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第3章〜芸州編(其の参)〜
第37話
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富盛家では、当主辰太郎が領内の復興へ向けて陣頭指揮を執り、弟辰二郎は山村の組頭として国宗家とともに被災地の土砂撤去に追われていた。
夕暮れ近くに作業を終えた辰二郎ら郎党が屋敷へ戻ったころ、俺と辰三郎を背負った六郎は土砂が乾いた土色の畦道を、ゆっくりとした足取りで敷地内へと向かった。途中ですれ違った領民が俺たちを見て何度も振り返る。
「あ……あぁ……!? で、で、でたあ!!」
「おいおい、儂ら幽霊じゃないぞ」
その領民は尻もちをつきながら慌てて逃げて行く。
「……やれやれですな」
「皆、俺と辰三郎は死んだと思ってるだろうな」
「大助、ワイも死んだと思よったわ。へへへへ」
やがて高台にある敷地内へ辿り着く。見渡す限り浸水の被害は然程ないものの、建屋の崩壊など野分の爪痕が残されていた。だが、女衆が洗濯物を取り込んでいる姿は、いつもの日常的な風景に映った。
「あぁ、懐かしい……」
「辰三郎、たった7日だぞ」
「いや、懐かしい。ワイは……生きてるんじゃな」
珍しく辰三郎は涙ぐんだ。
そこへ女衆の1人が俺たちに気がついた。
「あっ……あああああ!?」
「な、なんだい、奇妙な声出して……」
振り返ったお雪の目に俺らの姿が映る。
「……えっ!?」
洗濯物を思わず落としてしまったお雪は、信じられないモノを見てるかのような驚きと恐怖で、足が震えている。
「姉御、ただいま帰ったで!」
「……た、辰三郎なのか!? それに大助っ!! ヒャーーーーッ!!」
「ヒャーって、生きてるぞ!」
「し、し、信じられない……夢じゃないよね!?」
「ああ、心配かけてごめん」
「ち、ちょ……ちょっと誰か兄者を呼んできて……。お、おおおおおおおおおっ!!」
お雪はその場で泣き崩れた。それにつられて辰三郎も六郎の背中で男泣きをする。
やがて屋敷から辰太郎と辰二郎が飛んできた。
「辰三郎ーーっ!!」
「大助ーーっ!!」
「あ、兄者……ううっ」
「よ、よう、生きとったのう!! よう!!」
「辰三郎は怪我してる。看病してやってくれ」
「大助が助けてくれたのか……にしても、これまで何処で何しとったんじゃ!?」
「いや辰太郎殿、実はな……」
六郎が打ち合わせ通り、溺れた俺たちは幕府の役人に助けられ、怪我の回復を待っていたことなどを弁明した。
「そ、そうなのか……辰三郎?」
「結果的に役人が助けたにせよ、大助が川へ飛び込まんかったらワイは死んでた。やはり命の恩人は大助じゃ。感謝しとるわ! へへへへ」
「そうじゃ……そうじゃな。大助が辰三郎の、いや富盛の大恩人じゃ。ありがとう、礼を言うぞ」
辰太郎と辰二郎、それにお雪が土下座して頭を下げる。それを見た辰三郎も六郎から降り、地べたに這いつくばって礼をした。
「あ、いや、そのようなこと……まぁ俺ら助かって本当に良かったよ」
すると、お雪がようやく実感が湧いてきたのか笑顔を見せた。
「大助、屋敷へ上がっておくれ。六郎、疲れたろう、ここまで辰三郎負ぶって、ありがとね」
「お雪、そうしたいが早く国宗家へ戻って皆を安心させたい」
「そ、そうかい……そうだね。じゃ、落ち着いたらまた顔見せておくれ」
「ああ」
こうして俺らは富盛家を後にし、国宗家へ向かった。
***
「離れ」の裏にある大豆畑を見ると、半分くらい土砂で埋まっていた。
「……仕方ないな」
「若、幾らでも元どおりになりますぞ!」
「うん、それにしても国宗の方々が誰も居ないとは不用心だな」
「たぶん郎党は土砂撤去、女衆は神社で被災者の世話などしておるのでしょう。だが、そろそろ誰か戻ってきても良いころ……」
すると辺りからワイワイと声が聞こえてくる。忠左衛門と郎党たちが帰って来たのだ。そして屋敷の裏から出た俺らと鉢合わせになった。
「ん? ……あっ!? ろ、六郎さま!!」
忠左衛門は背後にいる俺にも気がついた。
「ええっ!? さ、さ、真田さまあああ!?」
「忠左衛門殿、ご心配お掛けしました」
「あわわわわわ……こ、こりゃ現実か?」
「い、生きてる……」
郎党たちも驚きのあまり茫然と立ち尽くす。
「真田さま……い、生きておいででしたか……良かった……良かったです。お、おい、誰か忠次郎とお久を呼んで来いっ!!」
