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第3章〜芸州編(其の弐)〜
第24話
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富盛家は芸州藩への仕官を志していたが、3年前不首尾に終わった頃から当主は体調を崩し、1年前に亡くなっていた。今ではあの嫡男、辰太郎が当主となっている。
「あら、大助。今日も稽古かい?」
「お雪、それもあるが当主殿に呼ばれてな」
「兄者が? 一体何だろうね……」
「まあ、後で道場へ行くよ」
「そうね。じゃあ案内してあげる。あ、道場着洗っておいたからね。六郎たちの分も」
「おお、いつもかたじけない。それにしてもお雪さん、今日もお美しい!」
「なーにお世辞言ってんだい、六郎。ウフフ」
「六郎、いいから忠吾郎と先に道場へ行っておれ」
「ははっ」
お雪に案内され屋敷にある10畳程の座敷へ入ると、辰太郎が中庭を観ながら物思いに耽けっている姿が見えた。当主になってから心なしか落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「話って何だ?」
「おう大助。まあ、座れ」
この座敷に招かれたことはない。何か重大な話なのだろうか。俺は差し出された井戸水を一気に飲み干した。
「ここ数年、天候も良く作物もよう育った。村は前より豊かになったと思わんか?」
「そうだな。俺の畑も豊作で何よりだよ」
「だがな大助、良いことはいつまでも続かんぞ」
「何のことだ?」
「そろそろ大きな災いが来るんじゃないかとな」
「災い? 長雨とか野分や地震か?」
「土砂崩れなど起きなきゃええがのう……大助よ、村々の水回りをしっかり見とけよ」
「村々の? それはそれぞれの家主がやるだろう」
「お前は見廻りしとるだろう。気づいたことを細かく言ってやらんと誰も動かん」
「そうなのか?」
「ああ、儂が警護役やってる時はな、脅してでも治水をちゃんとやらせてたぞ」
「警護役が何故そこまでやるのだ?」
「まあ、村を思ってのことじゃが……あ、お前を妬んで言ってるんじゃない。儂はもう富盛の土地を守るのに精一杯じゃからのう」
「流石は当主殿だな」
「あのな大助、治水を怠って被害に遭うと一気に貧しくなるぞ」
「……そうだが、治水管理は代官がやるんじゃないのか?」
「代官は形だけで丸投げじゃ。アイツはな、出来高相応の年貢が取れりゃあ村への介入はせんよ。そして助けもせん」
「つまり、自分らで村を守れということか」
「そうじゃ。領民は意外と呑気にしとる。誰かが旗振らんとな。それはこの村で人気のあるお前がやればよい」
「ふーむ……旗振りね」
辰太郎の言いたいことは理解した。素行の悪さもあって皆に恐怖しか与えない男かと思ったが、村を守りたい気持ちがあるんだな……と思った。
だが俺はこの先どうなるか分からない身だ。その役には適さないだろう。実はそれをやるのに相応しい男が1人いる。
──忠次郎だ。
誠実で賢い忠次郎が説けば領民も納得するのではないか? 無論俺も一緒に行く。そして辰太郎とは違うやり方で山村を守っていければ……。そう考え始めていた。
「ところで大助よ」
辰太郎は辺りを伺う素振りを見せながら、急に小声で話しだした。
「お前、所帯持たんのか?」
「えっ!? な、何を言いだすんだ!」
「もう18じゃろ。話があってもおかしくはない」
「考えたこともない!」
「だったらお雪はどうだ? お前より3つ上だが」
「……木嶋殿の倅を考えてたんじゃないのか?」
「儂は士官の夢を追わぬことにした。だから木嶋などどうでもええ。それにお雪が気乗りしてない」
「お雪の気持ちはどうなんだ」
「アレはお前を好いてるに違いない」
「そうかな……」
「まぁ、考えといてくれ。盆踊りが良い機会じゃ」
