貴方様と私の計略

羽柴 玲

文字の大きさ
上 下
107 / 146
Ⅱ.貴方様と私の計略 ~ 旅路 ~

107.竜の社⑨

しおりを挟む
とても軽い…大きさと重さがあっていないわ



あお…薄情ね…何も言わずいってしまうなんて』

目の前の光がはれると同時にそんな女性の声が聞こえてきた。とても、哀しそうなそんな感じ。

『藍の招き人。心優しき人。藍の願いを聞き入れてくれてありがとう』

その声は私に話しかけているようだった。哀しそうな響きはそのままに。

「藍…あなた様は、水竜様のお知り合いですか?」

『ええ。私は天竜のこう。藍と共にこの地を守るもの』

声の主はここに祀られている天竜様のようです。それにしても、何も言わず言ってしまうとはどう言う事でしょう。
私は先ほどまで、水竜様と話していたはずですのに。

「…ミリィ。無事で何よりだけれど、とりあえずその抱えているのをどうにかしないか?」

その声に振り返れば、ユミナ様がいらっしゃいました。マルクスとヘーゼルもいるようです。

「ユミナ様にマルクスにヘーゼル?」

思わずの様に問いかけ首を傾げれば、マルクスとヘーゼルが呆れたような表情をしている。

「ひーさん、マイペースすぎるだろう」

「お嬢…とりあえず、俺たちのことはいいから抱えてるものをどうにかしろ」

『ふふ。あなたは、彼らに大切にされているのね。…ああ、どうやらその子は決めたのね』

天竜の言葉に、再度私は正面を向きます。目の前には、先ほどの翡翠の卵。
なるほど。私は、ずっと卵を抱えていましたのね。
不思議と重量は感じない。言われて目にするまで、卵を抱えていることを気づかないほどに。
そっと石畳へと卵を下ろし、そっと手を離せば「キュゥィ」という音が聞こえた。

『ええそうね。でも、とりあえず、それを食べてしまいなさい』

天竜様の言葉を不思議に思っていれば、目の前の卵が少しずつ小さくなっているようですわ。
それに、卵の中に何かいるような?あれは、目かしら?それに、少しずつ輪郭がはっきりしてきているように感じます。
何かしら。いえ、あれは竜の卵なのだから、竜の子供なのでしょうけれど。

『驚いたでしょう。わたしたちは、産まれてすぐは目以外は視認できないの。
産まれた自分の殻を食べてしまわなければ、存在が安定しなくて、竜として存在できない。1年もすれば命の灯は消えてしまうの』

天竜様の言葉に、目の前て起こっていることを理解する。これは、竜たちにとって存在を安定させるための儀式なのでしょう。
次第に姿かたちは、先ほどの水竜様を何倍にも小さくしたものに似ていましたわ。
色は濃い青色ではなく、白銀…いえ、灰白色が正しいでしょうか。私の髪の色に酷似しています。

『驚いた。お前は竜族ね。新たに竜族が生まれたのは、いつぶりかしら。わたしの後に生まれた子を私は知らない。
属性は…いくつかの複合ね。灰白色…多分お前と同じ色の竜も竜族もいないかも。
少なくともわたしの把握している限りいない。と言う方が正しいわ。お前はどうしたいの』

『きゅぅぃ…きゅう…』

天竜様と生まれたての子竜は、会話をしているようですわ。天竜様の言葉はわかりますけれど、子竜の言葉はわかりませんわね。

『え。そうね。藍は…あ…私は構わない。お前の好きなようにすればいい。永遠の別れではないのだもの。
でも、そうね。心優しき人。あなたに頼みたいことがあるの。藍の招き人であるあなたに頼むのは少しだめなのかもしれないけれど。
この子は、あなたを選んでしまったようだから』

「私ですの?」

天竜様は私へと話しかけてきます。水竜様の名をつぶやいたところで、一度言葉が止まってしまった事も気になりますが、まずはお願いについてお伺いすべきでしょう。

『そう。あなた。この子はあなたを選んだから』

「その、よくわからないのですけれど選んだとは?」

天竜様は少しだけ、迷うそぶりを見せましたけれど、意味が分かったように説明をしてくださいました。

『竜族は生き方を選ぶの。共にあるものを。藍は人を友としその子孫を守ると決めた。
わたしは藍と生きると決めた。藍もわたしも人が好きだから人と共にあることを決めた。
藍とわたしはそうして生き方を選んできたの。
そして、この子はあなたと共にいることを選んだ。あなたと生きたいと望んでいるの』

彼女の言葉を考え意味を吟味する。
竜族とは生き方を選ぶ種族。そう、彼女はおっしゃいました。
竜に対してそのような記述は記憶はありませんから、竜族特融の物なのでしょう。
産まれたばかりのこの子が、私を選んだ?どういうことなのかしら。

『竜族の子は生まれてすぐ、魔力供給をしたものを親に選ぶの。この子の魔力供給者は、藍とわたし、そしてあなた。
この子はあなたを親に選んだの。だから、あなたと共にいる必要がある。少なくとも1年。
姿と魔力の安定に魔力供給者による魔力供給が必要になるの。魔力供給がされなくても灯が消えることはないけれど魔に落ちると言われている。
ただ、この子もあなたが人であり魔力量が少ないことは理解している。
魔力供給の大半はわたしから。ほんの一握りをあなたからもらうと。波長はあなたが一番近いから、親はあなたに決めたのだと言っているわ』

産まれてから1年は魔力供給が必要なのだと彼女は言っている。
大半を彼女から、一部を私からだというけれど…

「その、私と共にいるとして、その場合、天竜様からの供給はどうするのでしょうか」

『わたしは竜族だから。魔力の通路を遠隔地だろうと保つことができるの。だから、側にいなくても平気』

彼女の言葉に、竜族とはすごいのだなと素直に思う。
もしかしたら、マルクスにもできるのでは?そう思い、彼を振り返れば、私の考えが分かったのか、頭を左右に振っている。表情も無理だと雄弁に物語っていた。

『…もう姿もいってしまうのね。藍…』

天竜様が何の脈略もなく、そう言って立ち上がられる。そして、私の側にある大きなものの側へ立たれた。

―――そういえば、あれは水竜様の色に似ている気がしますわ

『藍…ありがとう。また会えることを楽しみにしているわ…』

天竜様はそうつぶやかれ、側の大きなものへとそっと触れられる。
その瞬間、淡い青い光が視界を占めたかと思えば、小さな青い光に代わり消えていく。
何処か神秘的で幻想的なそれが終われば、大きなものはなくなり小さな青い結晶が残っていた。
しおりを挟む

処理中です...