貴方様と私の計略

羽柴 玲

文字の大きさ
上 下
108 / 146
Ⅱ.貴方様と私の計略 ~ 旅路 ~

108.竜の社⑩

しおりを挟む
黒く光が瞬いているように見えるわ…まるで、星空のようですわね…


「そういえば…水竜様は?」

私は、思わずそう口にしていました。
そして、それを聞いた天竜様は少し悲しそうな表情をされています。

―――私何かまずいことを聞いてしまったかしら

『さっきまであなたの側にあった巨体…それが、藍。藍の遺骸だったの』

そう言って、残されていた青い結晶を大切そうに拾い上げている。

『そしてこれは、人で言う遺灰や遺骨。藍はね、この子を孵すために灯を最後の力に変え、あなたを招いたの』

「それは…」

私は、言葉をなくしてしましましたわ。
だって、最後の力に変えて私を招いたことで、水竜様は死んでしまった。そう言われた。
声に憎しみや恨みはないけれど、水竜様は私のせいで亡くなってしまった…

『きゅう…キュゥィ』

『ああそうね。心優しき人。藍の最後の招き人。あなたのせいではないわ。藍がそう決めた結果なの。
だから、私もその子もあなたのせいだなんて思っていない。
大丈夫。そんなに苦しそうな顔をしないで』

天竜様が私の頬に触れ、目元をぬぐってくださる。
私は、泣いているのだろうか。

『あら。そうね。わたしより確かにあなたが適任化もしれない』

天竜様の言葉を不思議に思う間もなく、私の体はふわりと後ろから優しく抱きしめられました。
一瞬だけ、身を固くしましたけれど、私の肩を抱く腕がユミナ様であるとわかると、体の力を抜く。

「ミリィ…大丈夫かい?」

ユミナ様の小さいけれど、はっきりとしたその問いに私は、小さく頷きをかえす。
そうすれば、少しだけ耳に何かが触れた気がして、優しく頭を撫でてくださる感触がある。

「ユミナ様…ありがとうございます」

私は、もう少しだけとユミナ様に頭を撫でていただいて、そっとその囲いから抜け出す。
そして、天竜様と側にいる子竜へと頭を下げる。

「優しい言葉をありがとうございます。天竜様。子竜様」

『私からもありがとう。藍の最後の願いを聞いてくれて。だから、あなたには教えてあげる』

そういって、天竜様は私の耳へと顔を寄せられる。

『わたしたち竜族の一生は長いのです。その中で、共に生きるものを見つけます。けれど、竜族は繁殖能力がないのです。だから、伴侶を見つける必要がない。
でも、わたしも藍も共に生きることを選んだ。それが、どれほどの幸せかわかりますか。
そして、竜族の死は次代でまた会うためだとも言われているのです。わたしが生涯を全うすればまた会える。そう思うの。
それにね、この青い結晶は、藍がわたしに残してくれた存在のあかしなの。
竜族が死ねば、肉体すら世界に返される。だから、本当は何も残らない。だけど、藍はこの結晶を残してくれた。
だから、わたしは大丈夫なの。あなたに彼がいるのといっしょね』

そうおっしゃり、そっと距離をとられる。
竜族とは不思議なものなのだと、稀なる存在なのだと思いましたわ。
竜と竜族は同一種。竜族に繁殖能力がないという事は、繁殖は竜が行うということを意味しますわね。
そして、稀に竜族が生まれる。竜よりも竜族の記録が少ない理由もこういう事なのですね。

『きゅ…きゅぅ…』

『え。…たまに、本来の姿に戻るならいいかな。月に一度は戻ること。それが確約できるならいい。
これだけは覚えておきなさい。お前は、人ではない。竜であり竜族なの。
それさえ忘れないなら、お前は生きていられるわ。忘れれば、灯は消える。それでも?』

『きゅっ』

子竜の言葉に、天竜様は驚かれそして、少しだけ厳しそうな声音で、話されている。
そして、それに元気よく返事をするように小さくなけば、小竜の体が淡い光に包まれる。
光は子竜の周りを舞うように膨れ、収束していく。
そしてそこに現れたのは、5歳ほどの子供。いえ、子供の姿をした子竜でした。

