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Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~
92.侯爵令嬢の涙
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これはあれですわ。あとで、お爺様を問い詰めねばなりませんわね。
私は現在、ユミナ様と我が家の庭を散歩しております。
当家へ来訪されたユミナ様の提案で、お庭に出てきたわけですけれど。
一通り庭の散策を行い、いつかの温室にある東屋へと向かいました。
以前は向かい合って座っていたけれど、今回ユミナ様は隣へと座られました。
肩が触れそうなその距離に少しだけ緊張をしていると、ユミナ様がゆっくりと口を開かれました。
「ミリィが以前言っていた、鞘飾りの意味だけれど結局わからなかったんだ。
最後の手段で侯爵にお伺いしたけれど教えてくださらなくてね。その代わり母親と息子にまつわる鞘飾りの話を私が知らなかったところを教えてくださったんだ。
その話を聞いて思ったこともあるのだけれど、確信は結局得られなかったんだ」
ヘーゼルとマルクスも教えてくれなかったしね。と、そこで言葉を区切られました。
私はというと、落ち着かない心境のまま、動きの鈍い頭で考える。
そして、納得する。我が家の風習は国が成り立つ頃から。いえ、それ以前からの風習ですものね。
古文書のレベルを紐解いたとしても、文書として残っていないかもしれませんものね。
「だけど、私はミリィからの鞘飾りを持っていたし、大切にしたいと思っているんだけれど問題ないかな」
少し真剣な表情でユミナ様はそう告げてこられて。私は、こてんと首をかしげました。
「私、以前も申し上げましたわ。ユミナ様にその鞘飾りを持っていていただきたいし、意味を知ったとしても持っていてほしいと。
ですから、問題ないかと聞かれましても、問題ありませんわ。という答えしかありませんの」
そう言い切れば、少しだけユミナ様が微笑まれたように感じます。
…何か緊張?されていらっしゃるのかしら。表情がぎこちない気がしますわ。
いつもはもっと自然な表情をなさっていますのに…
「そうか。よかった」
ユミナ様の態度を少し疑問に思いながら、話はそれですの?と問えば、まだあるよ。と言われました。
「そうだな。実はこれから言う方が本題かな。さっきのは、私がちょっと臆病だから確認しておきたかったことだから」
ユミナ様が臆病?私はユミナ様の全てを知っているわけではありませんけれど、臆病という言葉はユミナ様に当てはまらない気がします。
どちらかと言えば、対局にいらっしゃる印象でしたから、少し驚いてしまいました。
「初めて会った時のことを覚えている?私が君に一時的な婚約を申し込んだこと」
ユミナ様の言葉にこくりとうなずく。あれは、忘れもしませんわ。だって、かなりの衝撃でしたもの。
殿方に面と向かって婚約を申し込まれ、浮かれたと思ったら打ちのめされましたもの。
ユミナ様は今も一時的な婚約を望んでいらっしゃるのかしら…
「それなんだけれど、なかったことにして欲しいんだ」
続いたユミナ様の言葉に、稲妻に打たれたような衝撃が走りました。
頭を殴られたような感覚で、世界の音が消失したような感覚が体を侵食していった。そんな衝撃でもありました。
「それで…あらた…」
続いていたユミナ様の言葉はそこで止まって、とても驚かれたような表情をされました。
「ご、ごめん…」
ユミナ様のそんな戸惑うような言葉に、私の思考は鈍り、目に映るものすべてが色あせ、黒く塗りつぶされているような感覚を覚える。
それは、どういう意味なんですの?
