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EP4 闇に溶ける懺悔3 手よ届け
必死の訴え
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「俺、お前に随分と救われたんだよ。最初は同情で、見ていられなくて声をかけたけど」
「だって、俺に似てたんだ。俺も、エデンでずっとのけ者にされてて、誰も俺の事を気にする人なんていなくて……すごく、寂しかったんだ。同情から始まった関係だったとしても、とても短い時間だったとしても、お前と一緒に過ごした時間は穏やかで、優しくて、温かかったんだ」
「一緒にご飯食べたり、映画を見に行ったり、初めて普通の事が出来た。友達が出来た……。それなのに、俺はお前を復讐に巻き込んだ。死ぬかもしれないのに。死ぬよりも酷い状態にお前をしてしまった。もう一度、お前にちゃんと謝りたい。お前を助けたい。また笑ってほしいんだ」
「俺の我儘だってことはわかってる。俺が招いた種だってことも、わかってる。俺の方が薬を飲めばよかったなんて言ったところで時は戻らないことだって、わかってるっ!」
本音を言えば。
本音を言えば、シイナの代わりに死んでしまいたい。
けれど、そんな弱音を今吐くわけにはいかなかった。
「シイナ、頼む、戻って来て。一緒に暮らそう、もう勅使河原はいないんだ」
それは、レイの願いだった。
シイナもきっと、同じことを願っていた。だからレイを助けようとしてくれた。
どこまでも純粋で、無知だった。
まだ一年も生きていない命だった。
(俺は夏輝やラテアみたいに特別じゃないし、カヴロの姉御みたいに強くもない。でも……でも……)
精一杯翼をはためかせ、レイはシイナに向かって手を伸ばした。
夏輝達からは少し離れたせいで、もう彼らの声は聞こえない。
シイナの言葉を通訳しても貰えない。
人生はいつだってうまくいかない。生まれてからうまくいったことなんてない。
でも、今だけは。今回だけは。
「シイナぁああぁあぁああっ!」
数メートル、一メートル。あとほんの少し!
シイナの顔が見える。泥に覆われた巨大な狐の頭部。瞳には光が灯っておらず、打ちのめされそうになる。
昏い眼窩がレイを見つめる。
確かにその目が捕えた。
泥に覆われた口が大きく裂けて開かれた。
歯は獣のものではなく、人間のもの。
悍ましい姿だと思うものが多いだろうが、レイはそうは思わなかった。
シイナに対してそんなことを思うはずがなかった。
『れ、い?』
口が動く。
声はない。けれど口の動きをレイは見逃さなかった。
「シイナ!そうだ、俺だよ!」
はっきりとレイの耳にも聞こえた。
泡が吐き出されるごぼごぼという音にかき消されそうな小さくか細い声。
今にも消えてしまいそうな蠟燭の火のようだった。
『れい……れい、いきてる?』
「生きてるよ、お前のおかげで助かったんだ。今度は俺がお前を助ける番だ。しっかり正気を保て、お前はお前だ……泥なんかに飲まれちゃだめだよっ」
『よか、った』
レイが生きていることを視認し、シイナがフっと目を細める。
ほんの少し、瞳に光が灯る。
身体が重い。魂が恐ろしさに震える。
全身が近づくなと警鐘を鳴らす。
それらを全て無視し、レイはシイナへとはばたき腕を伸ばす。
シイナの意識が覚醒したからだろうか、シイナもまたレイへ向かって腕を伸ばす。
しかし、腕が伸びきる前に再び引っ込めてしまう。
「どうしてっ!来いよシイナ!」
レイが叫ぶ。しかし、シイナは首を横に振った。
『駄目、触ったら、行ったら……レイが死んじゃう。俺、わかる、これ駄目。たくさんのどろどろ、消えたがってる。だから、生きているヒトをみんな消しちゃう……』
「だって、俺に似てたんだ。俺も、エデンでずっとのけ者にされてて、誰も俺の事を気にする人なんていなくて……すごく、寂しかったんだ。同情から始まった関係だったとしても、とても短い時間だったとしても、お前と一緒に過ごした時間は穏やかで、優しくて、温かかったんだ」
「一緒にご飯食べたり、映画を見に行ったり、初めて普通の事が出来た。友達が出来た……。それなのに、俺はお前を復讐に巻き込んだ。死ぬかもしれないのに。死ぬよりも酷い状態にお前をしてしまった。もう一度、お前にちゃんと謝りたい。お前を助けたい。また笑ってほしいんだ」
「俺の我儘だってことはわかってる。俺が招いた種だってことも、わかってる。俺の方が薬を飲めばよかったなんて言ったところで時は戻らないことだって、わかってるっ!」
本音を言えば。
本音を言えば、シイナの代わりに死んでしまいたい。
けれど、そんな弱音を今吐くわけにはいかなかった。
「シイナ、頼む、戻って来て。一緒に暮らそう、もう勅使河原はいないんだ」
それは、レイの願いだった。
シイナもきっと、同じことを願っていた。だからレイを助けようとしてくれた。
どこまでも純粋で、無知だった。
まだ一年も生きていない命だった。
(俺は夏輝やラテアみたいに特別じゃないし、カヴロの姉御みたいに強くもない。でも……でも……)
精一杯翼をはためかせ、レイはシイナに向かって手を伸ばした。
夏輝達からは少し離れたせいで、もう彼らの声は聞こえない。
シイナの言葉を通訳しても貰えない。
人生はいつだってうまくいかない。生まれてからうまくいったことなんてない。
でも、今だけは。今回だけは。
「シイナぁああぁあぁああっ!」
数メートル、一メートル。あとほんの少し!
シイナの顔が見える。泥に覆われた巨大な狐の頭部。瞳には光が灯っておらず、打ちのめされそうになる。
昏い眼窩がレイを見つめる。
確かにその目が捕えた。
泥に覆われた口が大きく裂けて開かれた。
歯は獣のものではなく、人間のもの。
悍ましい姿だと思うものが多いだろうが、レイはそうは思わなかった。
シイナに対してそんなことを思うはずがなかった。
『れ、い?』
口が動く。
声はない。けれど口の動きをレイは見逃さなかった。
「シイナ!そうだ、俺だよ!」
はっきりとレイの耳にも聞こえた。
泡が吐き出されるごぼごぼという音にかき消されそうな小さくか細い声。
今にも消えてしまいそうな蠟燭の火のようだった。
『れい……れい、いきてる?』
「生きてるよ、お前のおかげで助かったんだ。今度は俺がお前を助ける番だ。しっかり正気を保て、お前はお前だ……泥なんかに飲まれちゃだめだよっ」
『よか、った』
レイが生きていることを視認し、シイナがフっと目を細める。
ほんの少し、瞳に光が灯る。
身体が重い。魂が恐ろしさに震える。
全身が近づくなと警鐘を鳴らす。
それらを全て無視し、レイはシイナへとはばたき腕を伸ばす。
シイナの意識が覚醒したからだろうか、シイナもまたレイへ向かって腕を伸ばす。
しかし、腕が伸びきる前に再び引っ込めてしまう。
「どうしてっ!来いよシイナ!」
レイが叫ぶ。しかし、シイナは首を横に振った。
『駄目、触ったら、行ったら……レイが死んじゃう。俺、わかる、これ駄目。たくさんのどろどろ、消えたがってる。だから、生きているヒトをみんな消しちゃう……』
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