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第八十二話 営業再開

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「いらっしゃいませ」
「いやぁ~再開してくれて良かったよ~! ……ん?」
「お一人様ですね。カウンター席へご案内いたします」
「あ、あぁ」

 常連だから店員が変わったことに気付くか。
 それともエルフに反応したのか?
 それなら仕方ない。
 そういうのはすぐにとはいかないからな。
 要は馴れだ馴れ。

「松セットで」
「はい、かしこまりました」

 さすが常連。
 メニュー表なんか必要ないな。

「松セットお願いします」
「はいよ」

 なんだかここで握るのも久しぶりすぎて新鮮だな。

「はいよ、松セット」
「はい」

 ……おぉ~。
 寿司、味噌汁、茶碗蒸しを乗せたお盆を少し震えながら運んでいく。
 大丈夫か?
 ゆっくりでいいんだぞ?

「お待たせしました。松セットです」
「ありがとう。……お? 嬢ちゃんも新しい店員さんかい?」
「はい。今日からになります」
「へぇ~」

 うん、ちゃんとやれてるじゃないか。

「美味い! やっぱり寿司が一番好きだ! 最高だね大将!」
「……どうも」

 俺は寡黙な大将だ。
 常連相手であろうがそれは変わらない。

「ありがとうございます。私もお寿司が一番好きなんです」
「へ? そうなのかい?」
「はい。私はここの地下一階でも働いてますから毎日食べてるんですよ」
「それは羨ましいな~。冒険者たちにも寿司は人気なの?」
「もちろんです。私のようなエルフでもお寿司が好きなんですから」
「そうだよな~美味いものの前では種族もなにも関係ないよな」
「はい。寿司酒場にはお寿司以外の料理もたくさんありますし」
「なにっ!? それも大将が作ってるのか!?」
「はい。お肉料理なども人気です。私はトンカツが好きですね」
「トンカツいいなぁ~! 今度妻と行ってみるよ!」
「はい。ぜひ一度お越しください」

 さすがジャスミン。
 寿司酒場の宣伝だけじゃなく種族の壁をも自ら壊しにいってる。
 少なくともこの客はジャスミンに対して悪い印象は持たないだろう。
 こういう小さなところからやっていかないとな。

「……サービスのイカ刺し」
「はい」

 気分が良くなったので少しおまけしてみた。
 ジェルがイカ食べたいと言うので今日は大量に仕入れてあるからな。

 ……落とすなよ?
 小さな皿を運んでても気になってしまうな。
 アイリのときにはそんな心配したことなかったのに。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは! ……あっ、ジャスミンさん!?」
「あら。こちらにもいらしてくれたんですか?」
「はい! 夜まで待とうかと思ったんですがどうしても今食べたくなって……」
「大歓迎ですよ。奥のテーブル席へどうぞ」
「すみません。静かにしますので」

 冒険者二人組か。
 俺はさすがに顔までは覚えていない。
 ジャスミンはガチャ屋で接してるから知っているのだろう。
 ……俺に会釈していくとはなかなか丁寧な若者たちじゃないか。

「ご注文はどうされますか?」
「えっと……あっ、セットのみなのか」
「じゃあ竹セット二つお願いします」
「竹セットお二つですね。かしこまりました」

 ジャスミンが目で合図してくる。
 だから俺は「はいよ」という感じで頷いた。

「ジャスミンさん、あれ聞きました?」
「もちろんです。良かったですね」
「そうなんですよ! いけないことかもしれないけど正直ホッとしてて」
「いけないことではないです。私も安心しました」
「そうですよね! あっ、すみません……静かにするって言ったのに」

 やはり冒険者たちは嬉しいのか。
 あれとはまさに昨日の会議のことだろう。
 会議で決まったことが今朝早くに全ての町の冒険者酒場へ貼り出されてるはずだ。
 冒険者以外の人にもすぐに伝わるだろうな。

 主な内容としては、
 新たな魔王が誕生し、その魔王はモンスターであること。
 今後モンスターが以前よりも増えること。
 各国で勇者を募り、勇者には毎月支援金が出ること。
 魔王を倒した者には巨額の報奨金が出ること。
 魔族との交易を自由にすること。
 などがある。

 実際にはもっと細かい内容がずら~っと並んでいる。

「なぁ大将。どう思う? いいことなのか?」

 この常連ももう知っているのか。
 でも俺に聞いたところでノーコメントだぞ。

「いいと思います。じゃないと経済が回りませんから」
「お、おう? 嬢ちゃんは若いのによく考えてるんだな……」
「モンスターは私たちのために倒されてくれるんです」
「そ、そうか。確かに今の状態が続くと大変なことになるよな……」
「はい。それに今のモンスターは人を殺すようなことはしませんし」
「それは最近よく聞くよな。それなら危険はないわけか」

 急にどうしたんだよ?
 しかもそんな饒舌で……。
 なんだか違う人になったみたいだ。
 新しい経験って大事なんだな。

 というか俺の横にいなくてもいいんだぞ……。
 ほら、ジャスミンは味噌汁と茶碗蒸しを準備してるぞ?

「はいよ、竹セット」
「はい」

 ……そうだ、一つずつ持っていってくれ。
 もう一つはジャスミンに任せればいいんだからな?
 ……慣れてきたようだな。
 これなら大丈夫そうだ。

 その後もお客は次々訪れた。
 今日再開するって告知したわけでもないのにな。
 みんながこの店のことを気にしてくれてたんだと思うと嬉しくなる。
 昼なのに冒険者たちも来てるのはやはり仕事がないからか。
 酒場での依頼はないし、外に行っても少ないモンスターの取り合いだ。

 とにかく、今後もランチは続けていこう。
 アイリが提案してくれたことでもあるしな。

 そしてランチ営業は無事終了した。

「二人ともお疲れ」
「お疲れ様です。やはり慣れないと疲れますね」
「だろうな。ミアもやってみたいらしいから明日は交替でいいぞ」
「えぇ? 私は大丈夫ですよ?」
「だってミアがやりたいって言うんだから仕方ないだろ」
「ミアちゃんたら油断も隙もありませんね」
「でもミアよりさらに王女のほうがうるさいんだからな……」
「ティラミスちゃんは忙しいんですから夜営業だけにしてくださいね」
「わかってるよ。早く片付けて休憩しよう」

 こんなこと言ってるジャスミンも相当忙しいはずだ。
 ガチャ屋の経営管理や商品管理に夜営業中は案内係もあるし。
 みんなのお世話係だから家事もしてくれるし。
 アイリがいなくなった今では寿司屋と寿司酒場の帳簿管理もしてもらわないといけないし。

 ……あれ?
 ジャスミンの重要性がどんどん増してないか?
 もっと給料上げてみようかな……。
 それとももう少しスキンシップを……。

 ……ん?

「どうした?」
「疲れた。腕も足もつりそう……」
「無理するなよ。気が向いたときに手伝ってくれればいいからさ」
「いや、やる。だってアイリはずっと一人でやってたんだもん」
「とりあえず休憩しようか。あとで外行ってみるか?」
「うん! 行く!」

 初日にしてはハードだったか。
 でも未経験の割にはよくできたと思う。
 それに普通ならこんな経験は一生することなかっただろうからな。

「高台から港町を一望するか、市場とだったらどっちに行ってみたい?」
「う~ん、市場? ヤマトが仕入れに行ってるお店とか見てみたい」

 無邪気だなぁ。
 こうしてるとただの可愛い女の子にしか見えないのに。
 大魔王が町の中を歩いてると知られたらどんな騒ぎになるんだろうな。
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