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第三章〜ご主人様を攻略致しますので〜

20. ご主人様は動揺してますね

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「……できた! できたわ。ジョニーよ!」

 苦しい闘いだった。書庫でお借りた手芸の書物を熟読ながら幾度となくやり直し、ようやく『リアルお猿さん』のぬいぐるみが完成したのです。渾身の出来でございます。

「そうだ。ジョニーって名札つけようっと!」
「奥様、お見事。と言いますか正直怖いです」

 完全にカトリーヌが引いてます。悪ふざけにも程があると思われたのでしょう。これをお渡しすればわたくしは追放されるかもしれません。

「素敵な奥様と離れたくないです……」

 まあ素敵だなんて。まあ。

「大丈夫よ。これはね、ご主人様の苦手意識をお治しする荒療治なの。怒らすことが目的だから」
「でもそれで」
「まぁ大いなるカケだけど。大施術よねー」

 ふさふさの生地を態々取り寄せ、動物の毛並みを再現したこの作品。もはや素人の域を超えた芸術品と自負しております。

 夕刻に執事殿へ生薬とぬいぐるみをお渡しした際、彼は微笑しつつもこう仰られました。

「一応、備えておいてください。私がけしかけるかもしれませんので」 

 備える。けしかける。執事殿もご主人様の感情が爆発するのを望んでらっしゃる様ですね。

 よーし。対面のチャンスが巡ってくるかも。


 そして。

 程なく……


「おい、ディアナ!」

 本当にご主人様が怒鳴り込んで来たのです。激オコでございます。これが記念すべき初対面とはかなり複雑な心境ですけど。

「な、何で猿がっ! ひぃっ!」

 ご主人様が怯んでおられます。態とジョニーを抱っこしながらお迎えしたのです。これが兵法の極意。先手必勝です。

 あぁ。肖像画でしか逢えなかったご主人様がそこにいらっしゃいます。お生のご尊顔はあまりにも眩しいです……

 などと、ウットリしてる場合ではありません。突然の怒鳴り込みに侍女たちが恐れ慄いています。ですが。わたくしは別邸の主人として堂々と振る舞わねばと覚悟を決めておりました。

「あら、お初に御目にかかります。ディアナでございます。ようこそ。ご主人様」
「何がようこそだ! 僕が猿やカエルが苦手なの知っておいてどういうつもりなんだ!」
「まぁ可愛いお猿さんですよ。ジョニーって名付けてますの。うふふ」

 オネム気味のジョニーを優しく撫でてやります。ご主人様はビビっておいでですが。

「とにかく、悪意に満ちたプレゼントはいらん。君は生薬だけ作ってくれればいいのだ!」
「ご主人様。そんなに嫌ってはお猿さんやカエルくんが可哀想でございます」

 ここでわたくしなりの諫言をさせて頂きます。

「どう可哀想だと言うのだ?」
「ご存知ないのですか? ご主人様に気を遣って森林のお猿さんや湖畔のカエルくんは処分されてきたのですよ」
「なに、処分だと?」
「ええ。ジョニーの母親も殺処分されました。カエルくんも本邸へ紛れ込むと『串刺しの刑』に遭います。だからわたくしが保護してるのです」
「い、いやそんな事実は。本当か、ドミニク?」
「それは存じませんでした。セリアが指示してるのかもしれません」

 ゲコッ。

 おお。グッドタイミングでカエルくんが鳴いちゃいました。

 水槽には十匹の大群。この存在にも気づいて欲しかったのです。ご主人様は驚き震えておりますが。

「き、君はカエルまで飼ってるのか、正気か」
「はい。捕まえて時々湖畔へ逃しております」

 愕然となさっておいでです。これ以上は危険でございます。自己コントロールができなくなる一歩手前でしょうか。

「不愉快だ! いいか、余計なことはするな! 帰るぞ、ドミニク!」

 プンプンのご主人様。けれどギリギリのところで我慢なされ、退散してくれたのです。

「ありがとうございました。また明日お伺い致します。ディアナ様。いえ、奥様……」

 って……執事殿が初めて仰られた。わたくしのこと、お認めに?

「怒りを露わにされたのは久しぶりです。どうか奥様のお力でご主人様の感情を呼び戻してください。宜しくお願い致します」
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