149 / 156
05三学期の憂鬱
ミステリ小説コンペ事件02
しおりを挟む
そして4月6日午前10時。俺の家にどやどやと『探偵部』の面々が到着する。まずは三宮英二と菅野結城の主従カップル。手土産に高級どら焼きを持ってきてくれた。俺は感謝する。
「ありがとな、英二、菅野さん。上がってくれ」
英二は大あくびをした。明らかに寝不足で、目の下にはじゃっかんの隈が浮いている。
「純架の電話で企画には賛成した。だが俺もミステリ小説など勝手が分からん。しかも3分間でオチまでつけなきゃいけないとはな。おかげで昨夜遅くまでパソコンとにらめっこだ。お前はどうだ、楼路? いい作品は書けたか?」
俺は頬をほころばせた。出来上がったものに手応えを感じていたのだ。
「まあ、俺の発表の番になったら驚くぜ。それだけは約束していい」
次に現れたのは飯田奈緒と辰野日向の女子コンビ。こちらは元気そうだった。
「富士野くんの自宅に来るなんて久しぶりね。日向ちゃんとは途中で一緒になったよ」
「飯田さん、辰野さん、どうぞどうぞ。歓迎するぜ」
「これ、お土産の抹茶ケーキです」
日向が紙袋を持ち上げた。純架は抹茶好きだったな、と思い、さすがはあの奇人の隠れた恋人だけはある、と苦笑する。
俺の部屋は一気に狭苦しくなった。終業式以来の再会で、会話も自然と弾む。
しかし肝心要の『探偵部』部長、桐木純架がいまだ現れない。俺は何かあったのかとスマホをかけてみた。
「もしもし、富士野楼路だけど。純架か?」
「いいえ、私は朝青龍です。今はモンゴルで実業家をしています」
ここまで幼稚な嘘をつける高校生って、今どき純架ぐらいのものだろう。
「ふざけてないで早く来いよ。家が隣なんだしな」
「楼路くんと話してると冗談が通じなくて困るね。今行くよ」
こうして最後の客、純架が我が家にやってきた。なぜかメジャーリーグ野球選手・大谷翔平のユニフォームを着ている。
ファンなのか?
俺の部屋に入って『探偵部』一同を見渡すなり、「卿らの討議も、長いわりに、なかなか結論がでないようだな」とのたまった。
『銀河英雄伝説』のオーベルシュタインかよ。
あ、そうだ、一応聞いておかなきゃ。
「純架。実は俺の妹の朱里も、コンペに参加したいっていって、作品を書いてきたんだけど……」
純架は直前の参加希望報告にも、鷹揚に首肯した。
「いいね! じゃあ朱里くんも加わっていただこう。早速この場に呼んで……」
「コーヒー持って来ました、先輩方」
トレイにマグカップを7個載せて、朱里が入室してきた。奈緒が立ち上がって出迎える。
「きみが富士野朱里さんね。私は『探偵部』所属の飯田奈緒よ。話は富士野楼路くんから聞いてる。よろしくね」
親しみを込めたあいさつだった。これには朱里も恐縮する。トレイを丸テーブルに置きながら、一同に頭を下げた。
「今日は義兄のためにお集まりくださって、感謝しております。インスタントのコーヒーですが、味はいいのでお熱いうちに召し上がってください」
何だ、朱里は結構まともな口を利けるんじゃないか。普段の俺に対する態度とは打って変わって、おしとやかに振る舞う彼女。新たな一面を見せ付けられて、俺は朱里への評価を変えざるを得なかった。
純架が抹茶ケーキを頬張りながら、中学3年生に尋ねる。
「きみも参加するんだってね。楼路くんから聞いたよ。大歓迎だ」
こうして『探偵部』6人と朱里の、計7人が狭い部屋におさまった。
「それじゃあ早速『ミステリ小説コンペティション』、始めようか。誰からいくか、まずは公平なくじ引きで決めよう」
