瞳はレイバックの顔をじっと見て、それから黒服に包まれた肢体をなぞる。鍛え上げられた僧帽筋、身体の横に垂らされた左腕、指先に絡められた乳白色の鞘、怒りを抑えるように踏みしめられた2本の脚。
「手首を縛ったのも本意ではないんですよ。本当は朝までぐっすり寝ていてもらいたかったんです。でも人間の薬って、魔族にはあまり効かないんですよね。思いの外早くお目覚めしちゃうし、都合悪くレイさんもやって来ちゃうし、やむを得ない処置でした」
滾々と語られるクリスの主張に、レイバックは次第に違和感を覚える。一聞すれば理に適った主張ではある。しかし何かがおかしい。普通ではない。違和感の正体を探るように、レイバックは問う。
「念のため聞くが、お前の目的は?」
「あれ、言っていませんでしたっけ。ゼータの魔導大学移籍です。僕の研究室に在籍して、一緒に地下治験場を運営してもらいたいんですよ」
「それは許可できんな」
「ドラキス王国では、一研究員の移籍に王様の許可が必要なんですか?」
「ゼータは俺の妃だ」
部屋の中は一瞬にして静まり返る。レイバックの宣言はこの度の交渉における最大級の切り札、そして諸刃の剣だ。クリスが彼の言動を魔導大学上層部に密告すれば、ドラキス王国とロシャ王国の関係は悪化必須。膨大な魔力を有するドラキス王国の王と王妃が、身分を隠しロシャ王国の中枢部に潜り込んでいた。クリスの気分次第で、数十年を掛けて築き上げた友好関係が水の泡と化すのである。
諸刃の剣を振り上げたレイバックの言葉に、クリスは微動だにせず耳を澄ます。
「クリス、以後慎重に言葉を選べよ。俺は今上級官吏レイではなく、ドラキス王国の国王としてお前に語り掛けている。これは2国の将来を分ける重大な取引だ。同胞である魔族の苦境も、国家の脅威となり得る対魔族武器の開発も、必要とあらば俺は目を瞑ろう。しかしそこに横たわっている俺の妃を無傷で返すことが黙認の条件だ」
俺はこの地下室で何も見なかった。お前は上級官吏レイと魔法研究所研究員ゼータの正体を知らなかった。互いに理のない密告は止め、ゼータの身柄の引き渡しにより全てを穏便に収めよう。これ以上なく理想的な終着点の提示に、クリスは微笑みを返す。
「ゼータとルナ様が同一人物だってことは、何となく気付いていましたよ。確信はなかったですけれど。でもそれ、今何か関係があります?僕が欲しいのはゼータなんですよ。ルナ様じゃない。ルナ様がレイさんのお妃様であったとしても、そんなことは僕にとってどうでもいいんです」
「…お前は、自分が何を言っているか理解しているか」
「もちろん。ちゃんと理解していますよ。僕にゼータをください、ってそう言っているんです。ルナ様も素敵な方でしたけれど、今となっては正式なドラキス王国の王妃様ですからね。僕の手の届くお方ではありません。でもゼータは僕と同じ研究員ですから、僕が欲しがったって良いでしょう?」
クリスは滑らかな頬をうっとりと上気させ、言う。
「どうぞ安心してください。ゼータは僕が責任をもって幸せにしますから。ドラキス王国のちっぽけな研究所にいるよりも、ずっとずっと楽しくて充実した毎日をお約束します。だって楽しいに決まっているじゃないですか。朝から晩まで大好きな研究に精を出して、余計なことは何も考えなくていいんです。面倒な書類上の手続きとか、要人様の接待は全部僕が引き受けますからね。ゼータは魔導人形を造っていたときみたいに、大好きなことに没頭していてくれればいい。それで皆が幸せ。だぁれも不幸にならない未来。ね、レイさん。今レイさんが『ゼータの魔導大学移籍を認める』と言ってくれれば、全てが上手くいくんです。お願いします。僕とレイさんの仲じゃないですか。どうか僕の望みを叶えて…首を縦に振ってくださいよ。―ゼータを僕にちょうだい?」