そう、ユミナ様に問いたいのに、言葉は声として発することはできなくて、唇がわなわなと震えている感覚はあるのに、縫い付けられたように開くことも出来ない。
ユミナ様は私へと手を伸ばされ、何故か、目じりをぬぐうようなしぐさをされます。
「ごめん…ミリィを泣かせたいわけじゃないんだ」
言われた意味が分からなくて、思わずのように思い手を頬に這わせれば、濡れていた。
…私、泣いているの?そんなつもりはないのだけれど…
そう思うけれど、頬に触れた指先は乾くことはなく、むしろ濡れていく。
「ミリィ…泣かないで。泣かせたいわけじゃないんだ」
ユミナ様は私を胸に抱きよせ、ゆっくりと頭を撫でてくださっている。
嗚咽こそ漏らさないけれど、涙はとめどなく流れているようで、ユミナ様の胸元を濡らしていく。
そのことに気が引けて、身を引こうとすれば一段と強く抱きしめられて。
何故ですの。一時的とは言え、私との婚約の話をなかったことにしたいのですよね?なら、何故抱きしめてくるのですか。なぜ、そんなに優しく触れてくるのですか。
「ねぇミリィ。話の続きを聞いて。お願いだから」
少し震えるようなユミナ様の声に、お願いに思わずうなずいてしまい、感情が反発をする。
これ以上聞いてもいいことはないのだと。聞く必要はないのだと。
「さっきなかったことにしてくれと言ったのは本心なんだ。だけど、それだけじゃなくて一度仕切り直したかったんだ」
私がユミナ様の腕のなかで、おとなしくしていれば抱きしめられていた腕の力が少しだけ緩む。
「最初は、私の事情と侯爵からの申し出の利害が一致したからだった。私は、王家から結婚相手を押し付けられなくて済むし、一時的に婚約しないかと持ち掛けてきた侯爵は、辺境伯として問題視する必要のない人物だったから。
私は、君に会いに来たし、一時的な婚約を申し込んだんだ」
え。お爺様が一時的な婚約を持ち掛けたのですか?ユミナ様が考えたのではなく?
「侯爵の出方も意図もわからないし、危険な賭けでもあったのだけれど、いざ君に会ってみたら…」
ユミナ様はそこで言葉を区切られ、次の言葉を探しているかのようでした。
「いざ会ってみれば、私の不安は杞憂なのだど思った。表情こそ乏しいものの、礼儀作法も問題ないし話題は広いし、社交については得意そうではないものの、そつなくこなす。そんな令嬢だった。
共に過ごす時間が増えれば、独り言を言ったりする一面も見えたし、何より私が君の表情を読むことがある程度できるようになった」
最初は、表情なんて読めるとは思わなかったのにな。と、少し笑われたようでした。
「何より、令嬢として、いや、それ以上の矜持を持っているようだったし、強い意志を兼ね備えていた。
でも、それだけじゃなくて、弱さも持っているんだと気づかされることもあったし。
だからね、私は決めたんだ。一時的というのはやめようって」
ユミナ様の話を聞く間、私の涙は止まることはなく、やめるという言葉に反応するようにさらにあふれてくる。
自分はまだ、こんなに泣くことができるのかと、少しだけ残っている冷静な私が突っ込んでいる。
「私にまっすぐ向き合ってくれる君に、一時的な婚約というのはだめだと思った。
だから、私は侯爵に許可をいただいたんだ」
お爺様?なぜ、そこでお爺様が出てくるのかわからない。
ユミナ様は何を言おうとされているの?
「君が受け入れるならという話だったけれど、私も君が受け入れてくれなければ意味がないと思う」
ユミナ様はそこまで言われると、腕を緩め胸から私を開放する。
そして、優しく涙をぬぐってくださる。それでも、止まらぬ涙にユミナ様はあきらめたように私の両手をご自身の手で包まれて、私のおでこにユミナ様のおでこをこつんとつけられる。
私は、びっくりして止まらないと思っていた涙が、ぴたりと止まった。
ちっ近いですわ。ユミナ様のお顔が目の前にっ!
若干混乱をしている私の両眼をご自身の両眼で絡み取られる。ユミナ様の目は真剣そのものだった。
「だからね、ミリィ。私と本当の婚約をしてくれないかな。私の隣に立ってほしいのは君なんだ。
私を君の隣に立たせてくれないかな。できれば、その…ずっと先まで」
ユミナ様の言葉を最初理解できずにいれば、少し苦笑をされたと思えば、表情を改められる。
「ミリィ。私は君を大事にしたい。全てを捧げて、優先することはできないけれど。…好きなんだ」
そう告げられて、ユミナ様が何をおっしゃっているのか理解して。
泣いていた目元が赤くなっていたが、それ以上に全身が赤く染まる勢いで頬が厚くなるのを感じる。
えっ!私今、好きだと言われましたの?言われましたわよね?聞き違いとかではなく!?