純架は持参していた割り箸6本入りのコップを机に置く。
「隠れた先端に番号入りの紙片が貼られてあるんだ。みんな、箸をつまんでくれたまえ。朱里くんはゲストってことで、1番最初に発表してもらおう」
俺たちはコップから飛び出している箸の上端を手にする。6人全員に行き渡った。
「一斉に引くよ。せーのっ!」
みんなそれぞれ引いたくじの番号に一喜一憂する。俺は3番か。
「あーっ、私1番じゃない」
奈緒ががっかりしたように叫ぶ。俺は首をかしげた。
「朱里の次の番ってことか。でも飯田さん、別にそんなにしょげ返ることでもないと思うんだけど」
彼女は頬をふくらませる。ご不満らしい。
「だって、こういうのは後ろにいけばいくほど有利でしょ? いろんなコンクールとかだってトップバッターは審査員の記憶に残りにくいっていうし」
まあそれは一理ある、か。でもそうなると、奈緒より先にやる朱里は圧倒的不利ってことだけど……
ともあれ、1番は朱里、2番は奈緒、3番は結城、4番は俺、5番は日向、6番は純架、7番は英二と決まった。
「俺が最後でいいのか? 何か悪いな」
英二は嬉しそうに相好を崩す。くそ、いいくじ引きやがって。
結城は俺に笑顔をひらめかせた。
「富士野さんと私は中盤ですね。盛り上げていきましょう」
英二の専属メイド兼ボディガードの結城が、ミステリ小説を書く。どんな内容なのか、俺は興味を抱いた。まあそれも、すぐに満足させられるわけだが。
日向が高級どら焼きに舌鼓を打っている。甘いものが好きなのか、単に空腹だったのか、誰よりも先に自分の分をたいらげた。
「部長の桐木さんの作品、楽しみにしてますよ」
「うん、期待していてくれたまえ、辰野さん。そうそう、抹茶ケーキありがとう」
では、と純架が座りなおした。一同を見渡し、満足そうに微笑む。
「朱里くん、自作品の朗読を始めてくれたまえ」
かくしてミステリ小説コンペは始まった……
「ありがとな、英二、菅野さん。上がってくれ」
英二は大あくびをした。明らかに寝不足で、目の下にはじゃっかんの隈が浮いている。
「純架の電話で企画には賛成した。だが俺もミステリ小説など勝手が分からん。しかも3分間でオチまでつけなきゃいけないとはな。おかげで昨夜遅くまでパソコンとにらめっこだ。お前はどうだ、楼路? いい作品は書けたか?」
俺は頬をほころばせた。出来上がったものに手応えを感じていたのだ。
「まあ、俺の発表の番になったら驚くぜ。それだけは約束していい」
次に現れたのは飯田奈緒と辰野日向の女子コンビ。こちらは元気そうだった。
「富士野くんの自宅に来るなんて久しぶりね。日向ちゃんとは途中で一緒になったよ」
「飯田さん、辰野さん、どうぞどうぞ。歓迎するぜ」
「これ、お土産の抹茶ケーキです」
日向が紙袋を持ち上げた。純架は抹茶好きだったな、と思い、さすがはあの奇人の隠れた恋人だけはある、と苦笑する。
俺の部屋は一気に狭苦しくなった。終業式以来の再会で、会話も自然と弾む。
しかし肝心要の『探偵部』部長、桐木純架がいまだ現れない。俺は何かあったのかとスマホをかけてみた。
「もしもし、富士野楼路だけど。純架か?」
「いいえ、私は朝青龍です。今はモンゴルで実業家をしています」
ここまで幼稚な嘘をつける高校生って、今どき純架ぐらいのものだろう。
「ふざけてないで早く来いよ。家が隣なんだしな」
「楼路くんと話してると冗談が通じなくて困るね。今行くよ」
こうして最後の客、純架が我が家にやってきた。なぜかメジャーリーグ野球選手・大谷翔平のユニフォームを着ている。
ファンなのか?
