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第1章〜ご主人様のプロファイリング〜
1. ご主人様は男色家という噂
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「ご主人様は若い女性が苦手なのです」
伯爵邸にて御年配の執事が穏やかな口調で申されました。
ええ、お噂はかねがね。
辺境の君主、ベルトン伯爵様は若くしてお家を継がれた王都でも有名な政治家。けれども男色家らしく、一度目の妻である公爵令嬢も二度目の妻である伯爵令嬢も愛想尽きて逃げられたとか。
で、三度目の妻が子爵家のわたくしことディアナ・アルベールでございます。
もはや男性好きと言う風説は世間一般の常識ですわ。なのに何で性懲りも無くご結婚を? と言いたいところですが、我が子爵家にも事情がございまして……
「心得てございます」
「では婚姻届にサインをお願い致します」
「かしこまりました」
このご様子だと結婚式もパーティーも開催しない方向ですね。もしかしたら一生、ご主人様とお会いすることはないかもしれません。形だけの妻とは言え、それはそれで寂しいです。ですが。遥々ここまで来て悩んでも仕方ありません。
わたくしは意を決してサインを済ませ、先程から気になっていた上品で香り芳醇なお紅茶を口にしました。
え! 何これ。凄く美味しいわ。
「ところで、例の物は」
「あ、はい」
ゆっくり味わう余裕もないですね。さて、わたくしの荷物は殆どございませんが、唯一鞄に詰めた大切な物があるのです。
「これが『安息玉』でございます」
「おおっ」
黒くグロテスクで葡萄くらいの丸い粒。わたくしが薬草を混ぜ合わせ作ったストレスや緊張を和らげる生薬です。
「一日一粒、半月分ご用意致しました」
「ありがとうございます。ご主人様も待ちかねておられましたのでお喜びでしょう」
我がアルベール家は貧村な所領を幾つか経営する小領主。決して豊かではないけれど、わたくしや弟を貴族院まで行かせてくれたお父様には感謝しております。
ですが。副業にと借金を重ね開発した薬草茶が大外れ。さらに苦し紛れにわたくしが作った生薬『安息玉』もさっぱりで、いよいよ破産没落かと覚悟しておりました矢先、何と王都から遠く離れた『辺境の君』ことブルクハルト・ベルトン伯爵様が大量購入してくださったのです。
そして借金の肩代わりと謎の婚求。あ、勿論ご本人からではなく目の前の執事ドミニク殿からの伝言ですが。
「ご主人様はこの生薬で心乱れることなく日々仕事に邁進できるのです」
「ありがたいことでございます。わたくしはこの地にて日々生薬を作り、ご主人様をお支え致します。で、そのぉ、一応ですね、妻として一言ご挨拶させて頂ければと……」
叶うなら伯爵様に一目お会いしたいです。彼方に愛情など全くないでしょうけど、いえわたくしもないのですが、直にご尊顔を拝見しなければこの大邸宅に住む以上は落ち着きません。
けれども彼は穏やかな口調で申されました。
「ご主人様は若い女性が苦手なのです」
伯爵邸にて御年配の執事が穏やかな口調で申されました。
ええ、お噂はかねがね。
辺境の君主、ベルトン伯爵様は若くしてお家を継がれた王都でも有名な政治家。けれども男色家らしく、一度目の妻である公爵令嬢も二度目の妻である伯爵令嬢も愛想尽きて逃げられたとか。
で、三度目の妻が子爵家のわたくしことディアナ・アルベールでございます。
もはや男性好きと言う風説は世間一般の常識ですわ。なのに何で性懲りも無くご結婚を? と言いたいところですが、我が子爵家にも事情がございまして……
「心得てございます」
「では婚姻届にサインをお願い致します」
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このご様子だと結婚式もパーティーも開催しない方向ですね。もしかしたら一生、ご主人様とお会いすることはないかもしれません。形だけの妻とは言え、それはそれで寂しいです。ですが。遥々ここまで来て悩んでも仕方ありません。
わたくしは意を決してサインを済ませ、先程から気になっていた上品で香り芳醇なお紅茶を口にしました。
え! 何これ。凄く美味しいわ。
「ところで、例の物は」
「あ、はい」
ゆっくり味わう余裕もないですね。さて、わたくしの荷物は殆どございませんが、唯一鞄に詰めた大切な物があるのです。
「これが『安息玉』でございます」
「おおっ」
黒くグロテスクで葡萄くらいの丸い粒。わたくしが薬草を混ぜ合わせ作ったストレスや緊張を和らげる生薬です。
「一日一粒、半月分ご用意致しました」
「ありがとうございます。ご主人様も待ちかねておられましたのでお喜びでしょう」
我がアルベール家は貧村な所領を幾つか経営する小領主。決して豊かではないけれど、わたくしや弟を貴族院まで行かせてくれたお父様には感謝しております。
ですが。副業にと借金を重ね開発した薬草茶が大外れ。さらに苦し紛れにわたくしが作った生薬『安息玉』もさっぱりで、いよいよ破産没落かと覚悟しておりました矢先、何と王都から遠く離れた『辺境の君』ことブルクハルト・ベルトン伯爵様が大量購入してくださったのです。
そして借金の肩代わりと謎の婚求。あ、勿論ご本人からではなく目の前の執事ドミニク殿からの伝言ですが。
「ご主人様はこの生薬で心乱れることなく日々仕事に邁進できるのです」
「ありがたいことでございます。わたくしはこの地にて日々生薬を作り、ご主人様をお支え致します。で、そのぉ、一応ですね、妻として一言ご挨拶させて頂ければと……」
叶うなら伯爵様に一目お会いしたいです。彼方に愛情など全くないでしょうけど、いえわたくしもないのですが、直にご尊顔を拝見しなければこの大邸宅に住む以上は落ち着きません。
けれども彼は穏やかな口調で申されました。
「ご主人様は若い女性が苦手なのです」
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