赤い顔で、落ち着きなく目線をさまよわせていれば、ユミナ様が少しおかしそうに笑われて、返事は?と聞かれてきます。
返事とかどう答えればいいのですか!?
混乱を極める私に少し譲歩してくださったのか、ユミナ様が離れていかれる。包まれた手はそのままだけれども。
「ミリィ。返事はすぐにとは言わないけれど、一つだけ聞かせて。君の婚約者候補に私がいるのは嫌かな?」
ユミナ様のその問に、首を左右に振る。
「い、嫌な…」
泣いていたためか、少ししわがれたようなひきつった声になってしまう。何度か、唾を飲み込み気持ちを落ち着ける。それでも、口をついて出た言葉は、少し震えていた。
「い、嫌な、嫌なわけありません。だって…私は…」
そこまで言って、うつむく。今更ですけれど、かなり泣いてしまった事によって化粧が崩れていることに思い至る。
は…恥ずかしいですわ。でも、ユミナ様は言葉にしてくださった。だったら…私も…
そう意を決して、言葉を紡ごうとしたところで、言葉はユミナ様の胸へと奪われる。
「よかった。嫌われいないとは思ってはいたけれど、婚約者候補に連なるのも嫌がられたらどうしようかと思った」
そう、頭上から小さなつぶやきが聞こえてくる。
…ユミナ様でも不安になるのですね。ふふ。少しだけおかしいかもしれない。
「ユミナ様。父から娘に送られる鞘飾りは、娘とその大切な人を守護するものなのですわ。娘が大切な人を共に生きていく人を見つけた時に、その相手に送るのです。
だから…えっと…ユミナ様は私にとって大切な人で…未来を共に紡ぎたい人なのです」
私がユミナ様に抱きしめられたままそう答えれば、ユミナ様の体が少しこわばったのを感じた。
「ミリィ。それって、君も私を好いてくれてると思っていいのかな?」
ユミナ様の少し震えるような声での問いに、私は小さくユミナ様の腕の中でうなずいた。
私は現在、ユミナ様と我が家の庭を散歩しております。
当家へ来訪されたユミナ様の提案で、お庭に出てきたわけですけれど。
一通り庭の散策を行い、いつかの温室にある東屋へと向かいました。
以前は向かい合って座っていたけれど、今回ユミナ様は隣へと座られました。
肩が触れそうなその距離に少しだけ緊張をしていると、ユミナ様がゆっくりと口を開かれました。
「ミリィが以前言っていた、鞘飾りの意味だけれど結局わからなかったんだ。
最後の手段で侯爵にお伺いしたけれど教えてくださらなくてね。その代わり母親と息子にまつわる鞘飾りの話を私が知らなかったところを教えてくださったんだ。
その話を聞いて思ったこともあるのだけれど、確信は結局得られなかったんだ」
ヘーゼルとマルクスも教えてくれなかったしね。と、そこで言葉を区切られました。
私はというと、落ち着かない心境のまま、動きの鈍い頭で考える。
そして、納得する。我が家の風習は国が成り立つ頃から。いえ、それ以前からの風習ですものね。
古文書のレベルを紐解いたとしても、文書として残っていないかもしれませんものね。
「だけど、私はミリィからの鞘飾りを持っていたし、大切にしたいと思っているんだけれど問題ないかな」
少し真剣な表情でユミナ様はそう告げてこられて。私は、こてんと首をかしげました。
「私、以前も申し上げましたわ。ユミナ様にその鞘飾りを持っていていただきたいし、意味を知ったとしても持っていてほしいと。
ですから、問題ないかと聞かれましても、問題ありませんわ。という答えしかありませんの」
そう言い切れば、少しだけユミナ様が微笑まれたように感じます。