レイバックは二の腕に鳥肌が立つのを感じた。クリスの言動は普通ではない。己の言葉に潜む矛盾にまるで気が付いていない。ドラキス王国の王妃であるゼータが国を離れることなど許されない、そもそもゼータは魔導大学への移籍など望んでいない、こうしてゼータの救出に赴いたレイバックが移籍を認めるはずもない。どれもこれも少し考えれば簡単に分かることなのに、しかし今のクリスにはそれが分からない。己の行動が正義と信じて疑わない。分別を覚えぬ幼子が父におもちゃをねだるように、クリスの唇から零れ落ちる言葉に悪意はないのだ。
長く感じていた違和感の正体に今ようやく気が付いた。今目の前にいる人物はクリスではない。クリスの皮を被った得体の知れない魔物。常識的な説得の通用しない、薄気味の悪い化け物だ。その化け物はどこか知らない土地からやって来た物ではなく、初めからクリスの中に棲んでいた。著しい良心の欠如、公然と繰り返される虚言、常軌を逸した支配欲。魅惑的な外見に隠されたその化け物を、人は異常者と呼ぶ。
説得は無意味。そう判断したレイバックは、ペティナイフの柄を握り締めクリスとの距離を詰める。1歩、2歩、歩み出したその時にクリスの声が凛と響いた。
「動かないでください」
レイバックは足を止める。制止の言葉を受けたからではない。制止の言葉とともに、クリスの右腕がレイバックに向けて突き出されたからだ。高々と掲げられた右腕には小型のボウガンが握られている。それは階段の下り口に仕掛けられていたボウガンと同様の物。黒く磨かれた台座には矢ではなく、研ぎ澄まされた鉄杭がのる。鋭利な返し張りの付いた鉄杭の先端は、真っ直ぐレイバックに向けられていた。
「それ以上近寄らないで。手荒な真似はしたくないんです」
「そう思うなら武器を収めろ」
「無理ですね。だってこれは護身用も兼ねていますから」
互いに睨み合ったまま、刻々と永遠とも思われる時が過ぎる。クリスはボウガンを掲げたままいざ攻撃に移ることはなく、対するレイバックも動かない。部屋の中は不気味に静まり返り、かちこちと鳴る時計の音だけが時間の経過を感じさせる。
膠着状態であった状況を動かしたのは、ぽたりと音を立てて床に落ちた鮮血だ。ぽた、ぽたぽた、と。鮮やかな鮮血が次から次へと床に落ちる。小さな血溜まりに目線を落とし、クリスの顔は途端に明るくなる。
「レイさん。もしかして罠紐を踏みましたか」
そう問う声は、一時前とは異なり明らかに浮かれていた。
レイバックはナイフを持たない右手で、左の脇腹を押さえた。厚地のパーカーのすそは、温かな液体を含みずしりと重たい。負ったばかりの傷口からは今もなお鮮血が溢れ出し、濡れた衣服のすそから止めどなく落ちる。全身黒の装いが幸いし、短時間こそ傷の有無を誤魔化すことができた。しかしそれも限界である。
「…踏んだからなんだ。喜んでいるところを申し訳ないが、この程度の刺し傷で俺が参ると思うか?」
「強がっているところを申し訳ないですけれど、これはただの飛び道具ではないですよ」
クリスはボウガンの矢先に視線を向けた。黒光りするボウガンの台座には長さ15㎝ほどの鉄杭がのっている。鋭利な返し張りが付いていて、一度刺さり込めば簡単には引き抜けない。その鉄杭は地下へと続く階段を下りた直後の、罠紐の仕掛けにも使われていた。そしてその後数か所に渡り設置されていた同様の仕掛けにも。最初の罠紐こそ苦労なく見抜いたレイバックであるが、その後の仕掛けは簡単にはいかなかった。薄暗闇に張られたか細い紐は目には見えないし、手探りで探そうにも紐の高さがまちまちだ。足首の高さ、腰ほどの高さ、果ては鼻先の高さに張られた罠紐もあり、階段を下りてから地下研究室の扉に辿り着くまでにはかなりの時間を要してしまった。
全ての罠紐をやり過ごし、ようやく辿り着いた地下研究室。灯りが漏れ出る扉を前に、誰でも一瞬気は緩む。そこに最後の罠があった。レイバックの足はくるぶし高さの罠紐を踏み、そしてボウガンは作動した。
「気休めでも仕掛けておいて良かったなぁ。レイさん平然とした様子だし、てっきり全部避けられたんだと思っていました」
穏やかな声色は、緊張の場にはおよそ似つかわしくない。幼子のように無邪気な笑顔を浮かべ、クリスの指先はボウガンにのせられた鉄杭を叩く。
「この鉄杭は魔導具の一種ですよ。正確に言うのなら対魔族武器として開発された魔導具の一種。杭の内部は空洞になっていて、中に微生物が仕込まれているんです。魔喰蟲と呼ばれる魔力を喰う虫です。自然界に存在する限り害はありませんが、一度人の体内に入り込むと魔力を喰って急激に成長、喰われた側は5分と経たずに魔力切れの状態に陥ります」
体内にある魔力量を超えて魔法を行使したとき、人は魔力切れの状態に陥る。魔力切れの症状は激しい疲労感と抗いがたい眠気。魔力の回復に専念するために、脳が強制的に身体を休ませようとするのだ。大量の魔力を一気に失えば、眠気に抗う間もなく昏睡状態に陥る場合もある。魔族であれば自身の魔力の限界点は本能的に知っている。魔力切れの状態に陥ることは通常あり得ない。魔力切れは戦闘不能の意、敵前の昏睡は死を意味するからだ。傷は負っても魔力は切らさない、日頃戦いに身を置く王宮軍で常識とされている事柄だ。
魔力切れは人間にはあり得ない魔族の弱点である。それを飛び道具一つで起こさせるとすれば、魔族にとって何と恐ろしい武器となることか。レイバックの額に一筋の汗が伝い落ちる。
「魔喰蟲に寄生されると自力での回復は不可能です。作るそばから魔力を喰われますからね。人の身体は他の全ての機能を犠牲にして魔力を作ろうと試みますが、成長した魔喰蟲は無尽蔵に魔力を喰い荒らします。僕は魔喰蟲に寄生された魔族の最期を何度も見てきました。他でもないこの地下治験場で。あまり穏やかな最期とは言えないですよ。眩暈、息切れ、虚脱感。症状が進行すると血圧低下や意識障害が引き起こされ、果ては多臓器不全により命を落とします。命の刻限は持って一時間、というところでしょうか」
クリスが言葉を終えたとき、レイバックは床に崩れ落ちた。震える指先が、血に濡れた衣服のすそを握り込む。血溜まりは面積を増す。
苦しげに呻くレイバックとは対照的に、クリスは穏やかな表情だ。最大の敵は無力化された。強大な戦闘力を誇る神獣の王とはいえども、魔力なくしてはただの人。それでも掲げたボウガンは下ろさぬままで、クリスはゼータに問い掛ける。
「ゼータ。話、聞いていた?レイさん鉄杭に当たっちゃたんだってさ。魔喰蟲の仕込まれた鉄杭だよ。このまま放置すれば一時間とせずに死んでしまう」
ボウガンを掲げたまま、クリスはゼータの傍らに座り込んだ。母が子どもを優しく揺り起こすように、力のない肩先を揺する。
「ねぇ、魔導大学に移籍すると言ってよ。手首の紐を解くから、移籍に必要な書類を書いて。そうしたらレイさんを助けるよ。殺虫薬を打って、傷の手当てもする」
