上 下
22 / 52
第2章〜芸州編(其の壱)

第22話

しおりを挟む
「おお、六郎殿。貴殿が話してくださるのですか」
「この場限りにして頂ければ」
「分かりました。お約束致しましょう」
「では……。まず、若の叔父は信濃上田藩主である真田伊豆守信之さまでございます」
「な、な、なんと!?」
 一同が度肝を抜く。忠次郎も驚き「ガタッ」と襖に倒れかかった。
「六郎、何も叔父のことを言わなくても」
「いえ、ここは大事なところです」
「だ、大名のご血筋……」
「真田家は『天下分けめの大戦関ヶ原の戦い』にて、お家存続のために親子・兄弟が敵味方に分かれ戦いましてな」

 関ヶ原の戦いでは、俺の祖父昌幸と父幸村が西方へ、父幸村の兄信之が東方に属し戦った。祖父らは徳川秀忠を足止めするなど善戦したが本陣の敗戦により、敗軍の将として高野山九度山へ流罪となる。そして九度山で俺が生まれたという経緯を話した。

「我々にとっては雲の上のお話ですな」
「それからどうなりました?」
「九度山の生活は苦しくて、再々信之さまに援助して頂きながら何とか食い繋いできたが、14年経って我らは再び表舞台に立つことになるのです」
「いくさ……ですか」
「さよう。豊臣と徳川の大戦、大坂の陣でござる」

 大坂の陣では真田軍の活躍目覚ましく、徳川家康・秀忠親子も「あわや討死」と言われるまで追い詰めたが、徳川方の圧倒的な軍勢によって徐々に敗走していった。最後の手段である『豊臣秀頼公御出陣』を促すため父幸村の命を受け、俺は陣を離れ単身大阪城へ乗り込んだのである。

右大臣豊臣秀頼さまは若の説得に心動かされ出陣しようとされましたが、母君淀殿の反対でそれも叶わずでして……責任感じた若は最後まで右大臣さまの側で仕えたのです」
「我々では計り知れない御苦労をなさったのですね。その若さで……」
「さよう。そして若は右大臣さまの最後を見届け、敵軍を蹴散らしながら逃走したのです」

 さて、ここからが肝心な話である。六郎がどう言うのか気が気でなかった。

「結局、徳川の残党狩りに敵わず逃走を諦めた若は謹慎処分となり、幕府の意向でここに居るのです。この地が選ばれたのは豊臣家に恩のある福島正則さまが、若を不憫に思って申し出た次第。但し、若を監視する一方で援助する気は無いものと思われます。これは叔父である信之さまもしかり」
「で、では藩からの扶持米は無いと? 何故?」
「これまで再三にわたり徳川に歯向かってきたのです。流石に表立っては援助できない。そのように幕府を気遣っているのかと」
「なるほど、そういう事情があるのですな」
「ただ、あくまでもでござる」
「と言いますと?」
「真田家が大名として徳川家から信頼されてるのは、常に我らを叩き潰してるからに他ならない。これは真田家の戦略なのです。決して仲違いしてる訳ではございません。よっていつか必ず手を差し伸べられる。……どうかそれまで我らをお頼み申す」
「六郎殿、つまり真田さまは信濃に帰られると?」
「信濃、もしくは若の姉弟を保護している仙台かもしれません」

 大坂夏の陣で敗北を悟った父幸村は、兼ねてから親交のあった伊達家重臣である片倉重長に俺の姉(阿梅)や弟(真田守信)を託した。なんと敵将に保護して貰ったのである。

 六郎、信濃や仙台などちょっと楽観過ぎないか?

 俺は言葉を選びながら口を開いた。
「全ては幕府の意向次第だ。悪い方に捉えれば「切腹」もある。だが俺はこの芸州にて生涯謹慎したいと思っている。そのために山村でお役に立ちたいのだ」

 暫くの沈黙の後、忠兵衛が意を決したように言葉を発した。
「よおく、分かりました。藩の扶持米など当てにしません。真田さまはこの山村の警護役として、ここに居る我々が生活を支えて行きまする」
「その通りでございます。この面前、山村の庄屋として警護への謝礼米を納めさせて頂きます」
「神田家からも同じく!」
「ありがとう、皆さん。お世話になり申す」
「ははっ」

 福島正則公の申し出など1部想像の話もあったが、大体大筋はあっている。だが肝心の芸州藩襲来の話はできない。もしそこで逃げたら、やはり山村に迷惑を掛けることになる。そう考えると俺は逃げる気を失っていた。その時が来たら諦めるしかないのか……。いや、その時が来ないことを祈りたい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

戦国の華と徒花

三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。 付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。 そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。 二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。 しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。 悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。 ※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません 【他サイト掲載:NOVEL DAYS】

思い出乞ひわずらい

水城真以
歴史・時代
――これは、天下人の名を継ぐはずだった者の物語―― ある日、信長の嫡男、奇妙丸と知り合った勝蔵。奇妙丸の努力家な一面に惹かれる。 一方奇妙丸も、媚びへつらわない勝蔵に特別な感情を覚える。 同じく奇妙丸のもとを出入りする勝九朗や於泉と交流し、友情をはぐくんでいくが、ある日を境にその絆が破綻してしまって――。 織田信長の嫡男・信忠と仲間たちの幼少期のお話です。以前公開していた作品が長くなってしまったので、章ごとに区切って加筆修正しながら更新していきたいと思います。

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

転娘忍法帖

あきらつかさ
歴史・時代
時は江戸、四代将軍家綱の頃。 小国に仕える忍の息子・巽丸(たつみまる)はある時、侵入した曲者を追った先で、老忍者に謎の秘術を受ける。 どうにか生還したものの、目覚めた時には女の体になっていた。 国に渦巻く陰謀と、師となった忍に預けられた書を狙う者との戦いに翻弄される、ひとりの若忍者の運命は――――

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

柳鼓の塩小町 江戸深川のしょうけら退治

月芝
歴史・時代
花のお江戸は本所深川、その隅っこにある柳鼓長屋。 なんでも奥にある柳を蹴飛ばせばポンっと鳴くらしい。 そんな長屋の差配の孫娘お七。 なんの因果か、お七は産まれながらに怪異の類にめっぽう強かった。 徳を積んだお坊さまや、修験者らが加持祈祷をして追い払うようなモノどもを相手にし、 「えいや」と塩を投げるだけで悪霊退散。 ゆえについたあだ名が柳鼓の塩小町。 ひと癖もふた癖もある長屋の住人たちと塩小町が織りなす、ちょっと不思議で愉快なお江戸奇譚。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

処理中です...