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第3章〜芸州編(其の弐)〜

第23話

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 芸州で3年の月日が経った。不思議なもので藩が兵を差し向けることもなく平穏無事に過ごしている。だが大阪との連絡は途絶えたままで、父上らがどうしているのかも分からなかった。

 風の便りで徳川家康が没したと聞いた。俺が逃亡してから僅か1年弱の出来ごとらしい。今では徳川秀忠が大名や公家を統制しようと武家諸法度、禁中並諸法度など掲げて管理を強化しているとのこと。国づくりに忙殺されて真田親子の仕置きなど忘れてるのかもしれないと、少し楽観的になっていた。

「大助さま、去年のお味噌そろそろですね」
「そうだな、お久が味見してくれ」
「あい!」

 今では俺の助手のような存在になってるお久は、16歳で年頃の娘になった。妹のように可愛がっていたが近頃は「女」として意識することもあり、その気持ちを匿すように接している。

「忠次郎、忠吾郎、裏山から山菜を採ってくれ」
「はーい、今日はヒラタケと山菜鍋ですね!」
「おい、忠吾郎行くぞ」
「あーっ、待ってよお。忠次郎さーん」

 17歳になった忠次郎は材木の帳簿付けなど国宗家の仕事もある。いつまでも俺の監視役ばかりをやってられないのだ。そこで従兄弟の忠吾郎(12歳)が新たな監視役として加わっていた。

 裏山には青みず、青こごみ、ヤマウドなど山菜を移植栽培している。ヒラタケは群生してる倒木を切り取り裏山へ幾つも敷き並べると、自然発生して収穫が可能となった。
 俺は国宗家から借りてる大豆畑の手入れをしながら『警護役』として村を巡回し、ついでに山菜を採るなど充実した日々を過ごしていた。そして六郎は新種の栽培に精を出している。

「若、かぼちゃも順調に育ってますぞ。もう少しで収穫ですな」
「それは六郎が育てたんだ。有り難く頂くよ」
「いゃあ、ことのほか簡単でした。種を分けて貰った神田殿に感謝ですな」

 少しづつではあるが、俺たちは自給自足の生活に近づいている。警護役の報酬である「お米」は売却して安価なアワ、ヒエに換え、富盛の道場から剣術、柔術を教える御礼の「麦」を合わせた雑穀が主食となり、これに山菜、大豆、香の物、味噌汁が加わると九度山で過ごした頃よりも、はるかに豊かな食生活であった。

──そんなある日のこと。

「ドン、ドドン、タタン……」
 初夏の日暮れ時になると近くの宮迫神社から太鼓の音が聞こえてくる。
「あ、大助さま、そろそろ神社へ行かれます?」
「そうだな、忠吾郎。見廻りしとくか」
「はーい、待ってましたよお!」
「何だ、遊びに行くんじゃないぞ」
「分かってますよお。でも大助さま、太鼓の練習もしとかないと。今年も叩くんでしょ?」
「俺は練習しなくても大丈夫だ」
「凄い! 流石は僕の師匠だ!」
「お前……どうも調子いいな」

 忠吾郎はまだ子供だが、富盛の道場で竹刀を持って稽古に勤しんでいる。それで俺のことを「師匠」と呼んだりする。

「大助さまー、早く早く!」
「忠吾郎、気をつけろ。コケるぞ!」
「はゃいでますな。ははは」
「まったく、忠次郎が居ないと監視役であることを忘れ、遊びに行く気分になってるよ」
「まぁ、盆踊りは盛り上がりますからな」
「ああ、日頃は質素な生活してる領民の楽しみだ。だが、人の流れも活発になると揉め事も増える」
「若、男女のはほっときなされ」
「それは解決する気ないが、喧嘩は止めないとな」
「それにしても、お雪さんは今年も綺麗でしょうなあ」
「六郎、急に妙なこと言うな」
「あ、若はお久さんと踊りなされ。今年こそはな。むふふ」
「だ、黙っておれ!」

 山村では初夏より『盆踊り』の準備に取り掛かり、太鼓や笛、踊りの稽古を行う習わしがある。そして7月15日(新暦8月15日)、満月の夜に本番を迎える。
 そもそも盆踊りとは、お盆に帰ってきたご先祖の霊を送り出す供養の踊りである。だが仏教行事の意味合いより、娯楽的な要素が色濃く伝わる行事へと発展していった。つまり盆踊りは地域の人々の交流や男女の出会いの場であり、踊りは憂さ晴らし、息抜きとして親しまれている。

 国宗家から僅か9町(約1Km)ほど歩くと宮迫神社へ到着する。神社の敷地内には櫓が建てられており、その周りで太鼓や笛の稽古する姿が見えた。

「おう、大助。来たか」
「辰三郎、今日はお前らが稽古か」
「おうよ、ワイが太鼓の指導しとる」
 相変わらず輩みたいなのが多い富盛家だが、俺が警護役になってからはさしたる問題もなく、山村は平和であった。かと言って国宗、面前、神田家と上手くいってる訳ではなく、孤立した一族には変わりない。親しくしてるのは俺と六郎と忠吾郎くらいだ。
「なぁ、うちの兄者が大助に話があるってよ」
「辰二郎がか?」
「いや、ご当主、辰太郎さまじゃ。明日にでも来れんか?」
「……ふーん、何だろうな。まあ、稽古がてら行ってみるか」

 俺らは宮迫神社の周りを巡回し、はしゃぐ忠吾郎を無理矢理引っ張って屋敷へと戻った。
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