クリスの訴えが届いたのか、ゼータの瞳が薄く開く。黒の眼は気だるげに動き、血濡れ姿のレイバックへと留まる。床に片膝を付き苦しげに呻く様など、普段のレイバックからは想像できない姿だ。何かを言わんとしてゼータの唇は開く。しかし乾いた喉からは荒い呼吸が漏れ出すだけ。
「推薦状はメレンとデューにお願いするよ。きっと快く書いてくれる。全ての書類が揃ったら、セージ学長に直接書類を出しに行こう。学長に話を通せば最短日程で面接試験を受けられるから。大丈夫、絶対に合格する。僕が保証するよ」
捲し立てるようにそう告げ、クリスはボウガンの矢先を下げる。最早レイバックは敵には成り得ない。そう判断し、今度はゼータの説得に専念するつもりなのだ。
「合格通知が届くまでの間は、首都リモラの一時滞在施設に入所することになる。正式に滞在許可が下りるまで多少行動に制限は掛けられるけど、1か月の辛抱だ。合格通知が届いて入学手続きが済んだら国外旅行も自由にできる。一度ドラキス王国に戻って必要な物を取って来ると良い。荷物の運搬にもお金が掛かるから、こっちの物はこっちで揃えた方がお得だとは思うけど。あ、身元保障人。魔族が首都リモラに居住する場合には身元保障人が必要なんだって。僕がなるからね。同居が必要条件になるけれど、一緒に研究員寮に暮らすなら問題ないよ」
クリスの指先はゼータの黒髪を梳く。乱れた黒髪を愛しむように撫でる。そうすることに飽きたとき、熱を持つ指先は頬へと下りる。血の気の薄い頬をくすぐるように撫で、薄く開いた唇に触れる。その場所から紡がれる言葉を待ちきれないとでも言うように。ゼータの愛撫に没頭するクリスは、レイバックの左手から乳白色の鞘が滑り落ちたことに気が付かなかった。外気に触れるペティナイフ。
「俺の命を交渉台にのせるのか。命を救いたければ条件を飲めと」
「悪い言い方をすればそうなります」
「そうか。ならばお前の命も交渉台にのせるが良い」
怒気孕む声。クリスが顔を跳ね上げた時、猛る王は2本の脚でその場に立っていた。魔力を喰われただ死を待つ者とは思えない、緋色の瞳は怒りと生気に満ちている。なぜ。クリスが再びボウガンを掲げるよりも早く、レイバックの左脚は石床を蹴った。
「レイさ―」
名を呼ぶ声は宙に消え、振りかざされたペティナイフはクリスの喉元を一閃に切り裂いた。
一人は今となってはとことん憎らしい金髪の男。寒気がするほど男前の面立ちに穏やかな笑みを貼り付けた男は、部屋の中央に立ち尽くしていた。
「こんばんは、レイさん。お久しぶりです」
金髪の男―クリスは悪びれる様子もなくそう言った。レイバックは表情を変えることなく、出入り口である鉄扉の前に仁王立ちする。
「地下研究室か。大層な部屋だ。良いご身分じゃないか」
「そうでしょ。僕、魔導大学上層部の御仁には随分信用されていますからね」
場に満ちた緊張感を気にかける様子もなく、クリスは朗らかに笑った。
開け放たれたままの扉からは、絶えず冷えた空気が流れ込んでくる。陰鬱な雰囲気に満ちた地下牢とは異なり、地下研究室の空気は清浄だ。黴臭さも獣臭さも血生臭さもない。地下深くに設けられた部屋であるにも関わらず、換気機能が整っているのだ。澄んだ空気にはほろ苦さを感じさせる香りが漂う。時刻はすでに真夜中、眠気覚ましのためにクリスが淹れたコーヒーの残り香だろうか。
「それで、僕に何か用でした?」
薄気味の悪い笑みを張り付けたまま、クリスは小首を傾げた。用事の内容など聞かずとも分かるだろう。ふつふつと脳味噌が沸騰するのを感じながら、レイバックは冷静を装う。
「連れを引き取りに来た。世話になったがお前の役目はここまでだ」
「ゼータはお返しできませんよ。交渉がまだ終わっていませんから」