『きゅ…あ…あー…ああ、こうか。ちょっと、むずかしい?』

『名はどうするの?』

子竜が発声練習の様な事を始めると、少しあきれたように天竜様が声をかけられています。
名とはどういう事なのでしょうか。

『な…むずかしい。かあさまがつけてください』

子竜はそういうと、私の足元へと駆け寄り、ぽすんと抱き着てきます。

「かあさま?…私が?」

『うん。おやだから。おんなのひとは、おかあさんなんだよね?』

子竜の言葉に天竜様を見れば、少しだけうなだれているように見えます。

『間違いではないけれど、人の営みのなかでは…』

そこまでおっしゃって、私とユミナ様を交互に見られて、徐に頭を下げられました。

『ごめんなさい』

「え…」

私は訳が分からず、慌てるだけでしたけれど、ユミナ様が少しだけ長い溜息を頭上で吐き出していることに気づきます。
そして、メビウスが微妙な顔をし、マルクスがうつむき肩を揺らしていることにも気づきましたの。

「…かまわない。ミリィは気にしなくていい」

「え…でも…」

「ひーさん。年齢的に辺境伯の隠し子を疑われる可能性。あるいは、ひーさんの不義とか子を設けることができない体を疑われるとか。
そういう噂が立つ可能性があるってことだ。まぁ、ひーさん不義は年齢的に無理があるだろうから、辺境伯の隠し子、ひーさんが子をなせない。そんなとこだろう」

誰も説明しないからか、メビウスが説明をしてくれたけれど、ユミナ様が少しだけ厳しくメビウスの名を呼んでいます。

「辺境伯。真綿でくるみたいのはわかるが、彼女はそこまで弱くはないと思うよ」

メビウスがそうユミナ様へ返し、私を見つめてきます。
私は、それに頷きを返し、ユミナ様と呼びかけます。

「ユミナ様。大丈夫です。私は、側にいてくださる方が理解してくださればそれで」

肩を抱かれたままのユミナ様の腕をそっとなで、大丈夫だと伝える。
そうすれば、少しだけユミナ様の腕が緩んだ気がしましましたわ。

「天竜様。竜族にとって名とは大切なものですか」

私が、この子竜に名をつけることは構わない。けれど、それが大切な事ならば、私も覚悟を持って行うべきものだろう。

『…竜族の名は2つ。真名と呼び名。真名は孵ると同時に本人だけが知ることのできるもの。この子にもそれはあるはずです。もちろん、わたしにもあります。
呼び名は個を認識するために使われるもの。わたしの虹という名や藍の藍という名がそれにあたるの。
大切かと言われれば、大切なものね。わたしたち竜族の個を認識するものだから、真名と共に魂に刻まれる。
一度つけられたものは、死しても変えることはできないわ。別の生に生まれて初めて変えられるの。
真名は竜や竜族意外では、聞き取ることも発音することも出来ないし、人型を取っていれば呼ぶこともかなわない。
だから、呼び名をつけるの。藍の名は、藍の友人がつけてくれたの。そして、私の名は藍とその友人が。
…そうね。そんなに気負う必要はないの。愛し慈しめる。そんな名であればいいと思うわ』

天竜様の言葉に頷きを返し、ユミナ様に腕を話し手頂く。
そして、子竜の顔の高さと同じ高さになるように、しゃがみ込む。

―――このこの髪は、私と同じ灰白色と白銀が混じったようなそんな色合いですわね。瞳は黒く、それでいて輝いている。まるで、夜空のようですわね。

そっと手を取れば、人の子供の様に小さなふわふわとした手でしたわ。
水竜様と違い、人であると見紛うばかりの姿かたちです。

「ノヴァはどうかしら。古語の新しき星という意味からとってみたわ。あなたの瞳は、きらきら輝いているから」

『のば?』

子竜の体では、発音が難しいらしい。けれど、この子を見ていて、私の中で一番しっくりくる名前でしたわ。

「ええ。ノヴァ。だめかしら?」

子竜は一度、天竜様を伺い、そして再度私へと向き直ると、大きく首を横へ振ります。

『だめじゃない!』

『では、ノヴァ。それがあなたの名です。しかと刻みなさい』

ノヴァが小さくうなずくと、彼の眼が瞬きそして、一瞬だけ淡い光を放つ。
光が収まれば、先ほどと変わらぬ光景があるだけでしたけれど。

『ああ。そろそろあなたたちは帰った方がいい。ここは、少しだけ時の流れが違うの』

天竜様はそういうと、青い結晶を持っていない方の腕を、ふわりと大きく振られる。
それと同時に、私やユミナ様達の体が、虹色の光に包まれ、視界が白く塗りつぶされていく。

『ありがとう。心優しき人。ノヴァをよろしくね』

最後にそんな声が聞こえた気がした。
しおりを挟む

処理中です...