…何か緊張?されていらっしゃるのかしら。表情がぎこちない気がしますわ。
いつもはもっと自然な表情をなさっていますのに…
「そうか。よかった」
ユミナ様の態度を少し疑問に思いながら、話はそれですの?と問えば、まだあるよ。と言われました。
「そうだな。実はこれから言う方が本題かな。さっきのは、私がちょっと臆病だから確認しておきたかったことだから」
ユミナ様が臆病?私はユミナ様の全てを知っているわけではありませんけれど、臆病という言葉はユミナ様に当てはまらない気がします。
どちらかと言えば、対局にいらっしゃる印象でしたから、少し驚いてしまいました。
「初めて会った時のことを覚えている?私が君に一時的な婚約を申し込んだこと」
ユミナ様の言葉にこくりとうなずく。あれは、忘れもしませんわ。だって、かなりの衝撃でしたもの。
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ユミナ様は今も一時的な婚約を望んでいらっしゃるのかしら…
「それなんだけれど、なかったことにして欲しいんだ」
続いたユミナ様の言葉に、稲妻に打たれたような衝撃が走りました。
頭を殴られたような感覚で、世界の音が消失したような感覚が体を侵食していった。そんな衝撃でもありました。
「それで…あらた…」
続いていたユミナ様の言葉はそこで止まって、とても驚かれたような表情をされました。
「ご、ごめん…」
ユミナ様のそんな戸惑うような言葉に、私の思考は鈍り、目に映るものすべてが色あせ、黒く塗りつぶされているような感覚を覚える。
それは、どういう意味なんですの?
そう、ユミナ様に問いたいのに、言葉は声として発することはできなくて、唇がわなわなと震えている感覚はあるのに、縫い付けられたように開くことも出来ない。
ユミナ様は私へと手を伸ばされ、何故か、目じりをぬぐうようなしぐさをされます。
「ごめん…ミリィを泣かせたいわけじゃないんだ」
言われた意味が分からなくて、思わずのように思い手を頬に這わせれば、濡れていた。
…私、泣いているの?そんなつもりはないのだけれど…
そう思うけれど、頬に触れた指先は乾くことはなく、むしろ濡れていく。
「ミリィ…泣かないで。泣かせたいわけじゃないんだ」
ユミナ様は私を胸に抱きよせ、ゆっくりと頭を撫でてくださっている。
嗚咽こそ漏らさないけれど、涙はとめどなく流れているようで、ユミナ様の胸元を濡らしていく。
そのことに気が引けて、身を引こうとすれば一段と強く抱きしめられて。
何故ですの。一時的とは言え、私との婚約の話をなかったことにしたいのですよね?なら、何故抱きしめてくるのですか。なぜ、そんなに優しく触れてくるのですか。
「ねぇミリィ。話の続きを聞いて。お願いだから」
少し震えるようなユミナ様の声に、お願いに思わずうなずいてしまい、感情が反発をする。
これ以上聞いてもいいことはないのだと。聞く必要はないのだと。
「さっきなかったことにしてくれと言ったのは本心なんだ。だけど、それだけじゃなくて一度仕切り直したかったんだ」
私がユミナ様の腕のなかで、おとなしくしていれば抱きしめられていた腕の力が少しだけ緩む。
「最初は、私の事情と侯爵からの申し出の利害が一致したからだった。私は、王家から結婚相手を押し付けられなくて済むし、一時的に婚約しないかと持ち掛けてきた侯爵は、辺境伯として問題視する必要のない人物だったから。
私は、君に会いに来たし、一時的な婚約を申し込んだんだ」
え。お爺様が一時的な婚約を持ち掛けたのですか?ユミナ様が考えたのではなく?