俺の部屋に入って『探偵部』一同を見渡すなり、「卿らの討議も、長いわりに、なかなか結論がでないようだな」とのたまった。
『銀河英雄伝説』のオーベルシュタインかよ。
あ、そうだ、一応聞いておかなきゃ。
「純架。実は俺の妹の朱里も、コンペに参加したいっていって、作品を書いてきたんだけど……」
純架は直前の参加希望報告にも、鷹揚に首肯した。
「いいね! じゃあ朱里くんも加わっていただこう。早速この場に呼んで……」
「コーヒー持って来ました、先輩方」
トレイにマグカップを7個載せて、朱里が入室してきた。奈緒が立ち上がって出迎える。
「きみが富士野朱里さんね。私は『探偵部』所属の飯田奈緒よ。話は富士野楼路くんから聞いてる。よろしくね」
親しみを込めたあいさつだった。これには朱里も恐縮する。トレイを丸テーブルに置きながら、一同に頭を下げた。
「今日は義兄のためにお集まりくださって、感謝しております。インスタントのコーヒーですが、味はいいのでお熱いうちに召し上がってください」
何だ、朱里は結構まともな口を利けるんじゃないか。普段の俺に対する態度とは打って変わって、おしとやかに振る舞う彼女。新たな一面を見せ付けられて、俺は朱里への評価を変えざるを得なかった。
純架が抹茶ケーキを頬張りながら、中学3年生に尋ねる。
「きみも参加するんだってね。楼路くんから聞いたよ。大歓迎だ」
こうして『探偵部』6人と朱里の、計7人が狭い部屋におさまった。
「それじゃあ早速『ミステリ小説コンペティション』、始めようか。誰からいくか、まずは公平なくじ引きで決めよう」
純架は持参していた割り箸6本入りのコップを机に置く。
「隠れた先端に番号入りの紙片が貼られてあるんだ。みんな、箸をつまんでくれたまえ。朱里くんはゲストってことで、1番最初に発表してもらおう」
俺たちはコップから飛び出している箸の上端を手にする。6人全員に行き渡った。
「一斉に引くよ。せーのっ!」
みんなそれぞれ引いたくじの番号に一喜一憂する。俺は3番か。
「あーっ、私1番じゃない」
奈緒ががっかりしたように叫ぶ。俺は首をかしげた。
「朱里の次の番ってことか。でも飯田さん、別にそんなにしょげ返ることでもないと思うんだけど」
彼女は頬をふくらませる。ご不満らしい。
「だって、こういうのは後ろにいけばいくほど有利でしょ? いろんなコンクールとかだってトップバッターは審査員の記憶に残りにくいっていうし」
まあそれは一理ある、か。でもそうなると、奈緒より先にやる朱里は圧倒的不利ってことだけど……
ともあれ、1番は朱里、2番は奈緒、3番は結城、4番は俺、5番は日向、6番は純架、7番は英二と決まった。
「俺が最後でいいのか? 何か悪いな」
英二は嬉しそうに相好を崩す。くそ、いいくじ引きやがって。
結城は俺に笑顔をひらめかせた。
「富士野さんと私は中盤ですね。盛り上げていきましょう」
英二の専属メイド兼ボディガードの結城が、ミステリ小説を書く。どんな内容なのか、俺は興味を抱いた。まあそれも、すぐに満足させられるわけだが。
日向が高級どら焼きに舌鼓を打っている。甘いものが好きなのか、単に空腹だったのか、誰よりも先に自分の分をたいらげた。
「部長の桐木さんの作品、楽しみにしてますよ」
「うん、期待していてくれたまえ、辰野さん。そうそう、抹茶ケーキありがとう」
では、と純架が座りなおした。一同を見渡し、満足そうに微笑む。
「朱里くん、自作品の朗読を始めてくれたまえ」
かくしてミステリ小説コンペは始まった……
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
嘘つきカウンセラーの饒舌推理
真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
✖✖✖Sケープゴート
itti(イッチ)
ミステリー
病気を患っていた母が亡くなり、初めて出会った母の弟から手紙を見せられた祐二。
亡くなる前に弟に向けて書かれた手紙には、意味不明な言葉が。祐二の知らない母の秘密とは。
過去の出来事がひとつづつ解き明かされ、祐二は母の生まれた場所に引き寄せられる。
母の過去と、お地蔵さまにまつわる謎を祐二は解き明かせるのでしょうか。
バージン・クライシス
アーケロン
ミステリー
友人たちと平穏な学園生活を送っていた女子高生が、密かに人身売買裏サイトのオークションに出展され、四千万の値がつけられてしまった。可憐な美少女バージンをめぐって繰り広げられる、熾烈で仁義なきバージン争奪戦!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる