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第2章〜芸州編(其の壱)

第10話

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 翌朝。

 国宗家の奥方と娘・お久が給仕に訪れた。
「おはようございます。今日から娘のお久が真田さまのお世話を致しますので、宜しくお願いします」
 お久は13歳でまだ子供だが、可愛らしい顔立ちであった。少しモジモジとしながら母親に促されて軽く会釈をする。そしてアワ、ヒエ、カブの葉を入れた雑炊と漬物を差し出してきた。
「お久、ありがとな」
「あい」と顔を赤らめる。
「あ、奥方、出来るだけ食材は自分らで調達しようと思ってるんだ。どの山や川なら自由に採って良いのか教えてくれないか?」
「え? その様なこと、なさらなくても……」
「いやいや、屋敷を貸してもらってるんだ。それくらいはしないとな」
「は、はぁ……では主人を呼んでまいります」

 奥方らが出ると、俺たちは雑炊をすすった。
「六郎、伊賀の者は見張ってるのか?」
「気配は感じますが、距離を置いてる様ですな」
「どういうことだ?」
「連絡し易いよう、配置を整えているのではと」
「では、直ぐに攻撃されることはないな」
「……ですが、油断禁物ですぞ」
「ああ、分かってるよ」

 暫くして忠左衛門と忠次郎が「離れ」へやって来た。
「真田さま、食材は女衆や郎党が準備しますので、ゆっくりお過ごしくださって良いんですよ」
「忠左衛門殿、お気持ちは有り難いが、俺らもこの界隈のことを知りたいのだ。それに山菜採りは好きだし退屈しのぎになる」
「そうなのですか。実は真田さまを匿うにあたり木嶋さまより、外出の際は誰かが一緒に同行するようにと言われてまして……また、決して村内から外へ出してはならないとも厳命されているのです」
「それは、匿い者だからか?」
「はて、詳しくは存じませぬ」
「では、この村の範囲を案内して貰えないか? それが分かれば、そこから先は行かないと約束する」
「かしこまりました。某は材木の卸がありますので倅に案内させましょう」
「かたじけない。忠次郎、宜しく頼む」
「は、はい」

 俺と六郎は早速、忠次郎に連れられて村内を散策することにした。先ずは神社に行くと言う。
「忠次郎、お前幾つだ?」
「はい、14歳でございます」
「俺の1つ下だな。兄弟は他にいるのか?」
「兄、忠太郎が居ますが只今、厳島千畳閣の改修に行ってまして」
 兄、忠太郎は国宗家に仕える郎党と共に藩の要請で長い間、留守にしていた。
「つまり、国宗の主力は不在なのです」
「ふーん、そうなんだ」

 程なく、国宗家の領域にある「宮迫神社」へ到着した。社殿がある山の頂上からは、この界隈の景色が一望できる。
「真田さま、ご説明致します」
「堅苦しいな。大助で良いよ」
「あ、はい。では大助さま、東に見える溜池ためいけから南西北ぐるりと回って、山々までの盆地が我々の『山村』でございます。そして、溜池の向こう側が『押村』となります」
「ほー、広いな。山菜採りは国宗家の山なら良いのか? 他の山はどうだ? それと川は?」
「国宗は林業の杉山が沢山ありますが、あまり山菜は採れません。他の山は入っちゃ駄目です。あと、川ってほどではありませんが西側に沢がございます。そこはご自由に。でも乱取りで殆ど川魚はいないようです」

 俺は国宗の所領である山々を眺めていた。
「あの山に猪はおるか?」
「え? 猪……ですか。あ、たまに見かけるとお聞きしますが、捕獲したことはあまりないようで」
「あいわかった。忠次郎、今日から俺の監視役に命ずる。食材探しに付き合ってもらうぞ」
「わ、私が監視役ですか!?」
「そうだよ。案内と、際どい場所の収穫は良否の判断が必要だからな。それとな、疑問に思ってるんだが、離れから見える川は入っちゃ駄目なのか? 目の前にあるのに」
「二郷川ですか。そこは色々と揉めてまして」
「なに? 詳しく聞かせろ」

──忠次郎の話はだいたいこんな内容だった。
 『山村』には国宗家の他に、庄屋の「面前家」と農業と商いを生業とする「神田家」が協力し合って村を運営していた。しかし、1585年、秀吉の四国攻めで毛利家の小早川隆景が伊予を攻め落とした際に、瀬戸内海を渡って逃亡した一族郎党が居た。「富盛家」である。彼らは山を越え『山村』へ辿り着き、30年と言う月日の流れの中で、この地に土着していったのだ。そして、元豪族と言う誇りが山村の秩序を乱していた。

「川で富盛家と鉢合わせになると、喧嘩になるんです。彼らは元々武士の集まり、とても敵いません。役人に訴えても、あまり相手にされません……年貢をきちっと納めている以上、郡廻りや代官は少々のことは、見て見ぬ振りですから」

 その時、ワイワイガヤガヤと騒々しい声が聞こえた。神社に愚連隊のような輩がやって来たのだ。少し離れた場所で見張っている六郎が、首を横に振ったので「伊賀の者」ではなく、地元の人達であった。
「あっ!」
 忠次郎が輩を見て隠れるように後ろを向いた。
「おお? そこにおるんは国宗さんとこの忠次郎じゃないけ! それで隠れてるつもりか? へへへ」

 輩が嘲笑っていた。忠次郎は顔をしかめている。そして、少し震えていた。



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