「交渉?監禁の間違いだろう。呼吸が荒いのは薬を飲ませたからか?ゼータが望んで交渉の席に座っているなどと、虚言も大概にしろ。くず野郎が」
今、レイバックの視線の先には2人の人物がいる。一人は部屋の中央に立つクリス、後ろ手を組み応接用のソファを背に守るようにして立っている。そしてもう一人はクリスの守るソファに身を横たえた黒髪の人物。紺色のクッションに頬を付け、荒い呼吸を繰り返すその人物の顔は、乱れた黒髪に隠れ見ることができない。しかし顔など見ずとも、レイバックが彼の姿を見紛うはずがないのだ。6日間に渡り引き離された愛しい妃、千余年想い続けた友。探し求めたその人が、両手首を麻紐で縛られた哀れな姿で目の前に横たわっている。
「くず野郎は酷いなぁ。ちょっと睡眠薬を飲ませただけじゃないですか」
クリスは肩を竦める。
「勘違いしないでくださいね。薬を飲ませたのはこの1回限りです。それだって別にいかがわしい目的があってのことではないですよ。無駄な争いを避けたかったんです。口論ならまだしも、取っ組み合いになったら双方多少の怪我は避けられないじゃないですか。僕、ゼータとは仲良くしていたいんです」
静かに言葉を並べながらも、クリスの視線はレイバックを離さない。感情の読み取れぬ瞳はレイバックの顔をじっと見て、それから黒服に包まれた肢体をなぞる。鍛え上げられた僧帽筋、身体の横に垂らされた左腕、指先に絡められた乳白色の鞘、怒りを抑えるように踏みしめられた2本の脚。
「手首を縛ったのも本意ではないんですよ。本当は朝までぐっすり寝ていてもらいたかったんです。でも人間の薬って、魔族にはあまり効かないんですよね。思いの外早くお目覚めしちゃうし、都合悪くレイさんもやって来ちゃうし、やむを得ない処置でした」
滾々と語られるクリスの主張に、レイバックは次第に違和感を覚える。一聞すれば理に適った主張ではある。しかし何かがおかしい。普通ではない。違和感の正体を探るように、レイバックは問う。
「念のため聞くが、お前の目的は?」
「あれ、言っていませんでしたっけ。ゼータの魔導大学移籍です。僕の研究室に在籍して、一緒に地下治験場を運営してもらいたいんですよ」
「それは許可できんな」
「ドラキス王国では、一研究員の移籍に王様の許可が必要なんですか?」
「ゼータは俺の妃だ」
部屋の中は一瞬にして静まり返る。レイバックの宣言はこの度の交渉における最大級の切り札、そして諸刃の剣だ。クリスが彼の言動を魔導大学上層部に密告すれば、ドラキス王国とロシャ王国の関係は悪化必須。膨大な魔力を有するドラキス王国の王と王妃が、身分を隠しロシャ王国の中枢部に潜り込んでいた。クリスの気分次第で、数十年を掛けて築き上げた友好関係が水の泡と化すのである。
諸刃の剣を振り上げたレイバックの言葉に、クリスは微動だにせず耳を澄ます。
「クリス、以後慎重に言葉を選べよ。俺は今上級官吏レイではなく、ドラキス王国の国王としてお前に語り掛けている。これは2国の将来を分ける重大な取引だ。同胞である魔族の苦境も、国家の脅威となり得る対魔族武器の開発も、必要とあらば俺は目を瞑ろう。しかしそこに横たわっている俺の妃を無傷で返すことが黙認の条件だ」
俺はこの地下室で何も見なかった。お前は上級官吏レイと魔法研究所研究員ゼータの正体を知らなかった。互いに理のない密告は止め、ゼータの身柄の引き渡しにより全てを穏便に収めよう。これ以上なく理想的な終着点の提示に、クリスは微笑みを返す。
