青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

文字の大きさ
上 下
272 / 334
EP3 復讐の黄金比9 汚染

狂乱

しおりを挟む
「まったく、使いっぱしりにしてくれちゃってさ。やんなっちゃうよ」

「まあまあ兄さん、そう言わずに」

 無限に沸いてくる悍ましい魔物たち。
 そのどれもが全て元地球人であることは容易に想像できた。
 だからと言って容赦も、憐憫も抱くつもりはなく、朝陽は猟犬達に命じて無慈悲に魔物たちを蹴散らし続けていた。
 月夜もそんな兄と猟犬達のサポートへと回り、順調に戦い続ける。
 病院内という限られた空間であっても、徒手空拳で堅実な戦い方をする月夜と、狭い場所でもパフォーマンスをフルで発揮できる猟犬を選べばいい朝陽であれば問題なく対処できる。
 窓から見える街の光景は限られたもので、街が今どうなっているのかはスマホを通しての状況報告のみだ。
 ただし、街の守護を担当している遠呂はまめに連絡を行わないタイプであり、現状何の連絡もない。
 故に街の様子はわからない。
 ただ、遠呂に限って滅多なことは怒らないだろうという信頼が双子にはあった。
 現在、双子は夏輝からの連絡を受け、勅使河原の確保に動いていた。
 
「それにしても地下から爆音がしてたし、地響きがすごかったね」

「病院ごと崩れるかと思ったってえの」

 勅使河原が無力化されたということは、もうこの仕事も残るは後始末というわけだ。
 地下へと遠呂から知らされていたエレベーター……の、穴を使って降りる。
 通路も適当にぶち抜いて進み、勅使河原のいる部屋を目指す。
 ちらほらと魔物がいたりはしたが、障害にもならない程度。

「ん?兄さん、何か聞こえない?」

「聞こえるって、何が?」

「話し声」

 不意に月夜が立ち止まり、耳を澄ませる。
 月夜の言葉に朝陽も同じくすると、少し先から確かに声が聞こえてきた。

「のむ、な、しいなっ……!のんじゃ、だめだ。おまえが、おまえが」

「レイを、助けてね」

 聞き覚えのある声に、朝陽の眉間に皺が寄る。
 
「勅使河原を回収に来た……?急ぐよ月夜!」

 朝陽が言葉と共に駆け出す。
 月夜も頷き、それに続く。
 程なくして扉が破壊された部屋の前へとたどり着く。
 部屋の中は扉がないため当然よく見える。
 まず、見えるのは部屋を埋め尽くさんばかりの黒いどろどろとした液体。
 次に、液体に縋りつこうとするレイ。
 そして。

「何故、何故、なぜなぜなぜ!?こんな、まさか、どうして?わしはこんなものを作ったんじゃなぁ”」

 違う違うと、聞き分けのない幼子のように頭を振り乱す勅使河原。
 液体に飲み込まれていくのもお構いなしに、違う違うと言い続けていた。
 明らかに正気を失っていた。
 
「兄さん、これは……いったい何が」
 
 泥はどんどん体積を増しているように思える。
 思わず立ち尽くす月夜。
 
「チッ……このままじゃ多分ここも飲まれるのか?わっかんないな……!情報源……お前ら、勅使河原とあの子供を確保しろっ!」

 朝陽が叫び、タクトを振り下ろす。
 瞬間、朝陽の影から二匹の獣が姿を現した。
 俊敏に駆け、今もなお膨張し続ける汚泥へと突進していく。

『れ、い、ヲ、タス、け』

 ぐわんぐわんと、空洞で反響するがごとく声が響く。

「ちがう、ちがう、ちがう、ちがうっ!」

「しい、な、しいな……やだ、しいな、シイナっ!」

 叫ぶ勅使河原、泣きわめき縋るレイ。
 レイの指先が液体に触れる。
 触れた箇所は腐食し、その場で腐り落ちていく。

「……反対の効果になったって、そういえば」

「そうだろうね、あれがそうなんだろう!俺達も触ったら腐る!あいつらを回収して一旦引くよ」

 猟犬達はあとほんの数秒でたどり着く。
 しかし。

『ウソ、つ、キ』

 汚泥がぽつりと呟く。

『ウソツキィイぃいィいっ!』

 轟音。汚泥が飛び散り、触腕を伸ばし、勅使河原を上からたたき潰した。
 肉が潰れる音はしない。
 ただ、ぐずぐずと肉が解けて崩れ去った。
 勅使河原を確保するはずだった方の猟犬も巻き込まれ、悲鳴すらなく消え去った。
 幸いにも、レイは無事であり、生き残った方の猟犬はレイの首根っこを咥えて戻ってくる。

『れい、れい、レイっ!あ、ァあ”ぁ”あ”』

「シイナ、シイナっ!っがほ、げほ、はな、せっ!」

 汚泥の絶叫と共に質量が爆発。
 濁流となって朝陽と月夜を襲う。

「いいから、大人しくしろっ!あれに巻き込まれたら絶対に死ぬんだぞ!」

「死んでもいい、おれのせい、で、シイナはああなったんだっ!俺が、俺が、弱くて、あいつを、巻き込んだから……ァア、あ……」

 あまりにも煩いので、朝陽は思い切り後頭部をぶっ叩く。
 がくんっと身体が痙攣をおこし、そのまま動かなくなる。

「どうしてこんなことになったんだよっ!なんなんだよ、あの薬はっ!治療しつつ追従しろ」

 影から現れる美しい小鳥の姿をした猟犬。
 流石にやりすぎてほぼ死に体だったため、猟犬に治療を命じる。
 とにかく地上まで逃げ延びなければ。
 
「……わからない。ただ、そもそも生物を進化させる薬だったんだから逆なら退化させるか、死ぬ薬なんじゃないのかな」

「死ぬどころかなんか進化してるよ……!くそっ、なんだってんだ」

 ただ無心に走り続ける。それが最善だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

オムツの取れない兄は妹に

rei
大衆娯楽
おねしょをしてしまった主人公の小倉莉緒が妹の瑞希におむつを当てられ、幼稚園に再入園させられてしまう恥辱作品。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった

なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。 ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...