学園ミステリ~桐木純架

よなぷー

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04学校行事と探偵部

おみくじの地図事件02

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 日向は中吉。まずまずいい運勢だ。にこにこと何度もおみくじを見返す。

「惜しかったですね。あと一歩で大吉だったのに……。でも、私らしいです」

 結城はその艶やかな頬を朱に染めている。単に寒いから、ではなさそうだ。

「ちょ、ちょっと嬉しい……。大吉もですが、英二様と同じくじ運でしたので……」

 英二が拳を固めて結城に差し出した。結城は微笑んで、自分の拳を突き合わせる。ちくしょうバカップルめ、いいなあ。

 純架は俺の肩を叩いた。次いで頭を、胸を、腹を、足を叩く。

 肩だけでいいだろ。

「楼路君、悪いおみくじは木に結んで境内に残していこう。持ち帰ったら大変だからね」

「そうだな。何年か前に凶を引いたときも、俺はそうしたしな。確かあっちの方だったはずだ」

 純架は『探偵部』メンバーに手刀てがたなを切った。

「君たち、ちょっと待っていてくれたまえ。すぐ戻るから」

 英二はご機嫌なまま寛容を示す。勝者の風格が漂っていた。

「おう、行ってこい」

 奈緒が俺たちに笑顔で手を振る。

「甘酒、楽しみにしてるから」



 俺と純架が人の塊に分け入って先に進むと、そこにおみくじの木はなく、代わりに二つのポールがそびえ立っていた。その間の空間にロープが5本渡されており、大量の不運なおみくじがくくりつけられている。俺は少し拍子抜けした。

「何だ、今年は縄か。去年までは木に直接結んでいたんだがな」

「僕はこっちに越してきて始めての初詣だけど……そうなんだ、木はやめたのか。まあ生育に悪いからね。参拝客も増加したんだろう」

 ロープには多数の白いおみくじがびっしり絡み付いている。今もなお結ぼうとする人が引きも切らず現れて、大変ごった返していた。

 純架が俺に注意する。

「ともあれ、神様とのご縁を結び、運を転じるんだ。楼路君、利き手とは反対の手で結ぶんだよ。縦結びにもならないよう気をつけてね」

「分かってるよ」

 俺は既にロープにあったおみくじを左右に押してどかし、空いた小さな隙間におみくじを絡ませた。純架も同じ事をしている。

――と、思いきや。

「ん……?」

 純架の目が鷹のように鋭くなる。俺は何となくはばかられて、彼に小声でささやいた。

「どうした、純架」

「あの男、わざわざロープ最下段の左端におみくじを結んでいる。でかい体を丸く屈めて……」

 俺はその男を観察した。まだ若く、30歳より下に見える。茶髪で鼻にピアスを通し、肌は浅黒く、マッチョな体つきが厚着の上からでもそれと知れた。

 男が立ち上がる。純架が低音量で俺に耳打ちした。

「ヘビー級のプロレスラーみたいな体つきだ。190センチはあるぞ。喧嘩したら二人でも勝てそうにないね。おや、黒い手袋をしてる」

「それは寒いからだろ」

 大男は俺たちの視線に気づかず、ファーが多めの革ジャンにジーンズという姿で立ち去っていく。頭一つ群衆から抜きん出ていて、それがこちらを振り返ることはなかった。

 純架が素早く移動し、大男が結んだばかりのおみくじをほどき始めた。俺は親友のこれこそ奇行に面食らい、その頭を軽くはたいた。

「馬鹿、何やってんだ純架。あの人に悪いだろ。それに神様から罰が当たるぞ」

 しかし純架はやめない。よくよく見てみれば、そのおみくじには赤い染みが付着していた。

「なんだ、この赤色は」

「どうやらマジックみたいだね。変じゃないかい? おみくじ売り場からここまで僅かな距離なのに、何で赤いマジックで印を付けたんだろう? それにあの人の身長なら最上段かその一つ下のロープに結ぶのが自然なのに、なんでわざわざ最下段左端なんて場所を選んだんだろう? 窮屈な体勢で苦労するだけなのに……。何か目的があるんじゃないか?」

 大男のおみくじが縄から外れた。開いてみれば果たして、そこから別の紙片が零れ落ちる。純架が慌てて拾い上げた。広げてみると、そこには……

「地図?」

 俺の問いかけに純架は無言でうなずく。おみくじの内部に、住所と森の中の一軒家を描いた手書きの地図が挟まっていたのだ。しかもボールペン書きで。あの男が描いたものに相違なかった。

 純架は素早く尋ねてきた。その目に猟犬の光が宿っている。

「楼路君、大男は?」

 俺は爪先立ちで彼の頭部を捜した。そして、それはすぐ見つかる。

「背が高いからまだ分かる。今階段に向かっているところだ」

「追いかけよう!」

 大男は人混みの中を、関心を失った人のように、振り返ることなく歩いていく。俺と純架は彼に気づかれないよう、しかし早歩きの速度で慎重に後をつけていった。無数の参拝客の間をすり抜けながら……

