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誓い
真相
しおりを挟むそうして迎えた、十五日目の夜。
今夜もいつもと同じように、頼んでいないのに振る舞われるカリーナの手料理を仕方なく頂き、頼んでいないのに甲斐甲斐しく世話を焼かれるのを適当に受け流し、頼んでいないのに胸を押し付けてくるのを無視して、その後入浴などを済ませたカリーナが寝室に入るのを見届けると、俺も寝室の隣の物置部屋に身を潜め、淫魔の襲来を待った。
今日もまたなんの収穫もなしに終わるのだろうか。
帰宅して、まだ終わっていないとルカに伝え、あの寂しそうな顔を見なければいけないのだろうか。
ルカに寂しい思いをさせている上に強制禁欲生活を強いられていて精神的にもかなり参っているし、そもそも昼間はいつも通りの仕事をこなし、帰宅して三時間程度の仮眠をとってからカリーナの家で徹夜で張り込む毎日を送っているせいで肉体的にも限界だ。
今晩も悪魔が現れなければ、俺を頼って相談に来てくれたカリーナには申し訳無いが他の祓魔師と日替わりで張り込みさせてもらうことを提案してみよう。
そう心に決めた時だった。
「きゃあ!」
隣の寝室からカリーナの甲高い悲鳴やベッドが軋む音が聞こえ、慌てて物置部屋を飛び出した俺は、首から下げた十字架と聖書を手に寝室の扉を開け放つと同時に悪魔が逃げてしまわないよう部屋に結界を張る術を唱えた。
しかし、小さなランプの明かりだけが灯された薄暗い部屋の中にあったのは、裸の身体をシーツで隠し震えるカリーナの姿のみ。
淫魔の姿はどこにもない。
おかしい。
カリーナの悲鳴が聞こえてから俺がこの部屋に飛び込んでくるまで5秒とかかっていないはずだ。
入ってすぐに結界も張った。
俺の存在に気付かれていたならまだしも、気付かれないような術を自分自身にかけていたのだから、やってきて数秒ですぐに逃げてしまう理由が無い。
それに。
やっぱりカリーナの部屋には悪魔の気配が全く残っていなかった。
そこでようやく俺は気が付いた。
…騙されていたのだ、と。
そしてそのことに気が付いた瞬間、スっと頭の芯が冷えていくような感覚に陥った。
「リヒトさん…!悪魔が来て、それで…リヒトさんに気付いてすぐ逃げていってしまったのだけれど、私、こわか…」
「…カリーナさん、もうお芝居は終わりにして下さい」
「……え…?」
全裸のままベッドを降り、俺に身体を密着させるように抱き着いてきたカリーナの「怖かった」という言葉を遮るようにして冷たく言い放つと、零れ落ちそうなほど大きく見開かれた目がこちらを見上げてきた。
「…お芝居、って…。一体、何をおっしゃっているの…?」
「何ってあなたが一番よく分かっているでしょう?」
「……分からないわ」
「…はぁ。じゃあ言いますけど。淫魔に襲われた、という相談自体嘘で、今も襲われたフリをしていた、違いますか?」
「…そんな…っ!ひどい、私は本当に…!」
見上げてくる目にみるみるうちに涙の膜が張り、零れ落ちる。
だけどもう彼女に対して不信感しかない俺は、それすら演技なのではないかと疑ってしまう。
下らない嘘でルカとの時間を邪魔され、その結果ルカに寂しい思いをさせる羽目になった元凶とも言えるカリーナに対して激しい怒りを覚えるが、それを彼女にぶつけることすら時間の無駄だと必死で抑え込み、
「とりあえず身体を隠してください。そんな格好で男に抱き着くなんてはしたないですよ」
と、この期に及んで俺に縋り付き続けるカリーナの肩を掴んで突き放すだけに留めておいた。
俺のその言葉を受けて顔を真っ赤にしたカリーナは、大人しくベッドに散らばった下着とネグリジェを身に付けていく。
その間に部屋に掛けた術と自分自身にかけた術を解き、何故彼女の行動が全て嘘だと分かったか、その根拠を淡々と説明した。
「まず、俺達祓魔師は悪魔の気配を感じることが出来る。それは悪魔が同じ空間にいなくても、だ。悪魔が出入りした場所や接触した人間には、よっぽど時間が経っていない限り極わずかでも必ず気配が残っているんですよ」
「……あ………」
「だけどこの家には初めからそれが無かったし、悪魔がつい今しがたまでいたというこの部屋ですら皆無だった。それに俺はこの家に来る時悪魔に気配を察知されないよう、自分自身に術を掛けていたんだ。俺に気付いてすぐに逃げ出すなんて有り得ない」
俺が一言喋るたびに、真っ赤になっていたカリーナの顔が青ざめていく。
だけど、そんなことはどうだっていい。
一刻も早く家に帰ってルカを抱き締めたい。
終わったよ、と伝えてあげて、嬉しそうに笑う顔が見たい。
寂しい思いをさせた分、沢山甘やかしてあげたい。
「分かって貰えましたか?あなたが嘘をついていた、と思ったのには、ちゃんと理由があるんですよ」
「……ごめんなさい…わたし……」
「もう言い訳は結構です。大切な家族が家で待っているので俺はこれで失礼します」
もうこれ以上この場所に長居する理由など無く、待って、行かないで、などとふざけたことを抜かしているカリーナを無視して家を出る。
逸る気持ちを抑えつつも家路を急ぐと、俺の気配に気付いたらしいルカが玄関扉から飛び出してきた。
「リヒト!」
「ルカ、ただいま」
「…どうだった?」
「ん、終わったよ」
たった一言。
だけど俺とルカにとっては、何よりも待ち望んだ一言。
その言葉に嬉しそうに目を輝かせ、勢いよく腕の中に飛び込んできた俺の天使(悪魔だけど)に、家の外だというのに熱烈なキスの雨を降らせてしまったが、今俺は漸く面倒事から解放され再びルカとの甘い日常を送れるという喜びですっかり浮かれきっているし、真夜中で人通りも無いからこれぐらいは許されたい。
ただ。
浮かれきっていたからこそ、気付けなかった。
自分の作戦が上手くいかなかったこと、俺に邪険にされたことに腹を立て、怒りのままに俺ののあとをつけて来ていたカリーナが、幸せなキスを交わし、仲良く手を繋いで家の玄関をくぐる俺とルカを物陰から恨めしそうに見つめていたことに。
そして彼女が今度こそ本当に悪魔に魅入られてしまい、普通の人間が悪魔と手を組むということがどういう事なのか何も知らず、恐ろしい契約を交わしてしまったことに。
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