「侯爵の出方も意図もわからないし、危険な賭けでもあったのだけれど、いざ君に会ってみたら…」
ユミナ様はそこで言葉を区切られ、次の言葉を探しているかのようでした。
「いざ会ってみれば、私の不安は杞憂なのだど思った。表情こそ乏しいものの、礼儀作法も問題ないし話題は広いし、社交については得意そうではないものの、そつなくこなす。そんな令嬢だった。
共に過ごす時間が増えれば、独り言を言ったりする一面も見えたし、何より私が君の表情を読むことがある程度できるようになった」
最初は、表情なんて読めるとは思わなかったのにな。と、少し笑われたようでした。
「何より、令嬢として、いや、それ以上の矜持を持っているようだったし、強い意志を兼ね備えていた。
でも、それだけじゃなくて、弱さも持っているんだと気づかされることもあったし。
だからね、私は決めたんだ。一時的というのはやめようって」
ユミナ様の話を聞く間、私の涙は止まることはなく、やめるという言葉に反応するようにさらにあふれてくる。
自分はまだ、こんなに泣くことができるのかと、少しだけ残っている冷静な私が突っ込んでいる。
「私にまっすぐ向き合ってくれる君に、一時的な婚約というのはだめだと思った。
だから、私は侯爵に許可をいただいたんだ」
お爺様?なぜ、そこでお爺様が出てくるのかわからない。
ユミナ様は何を言おうとされているの?
「君が受け入れるならという話だったけれど、私も君が受け入れてくれなければ意味がないと思う」
ユミナ様はそこまで言われると、腕を緩め胸から私を開放する。
そして、優しく涙をぬぐってくださる。それでも、止まらぬ涙にユミナ様はあきらめたように私の両手をご自身の手で包まれて、私のおでこにユミナ様のおでこをこつんとつけられる。
私は、びっくりして止まらないと思っていた涙が、ぴたりと止まった。
ちっ近いですわ。ユミナ様のお顔が目の前にっ!
若干混乱をしている私の両眼をご自身の両眼で絡み取られる。ユミナ様の目は真剣そのものだった。
「だからね、ミリィ。私と本当の婚約をしてくれないかな。私の隣に立ってほしいのは君なんだ。
私を君の隣に立たせてくれないかな。できれば、その…ずっと先まで」
ユミナ様の言葉を最初理解できずにいれば、少し苦笑をされたと思えば、表情を改められる。
「ミリィ。私は君を大事にしたい。全てを捧げて、優先することはできないけれど。…好きなんだ」
そう告げられて、ユミナ様が何をおっしゃっているのか理解して。
泣いていた目元が赤くなっていたが、それ以上に全身が赤く染まる勢いで頬が厚くなるのを感じる。
えっ!私今、好きだと言われましたの?言われましたわよね?聞き違いとかではなく!?
赤い顔で、落ち着きなく目線をさまよわせていれば、ユミナ様が少しおかしそうに笑われて、返事は?と聞かれてきます。
返事とかどう答えればいいのですか!?
混乱を極める私に少し譲歩してくださったのか、ユミナ様が離れていかれる。包まれた手はそのままだけれども。
「ミリィ。返事はすぐにとは言わないけれど、一つだけ聞かせて。君の婚約者候補に私がいるのは嫌かな?」
ユミナ様のその問に、首を左右に振る。
「い、嫌な…」
泣いていたためか、少ししわがれたようなひきつった声になってしまう。何度か、唾を飲み込み気持ちを落ち着ける。それでも、口をついて出た言葉は、少し震えていた。
「い、嫌な、嫌なわけありません。だって…私は…」
そこまで言って、うつむく。今更ですけれど、かなり泣いてしまった事によって化粧が崩れていることに思い至る。
は…恥ずかしいですわ。でも、ユミナ様は言葉にしてくださった。だったら…私も…
そう意を決して、言葉を紡ごうとしたところで、言葉はユミナ様の胸へと奪われる。
「よかった。嫌われいないとは思ってはいたけれど、婚約者候補に連なるのも嫌がられたらどうしようかと思った」
そう、頭上から小さなつぶやきが聞こえてくる。
…ユミナ様でも不安になるのですね。ふふ。少しだけおかしいかもしれない。
「ユミナ様。父から娘に送られる鞘飾りは、娘とその大切な人を守護するものなのですわ。娘が大切な人を共に生きていく人を見つけた時に、その相手に送るのです。
だから…えっと…ユミナ様は私にとって大切な人で…未来を共に紡ぎたい人なのです」
私がユミナ様に抱きしめられたままそう答えれば、ユミナ様の体が少しこわばったのを感じた。
「ミリィ。それって、君も私を好いてくれてると思っていいのかな?」
ユミナ様の少し震えるような声での問いに、私は小さくユミナ様の腕の中でうなずいた。
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