青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP4 闇に溶ける懺悔5 動き出した世界

穢れ

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「やれやれ、今回は本当に堪えたぞ。そもそもあそこまで直接的な妨害をしてくるとはな」

 皆が帰り、実働隊以外の職員が出払った後のK県支部。
 秋雨と遠呂はそれぞれわざわざ離れたチャーチチェアに腰掛けて談笑というには冷え切った会話を交わしていた。
 既に陽はとっぷりと暮れているが、地下の聖堂からは外の喧騒は聞こえないし見えやしない。
 秋雨は朝からずっと、指示を出す時以外は聖堂で待機していた。
 あるものはきっと、そんな秋雨のことを何をしているんだと憤慨しただろう。あるいは、侮蔑もしただろう。
 しかし、秋雨はこの場から動いてはならない理由があった。

「とはいえ、ここに変化は幸いにもありませんでした。てっきりここにあなたのおっしゃっていた人魚が来ることも危惧していましたが……それもありませんでしたし」

 秋雨の手にはびっしりと言葉が書き込まれた札が一枚。遠呂のものだった。

「あいつらにとっては下準備ってところなんだろうな」

「そうですね。街も完全には元に戻らないですし、多くの人が穢れを内包したまま海へと還った。勿論、世界中の中でここで起きた出来事は些細なことです。しかし、隠し切れなくなれば世界中が混乱に陥る。エデンのスパイもいたことですし、ね」

 眼鏡を外し、こめかみを揉む。
 
「だが、それを容認した。瑞雪が見逃すことは予想できただろう」

「ええ、勿論。芽を積み続けても、終わりはありませんから。全てを終わらせるためには相手に動いてもらわなければ困ります。たとえ世界が滅びかけても、それでもやらなければならない。最後に日本という国が残り、立て直すことが出来るだけの国民が残ればいい。そこまでしてやっと、私は眠ることができますから」

「瑞雪を殺す方が楽だと思うんだがなあ」

 遠呂はぽつりとそう口にする。しかし、その声音には少し前までの嫌悪や憎悪はなかった。

「絆される前に、ですか?」

「……別に殺さなきゃならなくなれば、絆されようがなんだろうがさっさと殺す」

「ふふっ。夏輝君達のおかげですね。瑞雪くんがちゃんと一人の人間であるとわかったのは。彼も悩み、苦しんでいるのです。ただ、忍耐強く自分に価値を見出せないだけの子供なのですよ。確かに、どうしても殺さなければならなくなれば殺すしかない。ですが、それは今ではないし、殺さずに済むに越したことはない。あの子もまた、抗うだけの力を持っているはずです」

「結局お前さんも、人間か」

「お国のためならなんでもしますがね、貴方と同じで」

 つらつらと、大きくも小さくもない声が聖堂に響く。
 秋雨の声には確かな疲労が滲んでいた。
 遠呂とは異なり、ただのヒトなのだからそうだろう。しかし、披露してなお秋雨は言葉を紡ぎ続ける。

「私はただのヒトです。羊飼いとしての才能はありません。ですが、やらなければならない。しばらくすればまた動きがあるでしょう。それまでに……夏輝君達をもっと強くしなければ。任せましたよ、遠呂くん」

「へいへい」

 遠呂も秋雨も、同じ目的があった。
 時勢が動こうとしている。いつか来るとはわかっていたけれど、それは間近に迫っている。
 秋雨はそれに安堵していた。
 己が死ぬ前に来てくれたことに。秋雨は遠呂と違って、ただの人間なのだ。短い人間の一生はあっという間に過ぎ去る。
 このチャンスを逃せば、次はない。
 そんな秋雨の心境を知ってか知らずか、遠呂は傲岸不遜に笑って見せた。

「遠呂智(オロチ)に任せておけばいい、そこはな」
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