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EP4 闇に溶ける懺悔2 黒間市防衛戦線
回想
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「れい……れい……」
思考が纏まらない。
何もかもを忘れていく。
たった一つの事以外を忘れていく。
だって、他のことはどうでもいいから。
いや、どうでもいいのではない。
(全部、嫌い……れい、れいだけが助けてくれた……いらない、ぜんぶ、ぜんぶ、ほかはいらない……れいにひどいことするやつ、全部)
何もかもが憎い。
レイ以外が憎い。
レイだけは、シイナに手を差し伸べてくれた。
一人の隣人、友人として認めてくれた。
レイがシイナを助けてくれたように、シイナもレイを助けたかった。
(ぜんぶ、こわして……ころして……ほろぼして……れいいがい、ぜんぶ)
(そうすればきっと、れいはたすかるんだ)
空が泥に覆われていく。
禍々しい、光を一切通さぬ漆黒の泥に。
カフェ朱鷺から、八潮は空を見上げていた。
今日は誰も来ないだろう。街にいる多くの一般的な地球人は今、眠りについている。
結界が壊されるか、もしくは結界を張った者たちが自ら解くか―。二つに一つだ。
誰もいないカフェ。
普段は賑やかで、人も笑顔も絶えない店内は、今は八潮を除いで誰一人いない。
八潮はカフェにいつも通りに起き、いつも通りに店の前を掃除し、店を開いた。
誰も来ないと、わかっていながら。
「……懐かしい光景ですね」
暗い空を見てぽつりと呟く。
「前よりはずっと、マシな気がしますが」
目を閉じ、過去に想いを馳せる。
青い空、白い雲。かけがえのない人、友人たち。
そして、迫りくる脅威。
筆舌しつくしがたい絶望と共に、それは溢れ出てきた。
絶望に感化された人々は、皆想いを一つにした。
『こんなにつらくて苦しい世界で生きていても無駄だ。明日はきっともっと悪くなる。それなら、苦しまずに消えて死にたい、滅びたい』
苦しく辛い思い出でもあり、かけがえのない黄金の日々の思い出でもあった。
甘く苦い、コーヒーのような味。
産毛すらも逆立つようなこの悍ましい感覚によって、長く忘れていたことを思い出していた。
店の裏庭に出る。
花壇には春の花々が咲き誇り、祠には供え物がされていた。
毎日、毎朝のルーティン。
これを八潮が欠かしたことは一日たりともなかった。
祠の前で膝をつく。
神などどうでもよかったし、信仰心など微塵もなかった。
けれど、信じるものはあった。
「……朱鷺、きっと今も君はあの子たちの事を見ているんだろう。始まってしまった以上は、終わりに向けて歩き出さなければならない……。わかってはいたが、始まらなければよかったのにと、思わずにはいられないんだ」
まるで生きている相手に語り掛けるように、八潮は語る。
誰も見ていないから。知らないから。
こっそりと、秘密を吐露するように、懺悔するように祠へ向けて話しかけていた。
そんな八潮をあざ笑うかのように、カフェの周囲に空から汚泥の泡が漂ってくる。
泡は様々な魔物、動物の形をとって地に降り立つ。
獣が触れた箇所は腐り、どろどろに溶けていく。
まるで存在そのものが毒、病原菌であるかのように。
「……やることをやらなければならないな」
接近に気づかないわけもない。
八潮は立ち上がり、音もなく駆け、裏庭に侵入して来ようとする化け物たちへと向き直る。
「庭を穢すことは絶対に許さない。……勿論、それ以外も。もともと滅びたいのだから、黙って消え去れ」
思考が纏まらない。
何もかもを忘れていく。
たった一つの事以外を忘れていく。
だって、他のことはどうでもいいから。
いや、どうでもいいのではない。
(全部、嫌い……れい、れいだけが助けてくれた……いらない、ぜんぶ、ぜんぶ、ほかはいらない……れいにひどいことするやつ、全部)
何もかもが憎い。
レイ以外が憎い。
レイだけは、シイナに手を差し伸べてくれた。
一人の隣人、友人として認めてくれた。
レイがシイナを助けてくれたように、シイナもレイを助けたかった。
(ぜんぶ、こわして……ころして……ほろぼして……れいいがい、ぜんぶ)
(そうすればきっと、れいはたすかるんだ)
空が泥に覆われていく。
禍々しい、光を一切通さぬ漆黒の泥に。
カフェ朱鷺から、八潮は空を見上げていた。
今日は誰も来ないだろう。街にいる多くの一般的な地球人は今、眠りについている。
結界が壊されるか、もしくは結界を張った者たちが自ら解くか―。二つに一つだ。
誰もいないカフェ。
普段は賑やかで、人も笑顔も絶えない店内は、今は八潮を除いで誰一人いない。
八潮はカフェにいつも通りに起き、いつも通りに店の前を掃除し、店を開いた。
誰も来ないと、わかっていながら。
「……懐かしい光景ですね」
暗い空を見てぽつりと呟く。
「前よりはずっと、マシな気がしますが」
目を閉じ、過去に想いを馳せる。
青い空、白い雲。かけがえのない人、友人たち。
そして、迫りくる脅威。
筆舌しつくしがたい絶望と共に、それは溢れ出てきた。
絶望に感化された人々は、皆想いを一つにした。
『こんなにつらくて苦しい世界で生きていても無駄だ。明日はきっともっと悪くなる。それなら、苦しまずに消えて死にたい、滅びたい』
苦しく辛い思い出でもあり、かけがえのない黄金の日々の思い出でもあった。
甘く苦い、コーヒーのような味。
産毛すらも逆立つようなこの悍ましい感覚によって、長く忘れていたことを思い出していた。
店の裏庭に出る。
花壇には春の花々が咲き誇り、祠には供え物がされていた。
毎日、毎朝のルーティン。
これを八潮が欠かしたことは一日たりともなかった。
祠の前で膝をつく。
神などどうでもよかったし、信仰心など微塵もなかった。
けれど、信じるものはあった。
「……朱鷺、きっと今も君はあの子たちの事を見ているんだろう。始まってしまった以上は、終わりに向けて歩き出さなければならない……。わかってはいたが、始まらなければよかったのにと、思わずにはいられないんだ」
まるで生きている相手に語り掛けるように、八潮は語る。
誰も見ていないから。知らないから。
こっそりと、秘密を吐露するように、懺悔するように祠へ向けて話しかけていた。
そんな八潮をあざ笑うかのように、カフェの周囲に空から汚泥の泡が漂ってくる。
泡は様々な魔物、動物の形をとって地に降り立つ。
獣が触れた箇所は腐り、どろどろに溶けていく。
まるで存在そのものが毒、病原菌であるかのように。
「……やることをやらなければならないな」
接近に気づかないわけもない。
八潮は立ち上がり、音もなく駆け、裏庭に侵入して来ようとする化け物たちへと向き直る。
「庭を穢すことは絶対に許さない。……勿論、それ以外も。もともと滅びたいのだから、黙って消え去れ」
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