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秘密と正体

鬼部長の変化

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「やっと終わったの?資料1つ作るのにどんだけ時間かけてんだよ。…まぁでも、内容はよく出来てるじゃん。ありがとう。助かったよ」

「ねぇ、ここ間違えてんだけど。ちゃんと確認したの?…お前は出来るやつだと思って頼りにしてるんだよ?やれば出来るんだからさ」


シンとやり取りを始めて二週間程が経ったある日のこと。


『今日また上司に怒られちゃったよー。俺の上司めちゃくちゃ言葉きついんだけど、めちゃくちゃ仕事できる人だから余計刺さるんだよね…珍しく凹んだわ…』


シンがそんなメッセージを送ってきて、別に俺はシンの上司じゃないのに、仕事ができて言葉がきついというところで何故だか自分がシンを凹ませているような気持ちになってしまって、それ以来、部下にはもう少し優しく接しよう、そう決めた。

部下への正しい接し方が書かれた本を購入し、以前だったら絶対に掛けなかった部下への労いの言葉や感謝の言葉を積極的に掛けるようにしたり、ミスをただ叱り付けるのではなく、どうしたらもっと良くなるかアドバイスを交えながら伝えるようにしてみたり。
なかなか慣れなくてどうしても厳しい言葉も出てきてしまうけど、少しずつ本に書かれていた内容を実践しているうちに、


「なんか市橋部長変わったよな」


やら、


「元々綺麗な顔してるからあの顔で褒められるとモチベ上がるわ」


やら、


「この前初めて笑いかけられてちょっとドキッとした」


などと陰で言われるようになり、…なんだろう、悪い気はしない。

それにモチベ上がる、と誰かが言っていた通り、俺が部下達への接し方を見直してからというもの彼らの作業効率が格段にアップし、ミスも減り、職場全体の空気が良くなったような気がする。
俺の残業時間も減ったし、こんなに良いことずくめならもっと早くからこうしておけばよかったと少し後悔した。


「部長、お疲れ様です。コーヒーどうぞ」


以前よりは部下との距離が縮まったとはいえ、まだまだ厳しい上司であることに変わりない俺に部下達はややしり込みしているが、そんな中、神崎だけは相変わらず臆すること無くニコニコと爽やかな笑顔を浮かべながら近付いてくる。


「神崎…ありがとう。あ…ミルク入ってる…」

「いつもブラックで淹れてて、口付けた形跡なかったんで。ブラック苦手なのかなと思ってミルクとあとお砂糖も入れてみました」


いつものようにデスクに置かれた使い捨てのカップの中身は、いつもと違って薄茶色をしていて。
実はブラックコーヒーが苦手な俺は思わず口元を綻ばせれば、さらっと告げられたその理由に驚いた。


「…よく見てくれてるんだな」

「最近部長、俺達に対する接し方見直してくれたでしょう?それでみんな、もっと部長に褒められたいって急にやる気出しちゃってて。俺も、負けてられないなって」

「…それでコーヒー?」

「まぁ俺は、他の奴らみたいに仕事の出来が格段にアップしてる訳じゃないんで…自分に出来るところから見つけていこうかと…」


確かに。

他の部下達が以前と比べて明らかに成長しているのに対し、こいつ…神崎だけは良くも悪くも全く変わっていない。
相変わらず詰めは甘いし凡ミスもするし、元々仕事が出来なかった訳じゃないから余計に変わっていないと感じてしまう。

もう少し頑張れば、俺には及ばなくても他の部下達と比べて誰よりも仕事出来る男になれるのに…勿体無いなぁ…。

なんて思いながら無意識のうちに神崎の顔をぼんやりと眺めていたら、俺の顔に何かついてます?と不思議そうに訊ねられて我に返った。


「…そういえば部長、もしかして、私生活でなんかいいことありました?恋人ができたとか」

「……は?」


突拍子もない質問に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。
こいつは物理的な距離だけじゃなく、精神的な距離においてもグイグイ詰めてくるのか…恐ろしい男だ。


「いや、最近部長が雰囲気変わったのって私生活に理由があるんじゃないかと思って…」

「べ、別にそういうんじゃねぇよ…ていうかそうだとしてもお前には関係ないじゃん」

「…そうですよね、すいません、余計なこと聞いちゃって。じゃあ俺、仕事戻りますね」


別にシンとは恋人同士になったとかそういうんじゃないけど、彼との甘々なメッセージのやり取りを思い出し、あんな甘えたな俺を絶対に悟られる訳にはいかないとなんとなく突き放すような言い方をすれば、神崎は寂しそうな、困ったようななんともいえない表情を浮かべて自分のデスクへと戻って行った。


(…あぁ、またやってしまった。)


もう少しマイルドな言い方だって出来たはずなのに。
すぐキツい言い方をしてしまう自分に嫌気がさしながらも、でも今のは神崎が悪いんだ、あいつが急にあんなこと言ったりするから、と自分を正当化する。


(…恋人…か…。)


そういえばシンも恋人いないって言ってたけど、好きな人はいるんだろうか?
一度気になったらソワソワと落ち着かなくなってしまって、今日は絶対に残業しないでソッコー帰ってメッセージ送ろう、そう決めた俺は、神崎が淹れてくれた甘いコーヒーでソワソワを流し込んだ。
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