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第3章〜芸州編(其の弐)〜
第27話
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村の運営は代官の指示のもと「村方三役」と呼ばれる庄屋、組頭、百姓代を中心に、本百姓と共に話合いによって成り立っている。
ここ山村では面前、国宗、神田家が三役であり、最近、国宗からは忠次郎が寄り合いへ参加していた。誠実で頭の回転も早く、算術の得意な忠次郎は若いながらも村役から信頼され、その発言にも重みがあった。
「野分に備え、今のうちに二郷川など水周りの整備を行いませんか?」
「……ふむ。それはごもっとも。ただ1番気になるのは溜池ですな」
当然ながら富盛家はここに居ない。かつては「名主」と勝手に豪語し、村を独裁していたのは過去のことだ。
「確かに溜池が決壊したら、下流の面前殿、神田殿の田畠は大打撃を受けます。でも富盛家は備えていますよね、大助さま……」
俺も村の『警護役』として、この寄り合いに居た。そして辰太郎に忠告された「野分の備え」を忠次郎に代弁して貰っていたのだ。
「ああ、富盛は抜かりない。先日、道場帰りに見たが水門の扉を補強してた」
「……左様ですか」
「ただ限界もある。雨の降り方によってはどうにもならんこともあるだろう」
「そうです。だからこそ各領域で出来る限りのことをやるしかありません。一度水害に遭うと一瞬で全てを失いますから!」
庄屋の面前作兵衛は忠次郎の言葉に感化され、本百姓に指示を出した。
「よし、本百姓の皆々、水周りの整備に協力してくだされ。費用は『村入り用』から捻出致す!」
「ははっ!」
※村入り用とは、村を維持・運営するための諸費用で年貢以外の農民負担で集めた資金である。
***
俺と六郎、忠次郎、忠吾郎は国宗の領域にある二郷川や支流の川、用水路、沢などの整備を始めた。
流木や枯葉、岩の詰まりを取り除きながら決壊しそうな場所に叺(藁を編みこんだ筵をふたつ折りにして、両端を縫って袋状にしたもの)に土を入れた、いわゆる土嚢を積んでいった。
忠兵衛らは二郷川で、過去に決壊した場所へ杭を並べて打ち込み、側面に土嚢を積んだ「堤防」をこしらえた。
「大助さま、国宗の備えはこれで万全ですね」
「そうだな。あとは日持ちする食材の確保だ」
「食材ですか?」
「六郎、忠吾郎、山へ入るぞ」
「てことは……大助さまー、猪狩りですか!?」
「ああ、忠次郎は下流の治水を見といてくれ」
「はい。面前、神田家の整備の様子が気になりますしね」
「よし、では行こうか」
「はーい!」
「大助さま、お気をつけて」
猪狩りは至って単純な手法で行う。火縄銃があれば良いがこの山村でそのようなモノはない。六郎の爆薬はまだ残されているが、それも使用しない。犬でおびき寄せて落とし穴へ入ったところを槍で刺すのだ。だがそう簡単にはいかない。根気がいる。
「ああ、楽しみだなあ」
「忠吾……猪に突進されると大怪我するぞ」
「僕、逃げ足速いから大丈夫ですよー」
忠吾郎はどうも遊び感覚でいる。ただ、忠次郎と違って剣術の才はある。富盛道場でも上位に入っているのだ。いざという時は、その身のこなしで怪我はしないだろうと踏んで連れて来た。
俺たちは目星をつけた場所に穴を掘り、竹槍を仕込んで犬を2匹放した。そして木に登りひたすら待つ。
「ゥ ゥ ……ワワン、ワワン、ワウ、ワウ!!」
犬が何かを見つけたようだ。木の上から見てもよく分からない。暫く待つと、犬が猪を追いかけてる姿を捉えた。
「よし、追い込め!」
落とし穴に誘導するのは難しい。俺と六郎は木から降りて猪の方向へと向かった。
「忠吾郎は待っておれ!」
「えー僕も行きたいよお」
「駄目だ。そこに居ろ!」
犬が前後で猪を追いつめていた。観念したのか、猪は1匹の犬へ目がけて突進する。犬と猪の喧嘩になった。そしてもう1匹の犬も参戦する。
「ガゥーガゥーガルルル……」
「若、こりゃ落とし穴への誘導は無理ですぞ」
「仕方ない。この喧嘩に参戦するか!」
俺は槍を構え、間合いを詰める。慎重に行かないともみ合いになってる犬を傷付けることにもなりかねない。
犬が一瞬、猪から離れた。
「今だっ!!」
「グサっ!!」
俺の槍が猪の腹に突き刺さる。だが、もがく猪の力で槍を持った手が離れそうになる。その時、六郎の槍がとどめを刺さした。やがて猪の動きが止まる。
「よっしゃ! 仕留めたぞ!」
「若、やりましたな!」
「ワォーーーーーン!」
犬も勝鬨を上げる。
俺たちが、くたばった猪を木に吊るして運んでいる途中のことだ。
