わたくしのこと“干物女”って言いましたよね？

1話 ご覧遊ばせ〜

風呂場でばたんっと倒れた。意識が遠のいていく──

のぼせたか。
今日は特に嫌なことがあったからヤケ酒あおって長めの湯に浸かりすぎたのだ。
あぁ、私は安息の地に死ぬの？
全く残念至極。これも絵梨花のせいだわ。
せめて彼女にざまぁをしたかった。
準備してたのに……

気がつけば、裸で仰向けに倒れている自分を天井から眺めていた。

おっぱいちっちぇな。
容貌も人並みね。いえ、中の上くらいかしら？
まあどうでもいいわ、そんな所感。
それより早く戻らないと。

でも、ここで躊躇してしまう。

生きててもそんなにいいことないしね。
いっそこのまま死んじゃおっか？

そう感じるのも職場の出来ごとが起因していた。

私は密かに給湯室で待機する。裏手の自販機コーナーに絵梨花が取り巻きとサボりに行ったのを見逃さなかったからだ。
「絵梨花様、お聞きになりましたか？ 謝恩会の幹事は東薔薇主任だって！」
「ええ、存じてますわ。でも、問題は会計ですわねぇ」
「はいはいぃ～、それなんですう。よりによって今回、あの“干物女”ですから！」
けたたましい笑い声が筒抜けに聞こえてくる。そっと携帯を自販機の隙間に忍ばせた。自分の誹謗中傷を録画するために。

『干物女ひものおんな』

それが入社以来、私の仇名あだなだ。恋愛を放棄し、面倒臭がりで適当に過ごしている引きこもり女だと思われている。確かに私は根暗で社交性も皆無。そのくせ、気にしいのところがある。エゴサに余念がないわ。だけど本当は恋愛だってしたい。それに安息の地であるボロアパートの一室は、大好きなお花と恋愛小説に囲まれつつもキチンと整理整頓している。面倒臭がりでは断じてない。

ここで、遅ればせながら自己紹介をしとく。
私は綾坂花24歳。
一応、高学歴で一部上場企業の購買部外注課に属しているOL。
『人となり』を簡潔に述べると、生まれつき人付き合いが下手な女性だ。そういう遺伝子だと結論付けている。

そして、同じフロアには敵が六名存在する。
スタッフリーダー、池園絵梨花25歳。
一年先輩で親が役員の七光り様だ。自分磨きに余念がなく玉の輿を夢見る腰掛け女で、狙っているのは東薔薇主任。取り巻きから“素敵女子”などと持て囃されているが、見当違いも甚だしい。狙った獲物の前にだけ女子力をアピールする馬鹿で“あざとい女”だ。

それに情けなくも引っ掛かりつつあるのが、この男。
部品購買課主任、東薔薇ハルト28歳。
由緒ある家柄の御曹司で、御尊父様は官僚だ。ハンサムで人当たりが良く仕事もできる。将来の幹部候補として“素敵男子”などとチヤホヤされているが、私に言わせれば“残念男子”。取引先の営業担当者に接する態度は見るに堪えない。バイヤーだからって神になったつもりなのか、納期前倒しや価格低減の強要はもはや脅迫まがい。人間性を疑ってしまうほど酷い野郎だ。

あとの取り巻きは名前を晒す価値もないが、一応記しておく。
お局こと、山本節子39歳。
新卒パープー女子こと、橋口美憂22歳。
同期のボンクラ男子こと、佐藤拓也24歳。
存在感の薄い後輩モブ男子こと、橘亮太23歳がいる。私は彼女たちから日常的にモラルハラスメントに遭っていた。

ともあれ、“謝恩会”などとくだらない行事が元凶なのだ。これまでパスしてきたけれど、順番で回ってきた会計に今年は当たってしまった。否が応でも関わり合わなければならない。それが憂鬱だった。

だからって、あっさり死んでいいの？
これまで収集したモラハラ証拠は何だったの？
でもねぇ、相手のバックは役員と官僚よ？
私のような者が果たして勝てるのかしら？ 人事や組合に訴えても揉み消されるかもしれないよ。
……などと、生きるか死ぬかの葛藤で肉体へ戻る第一歩が踏み出せないでいる。

──と、その時だ。

青白い浮遊物がスッと現れた。目の前で女性らしき姿に変貌していくが、髪が長くて顔がよく見えない。
「ひぃぃっ……な、何なの？超常現象？いえ、ぼ、亡霊っ！？」
その奇々怪々な亡霊の口角が僅かに上がった。
『ごめん遊ばせ～』
く、口が動いた！話しかけられた？
「は、はい。ご覧遊ばせ～……ではない！ちょっと、それは私の身体よ、勝手に入らないでっ！」

自分の肉体に入り込もうとする亡霊に負けずに私も慌てて元へ戻った。全てはここから始まる。

私の逆転劇が──