「ゼータとルナ様が同一人物だってことは、何となく気付いていましたよ。確信はなかったですけれど。でもそれ、今何か関係があります?僕が欲しいのはゼータなんですよ。ルナ様じゃない。ルナ様がレイさんのお妃様であったとしても、そんなことは僕にとってどうでもいいんです」
「…お前は、自分が何を言っているか理解しているか」
「もちろん。ちゃんと理解していますよ。僕にゼータをください、ってそう言っているんです。ルナ様も素敵な方でしたけれど、今となっては正式なドラキス王国の王妃様ですからね。僕の手の届くお方ではありません。でもゼータは僕と同じ研究員ですから、僕が欲しがったって良いでしょう?」
クリスは滑らかな頬をうっとりと上気させ、言う。
「どうぞ安心してください。ゼータは僕が責任をもって幸せにしますから。ドラキス王国のちっぽけな研究所にいるよりも、ずっとずっと楽しくて充実した毎日をお約束します。だって楽しいに決まっているじゃないですか。朝から晩まで大好きな研究に精を出して、余計なことは何も考えなくていいんです。面倒な書類上の手続きとか、要人様の接待は全部僕が引き受けますからね。ゼータは魔導人形を造っていたときみたいに、大好きなことに没頭していてくれればいい。それで皆が幸せ。だぁれも不幸にならない未来。ね、レイさん。今レイさんが『ゼータの魔導大学移籍を認める』と言ってくれれば、全てが上手くいくんです。お願いします。僕とレイさんの仲じゃないですか。どうか僕の望みを叶えて…首を縦に振ってくださいよ。―ゼータを僕にちょうだい?」
レイバックは二の腕に鳥肌が立つのを感じた。クリスの言動は普通ではない。己の言葉に潜む矛盾にまるで気が付いていない。ドラキス王国の王妃であるゼータが国を離れることなど許されない、そもそもゼータは魔導大学への移籍など望んでいない、こうしてゼータの救出に赴いたレイバックが移籍を認めるはずもない。どれもこれも少し考えれば簡単に分かることなのに、しかし今のクリスにはそれが分からない。己の行動が正義と信じて疑わない。分別を覚えぬ幼子が父におもちゃをねだるように、クリスの唇から零れ落ちる言葉に悪意はないのだ。
長く感じていた違和感の正体に今ようやく気が付いた。今目の前にいる人物はクリスではない。クリスの皮を被った得体の知れない魔物。常識的な説得の通用しない、薄気味の悪い化け物だ。その化け物はどこか知らない土地からやって来た物ではなく、初めからクリスの中に棲んでいた。著しい良心の欠如、公然と繰り返される虚言、常軌を逸した支配欲。魅惑的な外見に隠されたその化け物を、人は異常者と呼ぶ。
説得は無意味。そう判断したレイバックは、ペティナイフの柄を握り締めクリスとの距離を詰める。1歩、2歩、歩み出したその時にクリスの声が凛と響いた。
「動かないでください」
レイバックは足を止める。制止の言葉を受けたからではない。制止の言葉とともに、クリスの右腕がレイバックに向けて突き出されたからだ。高々と掲げられた右腕には小型のボウガンが握られている。それは階段の下り口に仕掛けられていたボウガンと同様の物。黒く磨かれた台座には矢ではなく、研ぎ澄まされた鉄杭がのる。鋭利な返し張りの付いた鉄杭の先端は、真っ直ぐレイバックに向けられていた。
「それ以上近寄らないで。手荒な真似はしたくないんです」
「そう思うなら武器を収めろ」
「無理ですね。だってこれは護身用も兼ねていますから」
互いに睨み合ったまま、刻々と永遠とも思われる時が過ぎる。クリスはボウガンを掲げたままいざ攻撃に移ることはなく、対するレイバックも動かない。部屋の中は不気味に静まり返り、かちこちと鳴る時計の音だけが時間の経過を感じさせる。