俺はお雪を「女」として意識してないと言えば嘘になる。いい女だと思う。だが……。どうも自分の中で煮え切らない何かがある。それが何なのか、この時はまだ分からなかった。
「あら、大助。今日も稽古かい?」
「お雪、それもあるが当主殿に呼ばれてな」
「兄者が? 一体何だろうね……」
「まあ、後で道場へ行くよ」
「そうね。じゃあ案内してあげる。あ、道場着洗っておいたからね。六郎たちの分も」
「おお、いつもかたじけない。それにしてもお雪さん、今日もお美しい!」
「なーにお世辞言ってんだい、六郎。ウフフ」
「六郎、いいから忠吾郎と先に道場へ行っておれ」
「ははっ」
お雪に案内され屋敷にある10畳程の座敷へ入ると、辰太郎が中庭を観ながら物思いに耽けっている姿が見えた。当主になってから心なしか落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「話って何だ?」
「おう大助。まあ、座れ」
この座敷に招かれたことはない。何か重大な話なのだろうか。俺は差し出された井戸水を一気に飲み干した。
「ここ数年、天候も良く作物もよう育った。村は前より豊かになったと思わんか?」
「そうだな。俺の畑も豊作で何よりだよ」
「だがな大助、良いことはいつまでも続かんぞ」
「何のことだ?」
「そろそろ大きな災いが来るんじゃないかとな」
「災い? 長雨とか野分や地震か?」
「土砂崩れなど起きなきゃええがのう……大助よ、村々の水回りをしっかり見とけよ」
「村々の? それはそれぞれの家主がやるだろう」
「お前は見廻りしとるだろう。気づいたことを細かく言ってやらんと誰も動かん」
「そうなのか?」
「ああ、儂が警護役やってる時はな、脅してでも治水をちゃんとやらせてたぞ」
「警護役が何故そこまでやるのだ?」
「まあ、村を思ってのことじゃが……あ、お前を妬んで言ってるんじゃない。儂はもう富盛の土地を守るのに精一杯じゃからのう」
「流石は当主殿だな」
「あのな大助、治水を怠って被害に遭うと一気に貧しくなるぞ」
「……そうだが、治水管理は代官がやるんじゃないのか?」
「代官は形だけで丸投げじゃ。アイツはな、出来高相応の年貢が取れりゃあ村への介入はせんよ。そして助けもせん」
「つまり、自分らで村を守れということか」
「そうじゃ。領民は意外と呑気にしとる。誰かが旗振らんとな。それはこの村で人気のあるお前がやればよい」
「ふーむ……旗振りね」
辰太郎の言いたいことは理解した。素行の悪さもあって皆に恐怖しか与えない男かと思ったが、村を守りたい気持ちがあるんだな……と思った。
だが俺はこの先どうなるか分からない身だ。その役には適さないだろう。実はそれをやるのに相応しい男が1人いる。
──忠次郎だ。
誠実で賢い忠次郎が説けば領民も納得するのではないか? 無論俺も一緒に行く。そして辰太郎とは違うやり方で山村を守っていければ……。そう考え始めていた。
「ところで大助よ」
辰太郎は辺りを伺う素振りを見せながら、急に小声で話しだした。
「お前、所帯持たんのか?」
「えっ!? な、何を言いだすんだ!」
「もう18じゃろ。話があってもおかしくはない」
「考えたこともない!」
「だったらお雪はどうだ? お前より3つ上だが」
「……木嶋殿の倅を考えてたんじゃないのか?」
「儂は士官の夢を追わぬことにした。だから木嶋などどうでもええ。それにお雪が気乗りしてない」
「お雪の気持ちはどうなんだ」
「アレはお前を好いてるに違いない」
「そうかな……」
「まぁ、考えといてくれ。盆踊りが良い機会じゃ」
俺はお雪を「女」として意識してないと言えば嘘になる。いい女だと思う。だが……。どうも自分の中で煮え切らない何かがある。それが何なのか、この時はまだ分からなかった。
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