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第2章〜芸州編(其の壱)

第15話

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 ここ数日は忠次郎の案内で、山村の境界と国宗家の縄張りを見て回っている。そして道中で見つけた山菜を採りながら、何処に何が自生してるのかも覚えていった。

 ふと、草原を見渡すと山菜の匂いがする。どうやら「自然薯」だ。これは有り難い。貴重な栄養源となる。独特な葉っぱと小さな球芽 (むかご)があるツタをたどり根元を見つけて、慎重に掘っていった。
「大助さま、これってまさか?」
「ああ、自然薯だ。これだけじゃない、まだあるぞ!」
「おお、凄いです!」
 やがて、この時期にしては珍しく大きな自然薯を数本掘り出した。

自然薯じねんじょ(ヤマノイモ科ヤマノイモ属)
長く伸びる根を芋として食用にする。むかごは主に加熱するが生食もできる。

 さて、本日の収獲は自然薯に加えて、ナラタケと青こごみである。

※ナラタケ(ハラタケ目キシメジ科のキノコ)
広葉樹の枯れ木や切り株などに群生。汁物に合う。

※青こごみ(オシダ科クサソテツ属)
林の湿った半日陰の場所に群生。葉の先がクルクルと巻いている若芽を食する。アクが少ないので下処理も簡単で美味しく食べられる。

「忠次郎、晩飯が楽しみだな」
「ですですー!」
 忠次郎が興奮している。
「大助さまは食材探しの名人ですう!」

 それはそうと、俺は広大な草原を前にして疑問に思ってることを聞いてみた。
「忠次郎、国宗家の縄張りで気づいたんだが、遊んでる土地が多いな。この辺の草原は田畠にした方が良いんじゃないのか?」
「あ、大助さま、田畠にしないのは理由があるんですよ」
「なんだ、それは?」
「我々は年貢米の代わりに材木を納めてますので、まず田畠を管理する人手が足りないのです」
「なるほど。国宗家の半数は不在だったよな」
「はい。それに大掛かりな開拓は郡村の協力がないと出来ません。それは役人が絡んでくる話なので、石高を増やすことが公になります」
「つまり、公になると年貢が増えると言うことか」
「その通りです。面倒見れない田畠を作って年貢を納めることは負担でしかないのです」

※ 年貢は、百姓一戸ごとに納めるのではなく、村ごとに納める『村請制』で成り立っている。芸州では福島正則の慶長検地を基本として、村全体の石高に対して賦課ふか(米などを割り当てて負担させること)を定めていた。
ただ、国宗家のような『材木』を納める特殊な例もある。一般の大農家と違って「山を管理する」「木を切り整備する」「材木を運搬する」が課せられ、大きな田畠を作る余裕がないのが現状であった。

「ちょこっとした畑でも良いんだがな」
「えっ、大助さまは畑を作りたいのですか?」
「まあ、少しでも自分らの食い扶持を確保したいよな。あとは退屈しのぎだ」
「あ、その程度なら問題ないと思いますよ。そういう話でしたら父上に相談してみましょう」
「そうか、あくまでも俺と六郎がやる畑だ」

 たまたま自生してる山菜など見つけて採るくらいではいつまで経っても豊かにならない。かと言って俺に何ができるか……ここは思案のしどころだな。

***

 忠左衛門から借りた土地は「離れ」の直ぐ裏にある草原だった。近くには二郷川へ流れる小さな湧き水も出る。

「この辺りで宜しければ、どうぞご自由になさって下さいませ。あ、道具は準備致しております」
「ありがとう、忠左衛門殿」
「いえいえ、真田さまには国宗家でお好きなように過ごして頂きたいのです。何なりとお申し付けください」
「ああ、では遠慮なく、ぼちぼちとやらせてもらうよ。六郎、草を刈るぞ」 
「へい」

 それは草刈りから始まった。いつのまにか忠次郎とお久や親族の子供たちが手伝い、草原が徐々に更地へと整備されていく。夕暮れ時になると草や枯れ木を集め燃やしながら、自然薯の汁物を子供たちと食した。

「ところで若、何を植えるつもりですかな?」
「色々考えたが、大豆を作ろうと思う」
「大豆……ですか?」
「ああ、草原で自生してるのを見つけた」
「それは良い考えですな」
「そうだろう。大豆は加工すれば様々な用途に使える。俺はな、色々と試行錯誤してみたいんだ」
「楽しみが出来ましたな、若」

 子供たちが「キャッキャッ」言いながら走り回ってる姿をぼんやりと眺める。

 数奇な運命だ。死んでもおかしくなかった俺は、今を楽しもうとしてる。いや、今も命を狙われてるか。……だが、こうして生きているからには、何かを成し遂げねばならん。何かを。

──俺はそう考えていた。



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