膠着状態であった状況を動かしたのは、ぽたりと音を立てて床に落ちた鮮血だ。ぽた、ぽたぽた、と。鮮やかな鮮血が次から次へと床に落ちる。小さな血溜まりに目線を落とし、クリスの顔は途端に明るくなる。
「レイさん。もしかして罠紐を踏みましたか」
そう問う声は、一時前とは異なり明らかに浮かれていた。
レイバックはナイフを持たない右手で、左の脇腹を押さえた。厚地のパーカーのすそは、温かな液体を含みずしりと重たい。負ったばかりの傷口からは今もなお鮮血が溢れ出し、濡れた衣服のすそから止めどなく落ちる。全身黒の装いが幸いし、短時間こそ傷の有無を誤魔化すことができた。しかしそれも限界である。
「…踏んだからなんだ。喜んでいるところを申し訳ないが、この程度の刺し傷で俺が参ると思うか?」
「強がっているところを申し訳ないですけれど、これはただの飛び道具ではないですよ」
クリスはボウガンの矢先に視線を向けた。黒光りするボウガンの台座には長さ15㎝ほどの鉄杭がのっている。鋭利な返し張りが付いていて、一度刺さり込めば簡単には引き抜けない。その鉄杭は地下へと続く階段を下りた直後の、罠紐の仕掛けにも使われていた。そしてその後数か所に渡り設置されていた同様の仕掛けにも。最初の罠紐こそ苦労なく見抜いたレイバックであるが、その後の仕掛けは簡単にはいかなかった。薄暗闇に張られたか細い紐は目には見えないし、手探りで探そうにも紐の高さがまちまちだ。足首の高さ、腰ほどの高さ、果ては鼻先の高さに張られた罠紐もあり、階段を下りてから地下研究室の扉に辿り着くまでにはかなりの時間を要してしまった。
全ての罠紐をやり過ごし、ようやく辿り着いた地下研究室。灯りが漏れ出る扉を前に、誰でも一瞬気は緩む。そこに最後の罠があった。レイバックの足はくるぶし高さの罠紐を踏み、そしてボウガンは作動した。
「気休めでも仕掛けておいて良かったなぁ。レイさん平然とした様子だし、てっきり全部避けられたんだと思っていました」
穏やかな声色は、緊張の場にはおよそ似つかわしくない。幼子のように無邪気な笑顔を浮かべ、クリスの指先はボウガンにのせられた鉄杭を叩く。
「この鉄杭は魔導具の一種ですよ。正確に言うのなら対魔族武器として開発された魔導具の一種。杭の内部は空洞になっていて、中に微生物が仕込まれているんです。魔喰蟲と呼ばれる魔力を喰う虫です。自然界に存在する限り害はありませんが、一度人の体内に入り込むと魔力を喰って急激に成長、喰われた側は5分と経たずに魔力切れの状態に陥ります」
体内にある魔力量を超えて魔法を行使したとき、人は魔力切れの状態に陥る。魔力切れの症状は激しい疲労感と抗いがたい眠気。魔力の回復に専念するために、脳が強制的に身体を休ませようとするのだ。大量の魔力を一気に失えば、眠気に抗う間もなく昏睡状態に陥る場合もある。魔族であれば自身の魔力の限界点は本能的に知っている。魔力切れの状態に陥ることは通常あり得ない。魔力切れは戦闘不能の意、敵前の昏睡は死を意味するからだ。傷は負っても魔力は切らさない、日頃戦いに身を置く王宮軍で常識とされている事柄だ。
魔力切れは人間にはあり得ない魔族の弱点である。それを飛び道具一つで起こさせるとすれば、魔族にとって何と恐ろしい武器となることか。レイバックの額に一筋の汗が伝い落ちる。
「魔喰蟲に寄生されると自力での回復は不可能です。作るそばから魔力を喰われますからね。人の身体は他の全ての機能を犠牲にして魔力を作ろうと試みますが、成長した魔喰蟲は無尽蔵に魔力を喰い荒らします。僕は魔喰蟲に寄生された魔族の最期を何度も見てきました。他でもないこの地下治験場で。あまり穏やかな最期とは言えないですよ。眩暈、息切れ、虚脱感。症状が進行すると血圧低下や意識障害が引き起こされ、果ては多臓器不全により命を落とします。命の刻限は持って一時間、というところでしょうか」
クリスが言葉を終えたとき、レイバックは床に崩れ落ちた。震える指先が、血に濡れた衣服のすそを握り込む。血溜まりは面積を増す。
苦しげに呻くレイバックとは対照的に、クリスは穏やかな表情だ。最大の敵は無力化された。強大な戦闘力を誇る神獣の王とはいえども、魔力なくしてはただの人。それでも掲げたボウガンは下ろさぬままで、クリスはゼータに問い掛ける。
「ゼータ。話、聞いていた?レイさん鉄杭に当たっちゃたんだってさ。魔喰蟲の仕込まれた鉄杭だよ。このまま放置すれば一時間とせずに死んでしまう」
ボウガンを掲げたまま、クリスはゼータの傍らに座り込んだ。母が子どもを優しく揺り起こすように、力のない肩先を揺する。
「ねぇ、魔導大学に移籍すると言ってよ。手首の紐を解くから、移籍に必要な書類を書いて。そうしたらレイさんを助けるよ。殺虫薬を打って、傷の手当てもする」
クリスの訴えが届いたのか、ゼータの瞳が薄く開く。黒の眼は気だるげに動き、血濡れ姿のレイバックへと留まる。床に片膝を付き苦しげに呻く様など、普段のレイバックからは想像できない姿だ。何かを言わんとしてゼータの唇は開く。しかし乾いた喉からは荒い呼吸が漏れ出すだけ。
「推薦状はメレンとデューにお願いするよ。きっと快く書いてくれる。全ての書類が揃ったら、セージ学長に直接書類を出しに行こう。学長に話を通せば最短日程で面接試験を受けられるから。大丈夫、絶対に合格する。僕が保証するよ」
捲し立てるようにそう告げ、クリスはボウガンの矢先を下げる。最早レイバックは敵には成り得ない。そう判断し、今度はゼータの説得に専念するつもりなのだ。
「合格通知が届くまでの間は、首都リモラの一時滞在施設に入所することになる。正式に滞在許可が下りるまで多少行動に制限は掛けられるけど、1か月の辛抱だ。合格通知が届いて入学手続きが済んだら国外旅行も自由にできる。一度ドラキス王国に戻って必要な物を取って来ると良い。荷物の運搬にもお金が掛かるから、こっちの物はこっちで揃えた方がお得だとは思うけど。あ、身元保障人。魔族が首都リモラに居住する場合には身元保障人が必要なんだって。僕がなるからね。同居が必要条件になるけれど、一緒に研究員寮に暮らすなら問題ないよ」
クリスの指先はゼータの黒髪を梳く。乱れた黒髪を愛しむように撫でる。そうすることに飽きたとき、熱を持つ指先は頬へと下りる。血の気の薄い頬をくすぐるように撫で、薄く開いた唇に触れる。その場所から紡がれる言葉を待ちきれないとでも言うように。ゼータの愛撫に没頭するクリスは、レイバックの左手から乳白色の鞘が滑り落ちたことに気が付かなかった。外気に触れるペティナイフ。
「俺の命を交渉台にのせるのか。命を救いたければ条件を飲めと」
「悪い言い方をすればそうなります」
「そうか。ならばお前の命も交渉台にのせるが良い」
怒気孕む声。クリスが顔を跳ね上げた時、猛る王は2本の脚でその場に立っていた。魔力を喰われただ死を待つ者とは思えない、緋色の瞳は怒りと生気に満ちている。なぜ。クリスが再びボウガンを掲げるよりも早く、レイバックの左脚は石床を蹴った。
「レイさ―」
名を呼ぶ声は宙に消え、振りかざされたペティナイフはクリスの喉元を一閃に切り裂いた。
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