「あーーーーっ!!」と忠吾郎の悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
「若、急ぎましょう!」
ここ山村では面前、国宗、神田家が三役であり、最近、国宗からは忠次郎が寄り合いへ参加していた。誠実で頭の回転も早く、算術の得意な忠次郎は若いながらも村役から信頼され、その発言にも重みがあった。
「野分に備え、今のうちに二郷川など水周りの整備を行いませんか?」
「……ふむ。それはごもっとも。ただ1番気になるのは溜池ですな」
当然ながら富盛家はここに居ない。かつては「名主」と勝手に豪語し、村を独裁していたのは過去のことだ。
「確かに溜池が決壊したら、下流の面前殿、神田殿の田畠は大打撃を受けます。でも富盛家は備えていますよね、大助さま……」
俺も村の『警護役』として、この寄り合いに居た。そして辰太郎に忠告された「野分の備え」を忠次郎に代弁して貰っていたのだ。
「ああ、富盛は抜かりない。先日、道場帰りに見たが水門の扉を補強してた」
「……左様ですか」
「ただ限界もある。雨の降り方によってはどうにもならんこともあるだろう」
「そうです。だからこそ各領域で出来る限りのことをやるしかありません。一度水害に遭うと一瞬で全てを失いますから!」
庄屋の面前作兵衛は忠次郎の言葉に感化され、本百姓に指示を出した。
「よし、本百姓の皆々、水周りの整備に協力してくだされ。費用は『村入り用』から捻出致す!」
「ははっ!」
※村入り用とは、村を維持・運営するための諸費用で年貢以外の農民負担で集めた資金である。
***
俺と六郎、忠次郎、忠吾郎は国宗の領域にある二郷川や支流の川、用水路、沢などの整備を始めた。
流木や枯葉、岩の詰まりを取り除きながら決壊しそうな場所に叺(藁を編みこんだ筵をふたつ折りにして、両端を縫って袋状にしたもの)に土を入れた、いわゆる土嚢を積んでいった。
忠兵衛らは二郷川で、過去に決壊した場所へ杭を並べて打ち込み、側面に土嚢を積んだ「堤防」をこしらえた。
「大助さま、国宗の備えはこれで万全ですね」
「そうだな。あとは日持ちする食材の確保だ」
「食材ですか?」
「六郎、忠吾郎、山へ入るぞ」
「てことは……大助さまー、猪狩りですか!?」
「ああ、忠次郎は下流の治水を見といてくれ」
「はい。面前、神田家の整備の様子が気になりますしね」
「よし、では行こうか」
「はーい!」
「大助さま、お気をつけて」
猪狩りは至って単純な手法で行う。火縄銃があれば良いがこの山村でそのようなモノはない。六郎の爆薬はまだ残されているが、それも使用しない。犬でおびき寄せて落とし穴へ入ったところを槍で刺すのだ。だがそう簡単にはいかない。根気がいる。
「ああ、楽しみだなあ」
「忠吾……猪に突進されると大怪我するぞ」
「僕、逃げ足速いから大丈夫ですよー」
忠吾郎はどうも遊び感覚でいる。ただ、忠次郎と違って剣術の才はある。富盛道場でも上位に入っているのだ。いざという時は、その身のこなしで怪我はしないだろうと踏んで連れて来た。
俺たちは目星をつけた場所に穴を掘り、竹槍を仕込んで犬を2匹放した。そして木に登りひたすら待つ。
「ゥ ゥ ……ワワン、ワワン、ワウ、ワウ!!」
犬が何かを見つけたようだ。木の上から見てもよく分からない。暫く待つと、犬が猪を追いかけてる姿を捉えた。
「よし、追い込め!」
落とし穴に誘導するのは難しい。俺と六郎は木から降りて猪の方向へと向かった。
「忠吾郎は待っておれ!」
「えー僕も行きたいよお」
「駄目だ。そこに居ろ!」
犬が前後で猪を追いつめていた。観念したのか、猪は1匹の犬へ目がけて突進する。犬と猪の喧嘩になった。そしてもう1匹の犬も参戦する。
「ガゥーガゥーガルルル……」
「若、こりゃ落とし穴への誘導は無理ですぞ」
「仕方ない。この喧嘩に参戦するか!」
俺は槍を構え、間合いを詰める。慎重に行かないともみ合いになってる犬を傷付けることにもなりかねない。
犬が一瞬、猪から離れた。
「今だっ!!」
「グサっ!!」
俺の槍が猪の腹に突き刺さる。だが、もがく猪の力で槍を持った手が離れそうになる。その時、六郎の槍がとどめを刺さした。やがて猪の動きが止まる。
「よっしゃ! 仕留めたぞ!」
「若、やりましたな!」
「ワォーーーーーン!」
犬も勝鬨を上げる。
俺たちが、くたばった猪を木に吊るして運んでいる途中のことだ。
「あーーーーっ!!」と忠吾郎の悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
「若、急ぎましょう!」
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