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忘れられた悪魔
待ち望んだ瞬間
しおりを挟む「……ルカ、本当にごめんなさい。私の身勝手な行動のせいで、あなたを深く傷付けてしまって…だけど、心から彼を愛していたから…悔しかったの…」
いつの間にかこちらに戻ってきていたカリーナが、地面に座り込み、額を地面に擦り付けそうな勢いで頭を下げてくる。
だけどもうおれは彼女に対して怒りの感情なんて全く抱いていなくて、むしろ共感すらしていた。
だっておれも彼女にリヒトをとられて悔しかったから。
やっていいことといけないことはあるけど、後から来たおれに大好きなリヒトを急に奪われたら、暴走してしまう気持ちも分からなくないから。
ただそうだとしても、彼女にリヒトを譲る気にはなれない。
おれはもう、彼無しでは生きていけない。
「カリーナ、顔、あげて。おれね、おれ…出来損ないの悪魔で、消えそうになってたところをリヒトに助けてもらったの。そんな出来損ないで、中途半端だし、弱いし、全然役に立てないから、あなたみたいな綺麗で強い人間の女性にリヒトをとられたら勝ち目がない…だけどおれにはもうリヒトしかいないから…お願いだから、リヒトをおれに返してください…」
それまでおれを抱えてくれていたリアムにお願いして地面に降ろしてもらい、項垂れているカリーナの前に座ると、先程カリーナがしたのと同じようにして頭を下げた。
気持ちを言葉にのせるのと連動して、目からもその気持ちが涙となって次々に溢れてくる。
おれは、カリーナには勝てない。
カリーナみたいに美人じゃないし、両性具有なんてどっちつかずの中途半端だし、そもそも人間ですらない。
だけど彼女はそんなおれの行動を見て驚いたように目を見開いた後、完全に私の負けよと言って苦笑いしながら溜め息を吐いた。
「返すも何も…悪魔の力を借りたとて、私には勝ち目なんてこれっぽっちもなかったわ。リヒトの顔を見ていたらわかる。一緒に過ごした間、あなたに向けていたような心底愛しいものを見ている顔で私を見てくれたことは一度もなかった。…心配しなくてもリヒトの心はあなた以外には絶対に向かないから大丈夫よ」
そう答えてくれたカリーナは、寂しそうな、だけど吹っ切れたのかどこか晴れやかさのようなものもうかがえるなんとも言えない表情をしている。
そんなおれ達のやり取りを相変わらず離れたところから見ていたリヒトに、ケンさんが呆れた様子で声を掛けた。
「リヒト!お前いつまでそんなとこ突っ立ってんだ、早くこっち来い!」
「でも...俺は...」
ケンさんから声を掛けられてもなお、その場から動こうとしないリヒト。
その煮え切らない態度にとうとう痺れを切らしたケンさんが、「だあああもう!めんどくせぇ!」と叫び、リヒトの傍へと駆け寄ると、リヒトの肩をガシッと抱き、自分より大きな身体を引きずるようにして戻ってきた。
「痛いよケンさん、何するの」
「...いいか、よく聞けリヒト。今回の件はお前のせいじゃない。ルカくんの事を忘れたのも、ルカくんを悲しませた事も、お前は何も悪くない。だけどな、今ルカくんに寂しそうな顔をさせてるのは間違いなくお前のせいだ。...変な意地張ってねぇで素直にルカくんのこと抱き締めてやれよ」
おれとリヒトのことを本当によく見てくれているんだと分かるケンさんのその温かい言葉を受けて、ようやくリヒトの目がおれの目をしっかりと捉えた。
まだ少し表情が強ばってはいるけど、冷たい、感情の読めない目じゃなくて。
いつも通りの、おれのことを愛してくれているリヒトの目だ。
二十日ぶりに敵意なくおれを見つめてくれる彼の目に、おれは釘付けになった。
まるでこの世界にリヒトとおれだけになってしまったのかと錯覚するほど、彼のことしか見えない。
たった二十日と思われるかもしれない。
だけど、本当に元に戻るのか分からない、戻ったとしてもそれがどれだけ先になるのかも分からないという不安に苛まれながら過ごす二十日は、リヒトと出会ってから今まで過ごして来た時間よりも長く感じた。
やっと、やっと戻ってきてくれた、大好きな人。
「......ルカ」
先程までの激闘が嘘のように、耳の奥がキーンと鳴るほど静まり返った夜の闇の中、囁くように小さく遠慮がちではあるものの、堪らなく優しい声で名前を呼ばれ、鼓膜どころか全身が震える。
「り、ひとぉ......っ」
すぐにでも彼の腕の中に飛び込みたい。
だけどいまだ身体に力が入らず立ち上がることが出来ないおれは、必死で彼に手を伸ばして。
おれの目の前に跪いたリヒトがその手を握ってくれて、ぐっと腕を引かれ、息が出来なくなりそうなほど強く抱き締めてくれた瞬間、おれはそこが外だということも、周りにみんながいるということも忘れ、わんわんと大声を上げて泣いた。
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