貴方様と私の計略

羽柴 玲

文字の大きさ
上 下
75 / 146
Ⅰ.貴方様と私の計略 ~ 出会いそして約束 ~

75.開戦と終戦(ユミナ視点)

しおりを挟む
これはあれか?侮辱して逆上させる作戦か?




砦にミリィとマルクスを残し、私は前線へと赴いていた。
そして、なぜかリヒテンシュタイン少将がミリィへと話しかけている。
かなりの距離があるはずだが、何故ミリィを認識できているんだ?

「何故、ミリィを認識できているんだ?」

隣のヘーゼルへと小さく問いかければ、首を振られる。

「自分にはわからない。マルクスなら分かったかもしれないが」

なるほど。とは言え、今回はマルクスをミリィの護衛に残している。
敵に魔族がいるのであれば、魔力を扱えるマルクスの方が良いだろうと判断した結果だ。

にしてあれか。リヒテンシュタイン少将は私も貶しているのか?
そして、知将とは名ばかりなのか?
頭の悪いことを言っていると思うのは・・・私だけではないな。
周りを見れば、困惑した表情が見てとれる。

まぁ、相手方も困惑した表情をしているあたり、普段はもっと違うのだろうか。
そういえば、メビウス伍長が居ないのか?
ミール大佐は、見てとれるのだが・・・

「ヘーゼル。敵後方の様子を確認してくれ。可能であればメビウス伍長の所在も確認してくれ」

「承知」

言葉と共に、ヘーゼルが姿を消す。相手方を油断なく確認していれば、ヘーゼルが姿を消した事に気付いている者はいないようだ。

さて。ミリィにはああ言ったが、ぶつかるには少々不利だな。
魔族は別の指令系統を保持していると考えられるが、とりあえずはリヒテンシュタイン少将か。
彼女の油断を誘えれば、足並みを乱せるとは思う。
不安要素はメビウス伍長だな。彼のカリスマ性を馬鹿には出来ない。
彼一人でも恐らく、部隊を掌握できると思われるからな。
リヒテンシュタイン少将が魔族まで掌握出来ていることの方が想定外だった。

「さて、辺境伯。妾の軍門に降る気はないか?優遇するわよ」

・・・それを受けると本気で思っているのか?
いや、思っていそうだな。目が本気だと言っている。

彼女の瞳は、甘く濡れ色香を宿していた。
薄く開いた唇は濡れ、甘そうだ。
真紅の鎧に包まれた肢体からも立ち上るような色香が・・・

「だんなーしっかりしろー」

マルクスから、間の抜けた声が風に乗って届けられる。

「リヒテンシュタイン少将は、魅了魔法を使うみたいだ。
のまれたら、彼女の色香に迷うことになるぞ」

私は、はっとして頭を振る。
先程までの思考を追いやり、鈍くなっている感覚を自覚する。

「魅了魔法か・・・面倒だな」

魅了魔法には、いくつかの種類があると言われている。
己の色香を最大限に引き出し、相手を自身の色香でとらえるもの。
これは、快楽を予感させ、時には与える。精神から干渉し、いずれ身も取り込まれる。
先ほどの私の思考から、恐らくリヒテンシュタイン少将の魅了はこの部類に入ると思われる。
他にも、相手の精神に直接干渉し、己を絶対的に信仰させるようなものから、肉体の色香を使うものまである。

「とりあえず、こちらへの広範囲魅了は、俺が散らしておく。
ただ、旦那に向けられてるものは、この距離からは全部は防げない。
だから、がんばって」

マルクスのどこか楽しげな声に眉をひそめる。
そして、返答をしない私に業を煮やしたのか、色香が増した気がする。

「どうされるんですの?辺境伯」

「君は私がそれを受けると思っているのか?」

リヒテンシュタイン少将は、にっこりと妖艶な笑みを浮かべる。

「ええ。だって、妾が望んだのですもの」

彼女は更に笑みを深め、私を見つめてくる。
私は、彼女の周囲に目を走らせる。

少し目が虚ろか?
目を開いて、相手を見ている筈なのに、どこか焦点があっていないように感じる。
なるほど。リヒテンシュタイン少将の異様な統率力の正体がわかった気がするな。
戦闘能力は確かに高いのかもしれないが、魅了魔法を使って統率か。
メビウス伍長が同一の戦線に出てこないわけだ。

「そうか。だが、断ろう。私は、祖国に誇りを持ち、また其れを守る事に誇りを持っている。
辺境伯としてここに立っている以上、私個人の感情など些末なものだ。
まぉ、私の個人の感情としてと、リヒテンシュタイン少将。君の軍門に下る気はさらさらない」

