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2.3度の飯より宝石が好き

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 今世のあたしの名前はアリアンナ・ローガン。
 ストージニア王国の中心部に位置する『シルバ村』で慎ましやかな生活を送っている。

 家族構成は両親と兄。
 パパンの仕事は役場のお役人さん。
 ママンの趣味はちまちまとした針仕事。
 ブラザーはヤンキー。

 さて、ここまで語ればお分かりいただけただろうか。
 異世界転生という偉業を果たしたというのに、あたしはド平民なのだ。
 
 いやいや。異世界転生者は公爵令嬢とか伯爵令嬢に転生するもんじゃない? そんで王子様の婚約者になったり、悪役令嬢として名を馳せたりするもんじゃない?

 ここまで十数年の人生を歩んでみたが、あたしには転生者としての使命など何もなし。
 まぁ、宝石大好きキャリアウーマンのあたしは、乙女ゲームとか一切手を付けなかったしね。断罪回避のためのゲームシナリオ改編だとか、そんな大層なことできっこないんだわ。アッハッハッハ。

 そんなこんなで、あたしは前世に引き続き宝石集めに勤しむ日々であーるー。

 ◇◆◇

 その日、あたしは幼馴染のギルに誘われ王都へと赴いていた。
 
 ギルはあたしよりも2つ年上。父親同士が仲良しということで、幼少期から家族ぐるみで付き合いがある。

 ヤンキーなブラザーとは打って変わって、ギルは人当たりがよく穏やかな青年だ。昔から、ちょこまかと後ろをついて歩くあたしにも優しかった。
 だからお互い10代後半となった今も、何かと付き合いが続いているのである。

「昨日、アリアンナのお母さんがうちに来たよ」

 爽やかなミントティーをストローで吸い上げながら、ギルが言う。
 ここは王都の一角に位置する小洒落たカフェテリア。ギルの前にはミントティーとチーズケーキ、あたしの前にはミルクティーとガトーショコラ。時刻は丁度おやつどき。

「うちのママンがギルの家に? また自慢の作品を見せびらかしに行ったの」

 ちまちまとした針仕事が趣味なうちのママンは、作品を褒めてもらうためによくギルの家を訪れる。

 これが現代日本ならねぇ。Twitterでぽちっと写真投稿するだけで済むんだろうけどさ。あたしが転生したこの異世界は、現代日本よりも大分文明が遅れているのだ。多分、中世ヨーロッパとかあのあたりの世界観。

 チーズケーキをつつきながら、ギルは言う。

「ずっとアリアンナの話をしてたよ。『アリアンナが宝石を溜め込みすぎたせいで、家の床が抜けそうだ』って」
「ウップス」
「それで『アリアンナに気付かれないように、こっそり古い宝石を処分しようかしら』って」
「おおぅ!? ちょっと待ってよ。いくらママンでもあたしの愛児たちを勝手に捨てたら許さないよ!?」

 あたしは勢いよく席を立ち、叫ぶ。口の中に入っていたガトーショコラの欠片が、涎と一緒にギルの方へと飛んでいく。
 ギルは忍者のような身のこなしで、その弾丸ガトーショコラを避けるのである。

「だからさ。お母さんに捨てられるよりも先に、アリアンナが自分で宝石の整理をしなよ。こういうオマケで貰う宝石なんかはさ、思い切って捨ててしまったらいいんじゃない」

 そう言いながら、ギルはフォークの先っぽでチーズケーキをつついた。滑らかなチーズケーキの内側からは、小指の先大のローズクォーツがころりと顔を出す。
 

 ストージニア王国は異世界屈指の宝石の産地。国土の東西南北を囲む鉱山地帯から、多種の宝石がざっくざっくと採掘される。
 大粒で質のよい宝石は、宝飾品へと加工された上で他国へと輸出される。そして小粒の物や低品質の物は、安価で国内へと流通されるのだ。

 その安価なことといったら。現代日本ではウン百万で取引されていたダイヤモンドが、ケーキ1個分の値段で買えてしまうほど。

 そうであるからこそ、ストージニア王国では何かと宝石を手に入れる機会が多い。
 例えば村祭りでは必ずといっていいほど『宝石のつかみ取り』があるし、料理の飾りつけとして宝石が使用される場合もある。

 そしてあたしとギルが訪れたこのカフェテリアでは、ケーキの中に時たま宝石が入っている。宝石入りのケーキを食べた人は、その日1日を幸せに過ごせるのだそうだ。
 フランスのお菓子でそんなのがあったよねぇ、パイ菓子の中にコインが入っているアレさ。

 ごくごく普通のストージニア王国の民は、こうしたオマケで貰う宝石は捨ててしまうことが多い。ストージニア王国では、それくらい宝石という物が有り触れているのだ。

 けれどもあたしは3度の飯より宝石が好きな現金者。オマケとして貰った宝石を、十数年ものあいだ溜め込み続けているのである。
 その他にも自分のお小遣いで買ったアクセサリーや、誕生日に両親から貰った小金の冠、友人から旅の土産に貰った翡翠細工など、あたしの私室は数知れぬ金銀財宝で埋め尽くされている。

 ママンがギルの家で愚痴りたくなる気持ちもよくわかる。
 

 でもでもっ。あたしにとって全ての宝石は等しく愛おしいんだい。例えオマケで貰った屑石だとしても、ポイと捨ててしまうことはできないんだい!

「うう……身を切る思いだけど努力はしてみるよ……」

 あたしはテーブルに突っ伏しむにょむにょと唸る。愛児たちを選別しなければならないことは辛いけれど、ママンに勝手に捨てられてしまうよりはずっとマシ。
 こうしたさりげないフォローをしてくれるギルは、あたしにとって必要不可欠な存在なのだ。

 ギルが雑談のために再び口を開きかけた、そのとき。

 カフェテーブルの上に影が落ちた。とてつなく大きな影だ。同時に巻き起こった突風が、あたしのプラチナブロンドの髪をさらう。

「ストーン・ドラゴンだ」

 大空を仰いだギルが言う。
 あたしもつられて空を仰げば、黒灰色のドラゴンが頭上を横切ったところだ。
 この異世界には、地球上には存在しなかった生物が数多く存在する。ドラゴンもそのうちの1つだ。

「大きなドラゴンだね……あんなのが街に下りてきたら大変だわ……」

 突風に掻き乱される髪を押さえながら、あたしは言う。
 ドラゴンの一種であるストーン・ドラゴンは、主に鉱山地帯に生息する。鉱物を主食とする変わったドラゴンだ。
 その身体は岩石のように硬く、名のある騎士でも簡単には討ち取れないのだという。

 幸いにもストーン・ドラゴンは王都の上空を飛び去り、北の方へと飛んでいった。カフェテリアのあちこちで安堵の声が聞こえる。

 しかしあたしは、ふとした瞬間に不安を覚えるのである。

「ねえギル……。あのストーン・ドラゴン、あたしたちの村の方に向かって飛んでったよね」
「ん、そうだね」
「ストーン・ドラゴンは鉱物を食べるんだよね。ひょっとして宝石も食べるかな……?」
「食べるんじゃないかな。『宝石を輸送していた荷馬車がストーン・ドラゴンに襲われた』という話をたまに聞くから……」

 あたしとギルは同時に黙り込む。

 鉱物や宝石を主食とするストーン・ドラゴン。
 ドラゴンが飛んでっいった先には、あたしとギルの故郷であるシルバ村がある。
 シルバ村のあたしの自宅には、十数年かけて集めた大量の宝石が保管されている……

「あああああたしの愛児たちが危ない!?」
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