忠左衛門は感傷に浸る間も無く、慌てて郎党に指示を出す。
「へ、へいっ!!」
郎党が我先にと神社へ走った──。
夕暮れ近くに作業を終えた辰二郎ら郎党が屋敷へ戻ったころ、俺と辰三郎を背負った六郎は土砂が乾いた土色の畦道を、ゆっくりとした足取りで敷地内へと向かった。途中ですれ違った領民が俺たちを見て何度も振り返る。
「あ……あぁ……!? で、で、でたあ!!」
「おいおい、儂ら幽霊じゃないぞ」
その領民は尻もちをつきながら慌てて逃げて行く。
「……やれやれですな」
「皆、俺と辰三郎は死んだと思ってるだろうな」
「大助、ワイも死んだと思よったわ。へへへへ」
やがて高台にある敷地内へ辿り着く。見渡す限り浸水の被害は然程ないものの、建屋の崩壊など野分の爪痕が残されていた。だが、女衆が洗濯物を取り込んでいる姿は、いつもの日常的な風景に映った。
「あぁ、懐かしい……」
「辰三郎、たった7日だぞ」
「いや、懐かしい。ワイは……生きてるんじゃな」
珍しく辰三郎は涙ぐんだ。
そこへ女衆の1人が俺たちに気がついた。
「あっ……あああああ!?」
「な、なんだい、奇妙な声出して……」
振り返ったお雪の目に俺らの姿が映る。
「……えっ!?」
洗濯物を思わず落としてしまったお雪は、信じられないモノを見てるかのような驚きと恐怖で、足が震えている。
「姉御、ただいま帰ったで!」
「……た、辰三郎なのか!? それに大助っ!! ヒャーーーーッ!!」
「ヒャーって、生きてるぞ!」
「し、し、信じられない……夢じゃないよね!?」
「ああ、心配かけてごめん」
「ち、ちょ……ちょっと誰か兄者を呼んできて……。お、おおおおおおおおおっ!!」
お雪はその場で泣き崩れた。それにつられて辰三郎も六郎の背中で男泣きをする。
やがて屋敷から辰太郎と辰二郎が飛んできた。
「辰三郎ーーっ!!」
「大助ーーっ!!」
「あ、兄者……ううっ」
「よ、よう、生きとったのう!! よう!!」
「辰三郎は怪我してる。看病してやってくれ」
「大助が助けてくれたのか……にしても、これまで何処で何しとったんじゃ!?」
「いや辰太郎殿、実はな……」
六郎が打ち合わせ通り、溺れた俺たちは幕府の役人に助けられ、怪我の回復を待っていたことなどを弁明した。
「そ、そうなのか……辰三郎?」
「結果的に役人が助けたにせよ、大助が川へ飛び込まんかったらワイは死んでた。やはり命の恩人は大助じゃ。感謝しとるわ! へへへへ」
「そうじゃ……そうじゃな。大助が辰三郎の、いや富盛の大恩人じゃ。ありがとう、礼を言うぞ」
辰太郎と辰二郎、それにお雪が土下座して頭を下げる。それを見た辰三郎も六郎から降り、地べたに這いつくばって礼をした。
「あ、いや、そのようなこと……まぁ俺ら助かって本当に良かったよ」
すると、お雪がようやく実感が湧いてきたのか笑顔を見せた。
「大助、屋敷へ上がっておくれ。六郎、疲れたろう、ここまで辰三郎負ぶって、ありがとね」
「お雪、そうしたいが早く国宗家へ戻って皆を安心させたい」
「そ、そうかい……そうだね。じゃ、落ち着いたらまた顔見せておくれ」
「ああ」
こうして俺らは富盛家を後にし、国宗家へ向かった。
***
「離れ」の裏にある大豆畑を見ると、半分くらい土砂で埋まっていた。
「……仕方ないな」
「若、幾らでも元どおりになりますぞ!」
「うん、それにしても国宗の方々が誰も居ないとは不用心だな」
「たぶん郎党は土砂撤去、女衆は神社で被災者の世話などしておるのでしょう。だが、そろそろ誰か戻ってきても良いころ……」
すると辺りからワイワイと声が聞こえてくる。忠左衛門と郎党たちが帰って来たのだ。そして屋敷の裏から出た俺らと鉢合わせになった。
「ん? ……あっ!? ろ、六郎さま!!」
忠左衛門は背後にいる俺にも気がついた。
「ええっ!? さ、さ、真田さまあああ!?」
「忠左衛門殿、ご心配お掛けしました」
「あわわわわわ……こ、こりゃ現実か?」
「い、生きてる……」
郎党たちも驚きのあまり茫然と立ち尽くす。
「真田さま……い、生きておいででしたか……良かった……良かったです。お、おい、誰か忠次郎とお久を呼んで来いっ!!」
忠左衛門は感傷に浸る間も無く、慌てて郎党に指示を出す。
「へ、へいっ!!」
郎党が我先にと神社へ走った──。
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