「そうかそうか。妾の申し出を断るか」

リヒテンシュタイン少将の顔からは、笑みが消え代わりに辺り一面に色香が満ちた。

「旦那。あれは、恐らくサキュバスか何かの血統だ。
魅了魔法の威力が半端ない。この辺り一帯の魔力抵抗が低い者達が、暴徒化する可能性が・・・なさそうだな」

どういうことだ?
確かに、満ちたはずの色香が薄くなっていくのを感じる。
リヒテンシュタイン少将の顔が驚愕に変わっていくのが見て取れた。

「先日話した精霊魔族の2人が来てる。何でも、この辺りに満ちる魅了の気配が気に入らなかったらしい。
丁度、旦那の前に降り立つみたいだ」

眼前の空気がふわりと動くと当時に、圧倒される力を感じる。
ただ、目に映る景色に変化は無い。
無意識の内に後ずさろうとした、自分に苦笑を浮かべる。

「旦那。精霊魔族があなたは気づいたの?と、問いかけてる。
気づいていることがあるなら、発言しておけ」

ふむ。気づいたのかと言われてもな。
私には、眼前に圧倒される力があることしかわからない。

「私は多分、気づいたとは言えないと思います。
あなた方の姿を視認することも言葉を聞くことも出来ない。
ただ、眼前に圧倒的な力を感じるだけです」

そう、素直に言葉にすれば、圧倒的な力がふわりと纏わり付くのを感じる。
敵意は感じない。寧ろ友好的にさえ感じるのは、感覚が狂わされているからなのか。

「精霊魔族からの伝言。答えてやって。
あなたは、今の状況をどう感じるの」

今の状況?力が纏わり付いていることか?

「今の状況が何を指しているのかはかりかねるが、少なくとも纏わり付く力に敵意は感じていない。
寧ろ友好的にさえ感じていて少し戸惑っている」

「旦那も気に入られたな。この場の魅了の魔力を浄化してくれるそうだ。この戦場で、魅了魔法は無効化された事になるな」

「辺境伯。あなた、何をしましたの?」

マルクスの声に注意を向けていれば、リヒテンシュタイン少将の怒気をはらんだ声が割り込んでくる。
彼女からは、ずっと驚愕と戸惑いの気配を感じていた。
やっと、立ち直ったのか?いや、怒りにまかせているだけか?

「何かとは?私は、ココに立っていただけで、何もしていないが」

嘘は言っていない。実際、私は立っていただけだ。
最初に何かをやっていたのはマルクスだし、現在進行形で何かをやっているのは精霊魔族殿だ。

「白々しい!妾の魔力を無効化しているでしょう!なんと、卑怯な」

卑怯なのはそっちだろう。
そもそも、魔力抵抗が低い人族に対し問答無用で魅了魔法をしかけてきたのは、リヒテンシュタイン少将ではないか。

「何を仰っているのかわかりかねますが」

「なっ?!目にもの見せて差し上げます!全軍出撃!」

リヒテンシュタイン少将の号令によって、動いた兵はごく僅か。半数にも満たなかっただろう。

リヒテンシュタイン少将が自ら指揮を執る、二個師団とミール大佐が指揮を執る一個師団。
残りは雑兵といったところか。
魔族の一団は動く気配を見せないあたり、様子見を決め込んでいるようだ。
布陣も足並みもめちゃくちゃだな。これなら、少ない被害ですみそうだ。

「全軍迎撃態勢。・・・出撃」

ここからは、本当にあっという間だった。
何人か切り捨てれば、統率が乱れ逃走をする兵が後を絶たなかった。
こちらとしても、深追いはしない。
リヒテンシュタイン少将は、不利を理解したミール大佐に促され、引いていった。
投降を望む者は、捕虜として受け入れた。何故か、メビウス伍長が含まれていたが。
魔族は、自陣の兵士の敗走を確認し、静かに姿を消していた。
ミリィに傷を負わした魔族は、最後まで前線で奮闘し命を落としていた。
こちらの被害は、半数以上が彼によるものだと考えれば、死んだものも浮かばれるだろう。

「ヘーゼル。確かにメビウス伍長の所在確認を頼みはしたが・・・何故捕虜に居るんだ」

「すまない。所在を確認したところまでは予定通りだったのだが、全面降伏してきたんだ」

ヘーゼルも事態が飲み込めぬのは、一緒らしい。

「2人ともあんま考えすぎるとはげるぞ」

当の本人である、メビウス伍長は笑顔でそんなことを言ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

処理中です...