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緋糸たぐる御伽姫

41.指輪探し-1

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 結婚式が一ヶ月後に迫ったある日、レイバックとゼータは揃ってポトスの街に下りていた。その理由は一つ、婚姻の儀に当たり必要な指輪を購入するためだ。

 ドラキス王国には婚姻に関する法がない。民の大多数を占める魔族の間に、結婚の風習がないためだ。当然結婚式などという風習もない。
 しかしロシャ王国や他の人間国家から移住してきた人間は、愛を誓うための儀として結婚式を執り行うことが多い。法律的に夫婦と認められることはないものの、ひとつの人生の区切りの場とするためだ。その形態はさまざまで、近親者で食事をして済ませることもあれば盛大な披露宴を行うこともある。人間との共存が進むうちに、この結婚式という儀式は魔族の中にも定着し、今では人間にならい結婚式を執り行う魔族間カップルも多いのだ。一種の祭りのような感覚である。

 結婚式の中では新郎新婦の希望により催し物が行われることも多い。例えばダンスパーティーや、参列者の目を楽しませるための魔法を使った幻想的な演出、巨大なケーキを皆で取り分けて食べるという場合もある。その中でも最も手軽で人気なものが、新郎新婦により宝飾品の交換である。宝飾品の種類は人によって違い、髪留め、ブローチ、指輪、イヤリングなど多岐にわたる。互いに贈りあう物が違ってもよいのだ。結婚式を開催せず、宝飾品の交換のみを行うというカップルもいる。

 レイバックとゼータの婚姻の儀には、この宝飾品交換が組み入れられることとなった。前例のない王と王妃の婚姻の儀をいかにして執り行うかを有識者の間で話し合ったところ、とりあえず無難な催しを入れておけば間違いはないということで話がまとまったのだ。婚姻の儀は王宮のバルコニーで行われるため、訪れた民の目にも触れることになる。民の間に馴染んだ催しを入れれば親しみも沸くだろうという配慮もあった。
 交換する宝飾品についてはゼータとレイバックに一任されたため、事前に2人の間で何を購入するか談義を行った。長期戦になることを覚悟し臨んだ談義であるが「取り外しを前提とした宝飾品は絶対に失くす」ということで両者の意見は一致し、開始わずか2分で話はまとまった。指輪にしよう。
 そうして今日その指輪を購入するために、2人は揃って街に下りたのである。

「まずどこに行く?俺は宝飾品の類の店は知らんぞ」

 私服に、頭の上で緋髪を跳ね回らせたレイバックが聞く。ゼータはポケットから一枚の紙を取り出し、丁寧に折りたたまれたその紙を開いた。店の名前と簡単な地図が描かれている。

「カミラ曰く、街中に宝飾品専門店があるみたいです。いくつかの店舗がまとまっているから、そこに行けば大概の物は買えると言っていました」
「早く決まるならそれに越したことはないな。行ってみるか」

 カミラの地図を頼りに、2人は目的地となる店を探す。何本か道を間違え辿り着いた先にあった店は、何度か目にしたことがある店だった。白の壁に赤の屋根を基調とするポトスの街中には珍しく、壁も屋根も磨かれたような白である。2階建てのその建物は、一見すると洒落たカフェのようにも見えた。建物の入り口には白の看板が掛けられているのだが、店名からそこが宝飾店であることを察することはできない。ゼータとレイバックが目にしたことがありながらも、そこが目的の店だと気づかなかったことも納得である。

 ガラス張りの扉を押し開け店内に入ると、中はさほど広くはない。やはり白を基調とした建物の一階は四つの区画に区切られ、どうやらそのひとつひとつが別の店であるようだ。2階も同じように区切られているのならば、この建物の中には8つの宝飾店が存在することになる。店内にはレイバックとゼータの他にも、2組の男女の姿があった。揃いの宝飾品を手に、肩を寄せ合って談笑している。

 初めて入る店ということに加え、宝飾品にはまるで知がないレイバックとゼータである。緊張の面持ちで店内を進み、とりあえず目についた宝飾品の棚に寄った。腰の高さほどの白木の棚に、様々な宝飾品が所せましと並べられている。揃いのブローチ、指輪、首飾り、イヤリング、女性用の髪留め、中にはどうやって使うのかとんと検討のつかぬ品もある。指輪だけでも30ほどが並ぶその棚を前に、ゼータとレイバックは共にめまいを覚えたのであった。

「…全部同じに見えます」
「俺もだ」

 棚を覗き込みひそひそと話しこむ2人の元に、純白のワンピースをまとった店員がやってきた。茶色の髪に目立った容姿の特徴を持たぬその女性は、おそらく人間の店員だろう。

「何をお探しですか?」

 優しく投げかけられる言葉に、レイバックは顔を上げた。

「揃いの指輪を…」
「ご結婚用ですか?」
「そうだ。結婚式で交換するからと」
「左様ですか。好みの色やデザインはありますか?」
「…いや」
「でしたらご予算は?」

 繰り返される質問に、レイバックは黙りこんだ。狼狽えるあまりゼータの背後に身を隠そうとする姿は、とてもこの国を治める王とは思えない。彼にとっては命の懸かる戦場よりも、煌びやかな宝飾店の方がよほど恐ろしいらしい。