 俺はまだ心に罪悪感がこびりついている。確かによろしくない運勢のおみくじを結んでいたのではなかった――吉だった――し、赤いマジックで印をつけたり、手描きの地図を含ませていたり、わざわざロープの端っこの左下に結んでいたりしていた。だが、だからといってまるで犯罪者のように男を追いかけるのは、さすがに気が引けるというものだ。

「おい、ちょっと変だからって、こんな尾行みたいな真似はおかしくないか? 部の4人もほったらかしだし……」

 純架はこちらを見ずに、冷めたように答えた。

「嫌なら君だけでも帰りたまえ」

「おい、そんな言い方はないだろ。はいはい付き合うよ、付き合えばいいんだろ」

 大男は肩で風を切るように歩いている。何となくチンピラ染みていて、あまり好きにはなれなかった。俺たちは彼に気づかれないよう一定の距離を保ちながら、あたかも刑事のように足を飛ばす。やがて人がまばらになり、車が行き交う大通りに出た。

 そこで何と、大男はタクシーを捕まえた。純架は強い焦燥の炎にあぶられる。

「いかん、置いていかれる。僕らもタクシーだ!」

「金あるのかよ」

「お年玉があるんでね、その心配はない」

「俺は払わないからな」

「……承知したよ」

 手を挙げると、別の黒塗りタクシーが目の前で停車してドアを開けた。純架は俺の手首を引っ張って、強引に後部座席に乗り込む。そして刑事ドラマさながらに言った。

「運転手さん、前のタクシーを追いかけて。早く!」

 シートベルトをしながらドライバーを急かす。初老のおじさんは苦笑した。

「はいよ。なんだい、正月から忙しそうだね、君たち」

「ええ、多忙なんですよ。尾行していることを気づかれないようにしてください」

 こうして今度はカーチェイス――こっちの一方的な――が始まった。しかし俺や純架がハンドルを握るわけでもないので、まるっきり運転手任せだ。

 純架はくしゃくしゃの紙に描写された地図を丹念に吟味する。俺はふと思い付きを口にした。

「さては純架、その地図が違法薬物の売買に使われるとか考えてるんだろ?」

 純架はこちらを見上げた。

「え?」

「あの男は売買の片方で、『赤い印がついた、ロープ最下段左端のおみくじ』に地図を隠した。後でもう片方に、そのことを電話で伝えて地図を取らせ、指示された場所で売買を行なう――それがその紙の正体だ。そうだろう、違うか?」

 純架は思わず、といわんばかりに噴き出した。

「全然違うよ。それも少しは頭をかすめたけどね。電話番号を伝えているなら、わざわざそんな手間を取らずとも、電話で直にやり取りすればいいことじゃないか。こんな手間隙をかける必要はないんだよ。その線はないね」

 考えをあっさり否定され、俺は少しむっとした。

「じゃあ何だと思うんだ?」

 純架は持ち上げた拳に顎を載せた。

「恐らくは、もっと大きな事件だと思う。ただ、今僕の意見を開陳して、運転手さんに変なプレッシャーがかかったらいけないからね。それで尾行がばれたら目も当てられない。とりあえず男の行く先を突き止めて、それからだよ」



 2台のタクシーは元旦の道路を軽快に走った。神社からの帰り道は、それほど渋滞していないようだ。純架は大男の乗る車との間に2、3台、他人の乗用車を挟むよう指示する。相手に追跡を悟られないための処置だった。

 やがて見知らぬ住宅街に入り、更に5分ほど疾駆する。数十メートル離れて、でも見失わないように、俺と純架の乗るタクシーは標的を追いかけていった。しばらくして、先行の1台が停車する。

 純架が鋭く告げた。

「運転手さん、端に寄せて停めて!」

 言われたとおり、ドライバーは愛車を隠すように停止させてくれる。

 遠い先で、大男が車から降りた。運賃の精算を済ませたようだ。俺たちは、無意識的に呼吸を潜め――そんな必要はなかったのだが――様子をうかがった。

 大男はこちらに気づいた様子もなく、ある古ぼけたアパートの外階段に足をかける。3階まで上り切ると、こちらから見て右端の部屋に入った。もちろん鍵を開けて、だ。

 純架はその様子をスマホで撮影した。

「しばらく待ってみよう。また出てくるかもしれない」

 だが1分、5分、10分と経過しても、男が再び姿を現す気配はない。俺は緊張の持続に疲れ果て、ややれて抗議した。

「おい純架、何も起きないぞ」

「どうやらここが大男の住所らしいね。それは分かった。今度はおみくじの地図の場所に行ってみよう。運転手さん、この場所までお願いします」

 ドライバーは手渡された紙切れを見て一瞬絶句した。ナビに設定して、やっぱりとばかりうなずく。

「ちょっと遠いよ、ここ。お金大丈夫?」

「大丈夫です。お金ならあります」

「一体ここに何があるんだ、純架。いい加減教えろよ。お前はどう睨んでるんだ、この大男の正体」

 純架は優美なしぐさで顎をつまんだ。そして驚くべきことを口にする。

「……恐らくは、誘拐犯」
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