「初めて見に来たんです。何もわからないので、とりあえず人気の品を見せてもらえますか?」

 ゼータの助け舟に、微笑んだ店員は棚からいくつかの指輪を選び出した。白木の棚の上に、3組の指輪が並べられる。

「当店で人気の3品です。どうぞ付けてみてください」

 店員に促され、顔を見合わせた2人は右端の指輪を手に取った。特筆すべき特徴も見当たらない銀の輪だ。強いて言えばゼータの手に取った指輪には、小さな宝石の粒が付いている。

「どの指に着けるんですか?」
「結婚指輪ということでしたら、左手の薬指に着ける方が多いです」
「へぇ…」

 本当に何も知らないまま来てしまったと予習を怠ったことを反省しながら、ゼータはつまみ上げた銀の輪を左手の薬指に嵌めた。試着用に大きく作られているその指輪は、ゼータの指にするりと嵌まる。レイバックの指にも同様だ。特に言葉を交わすことのないまま、2人は3組の指輪を次々と指に嵌めた。宝飾品について知がなく、指に嵌めたところで何を見れば良いのかわからないのだ。3組目の指輪を指から外したゼータとレイバックは、そろって首を傾げた。

「いかがでしたか。お気に召した物はございましたか?」
「いやぁ…悪くはないですけどこれといった決め手が…」

 返答に困りゼータは視線を泳がせた。泳がせた視界の中に、白木の棚に張り付けられた筆文字の広告紙が入る。
―ポトスの街で一番人気の宝飾店。納期はお気軽にご相談ください

「結婚式用の指輪だと、納期はどれくらいになりますか?」
「通常ですと3ヶ月ほど掛かります。お急ぎでしたら、物は限られますが2ヶ月ほどでの制作も可能です」

 婚姻の儀までは残り一ヶ月。到底間に合いそうにない。顔を見合わせたレイバックとゼータは、店員に事情を説明し店を離れた。微笑みをたたえたままの店員は、特に苦言を呈すこともなく棚に並べた指輪を元の場所に戻した。こういった出来事はよくあるのだろう。
 とりあえず店を選ぶ一つの指標を得たレイバックとゼータは、隣り合う次の店先へと向かった。まず店員に品物の納期を聞き、一ヶ月以上かかると言われた店はその場で候補から除外。若干の余裕を見て、3週間以内での納品が可能と言われた店では、そのまま人気の品をいくつか見せてもらった。一階の店を回り終える頃にはレイバックもいつもの調子を取り戻し、純白の店員と和やかに雑談を交わしていた。

「指輪の合う、合わないは何を基準に判断すればいいんだ?」
「まずは付け心地です。指輪と一口に言ってもその形状は様々です。付けていることを感じない、というのが理想ですね。手を握ってみたり、振ってみたり、物を持ってみたり、いろいろな動作をなさってみてください。指輪の存在に違和感があれば心労に繋がります」

 なるほど、とゼータは指輪を付けた手の開閉を繰り返す。幅広の指輪を付けた手のひらを握ると、指輪を付けた指に圧迫感を感じた。これは駄目、ということだろう。ゼータの隣では、左手でペンを持ったレイバックが顔をひそめていた。2人の表情を確認した店員が笑い声を零す。

「太さもそうですが、指輪の形も気にかけてみてください。付けたときに、指輪が指に対して少し斜めになる形状の物は馴染みが良いですよ」

 ゼータは幅広の指輪を外し、その隣に並べられた細身の指輪を嵌めた。緩やかに波打ったような形状のその指輪は、確かに指馴染みが良い。手のひらを握りしめたときにも違和感はなかった。

「指に馴染む形の指輪が見つかれば、あとは好みの色合いです。指輪に使われる金属は様々ですから、実は物によって色が違うんですよ。純粋な銀という物もあれば、黄みがかった物、赤みがかった物もあります。輝くような艶を放つ物もあれば、あえて艶を抑えたような物もあります。指に嵌めたときにきらきらと輝く方が良いのか、それともあまり目立たない方が良いのか。この辺りは個人の好みでございますが」

 店員に促され、2人は次々と指輪を嵌めた。言われてみれば確かに、存在感を放つ指輪はゼータの好みではなかった。艶を抑え、金属の色も赤か黄みがかっている物が好ましい。
 意見をすり合わせ、とりあえず好みの指輪を絞り込んだレイバックとゼータであるが、この場で即決することはできない。まだ2階の店を回っていないのだ。世話になった店員に礼を言い、念のため品物の番号を控えた2人は店を離れた。雑談の後に階段を上がる。


 2階の店舗でも同じように納期を足切りにし、正午を間近にして全ての店を回り終えた。3週間以内での納品が可能な店は3つ。しかしそのうちのどの店を選ぶかの決め手がない。自分たちの好みは大方把握したレイバックとゼータであるが、どの店でも似たようなデザインの指輪が存在するのだ。値段もさして変わらない。最後に優劣をつけるとすれば店員の対応くらいの物だが、そんな不確かな物で一生の買い物をしたくはない。
 2階の一角にあるソファに腰かけた二人は、長いこと俯いて考え込んでいた。やがて腹を空かしたゼータが「もうくじ引きでいいんじゃないですか」と投げやりな意見を出し始めたので、指輪探しは一時中断となった。腹が減っては戦はできぬ。
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