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EP3 復讐の黄金比8 錆びついた復讐
姉妹
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扉の方には夏輝とラテアが立っていた。
(無事だったか。よかった……。だがあれはラテアじゃない、か?グリーゾスか)
未だ気を抜ける状況ではない。
竜は訝し気にラテア、基グリーゾスを睨む。
グリーゾスは一切臆さず、つかつかと竜の元へと歩いていく。
「お姉さま!わたくしです、グリーゾスです!マナを見ればわかるでしょう?」
初めは訝し気に睨んでいた竜だったが、グリーゾスの呼びかけに眉根を潜めてから、大きく目を見開く。
それから先程までの殺意は消え失せ、代わりに迷いが表情として浮かび上がる。
「そんな、まさか……妹は、グリーゾスは死んで……そもそもなんでそんな、狐の獣人に」
「今のわたくしは、ラテアさんの好意で存在できているだけの、グリーゾスの残滓にすぎませんわ」
先程までの威風堂々たる立ち振る舞いはどこに行ったのか、というほどカタマヴロスは狼狽えていた。
立っていられず、そのまま瑞雪は蹲る。
トツカも隣に座り込み、行儀悪く胡坐をかいた。お互いに限界だった。
「瑞雪さん、トツカ!大丈夫?生きてる!?」
「見れば、わかるだろう……。生きてはいる。致命傷もギリギリ貰っていない」
実際には貰いかけて無理やり塞いだだけだが。
トツカは腹からはみ出たモツを戻す作業に勤しんでいる。
「火傷が酷い……。腕が炭化しかけてます。内臓もはみ出て……」
「生きてるだけマシだ。治癒魔法で治る。それよりラテアを取り戻してきたんだろう。それでこっちも報われたってもんだ」
瑞雪とトツカの怪我の具合を確認すると、夏輝は酷く具合の悪そうな顔をした。
「勅使河原は?」
「こっちに急がないとまずいと思ったので、風で押さえつけた上で月夜さんたちに連絡しました」
その報告にホっとする。
これで大方の事はカタがつくだろう。
失われたものは戻ってこないとしても、これ以上の被害は防げるはずだ。
「なんでっ……お前はじゃあ、今、どうなって」
「わたくしは、もうすでに死んでいます。確かに、結果的にグリーゾスという肉体に死を与えたのは彼等です。ですが、その前からわたくしの心はとっくに死んでいたのです。わたくしを壊したのは、彼等ではない。この施設の主である勅使河原という男です。わたくしは、勅使河原によって壊されました。狂い、何の罪もない人々に手をかける悍ましい悪竜となり果てていたのです。それを、彼等は命がけで止めてくれたのです」
グリーゾスははっきりと言い切った。
「彼等は、わたくしの魂を、尊厳を救ってくださったのです」
「……」
長い沈黙。
竜はまず眉間に深い皺をよせ、殺意のこもった目で瑞雪と夏輝を睨んだ。
それから何度か口を開き、閉じ、拳を握り締める。
不安定なマナが集まっては霧散する。
「そんなの、いきなり言われて、信じろってのか!?」
「お姉さま、この施設内をちゃんと見て回れば聡明なお姉さまならわたくしの言っていることが本当であることがすぐにわかると思いますわ」
「くそっ」
カタマヴロスは行き場のない感情を拳にのせ、壁を殴る。
瑞雪達にかける言葉は一つもない。
この場で口を開くことを許されているのは、竜の姉妹だけだった。
「なら、俺はなんのために地球に来たんだ……?この憎悪も、憤怒も、どこにぶつければいい?地球人を皆殺しにすればいいのか?」
「……誇り高いお姉さまならわかっているはずですわ。わたくしは本物の、生きていた頃のグリーゾスではありませんけれど……お姉さまの事はよく存じ上げておりますもの」
甘く優しい言葉の一つも、グリーゾスはカタマヴロスに投げなかった。
彼女は、カタマヴロスに強く誇り高い竜で居続けることを望んでいた。
「すぐに、それを、受け入れられない。俺には、無理だ。お前たちの事は、殺さない。でも、無理だ」
よろよろと、彼女は一歩、また一歩と後ずさる。
誇り高き竜ではなく、一人の家族を失った女だった。
そのまま踵を返し、歩き去る。
入れ替わるようにロセ達が入ってきた。
その瞬間、瑞雪は恨めし気にアレウを睨んだが、アレウは全く悪びれずどこ吹く風と言った様子だった。
上位種族にねちねちと嫌味を言ったところで、何の効力もないのだろう。
「今治療するから」
一方のロセはと言えば、自分のせいで二人が竜と戦う羽目になったと自覚しているのだろう。
いつもなら叩く軽口をたたかず、二人の元に駆け寄って手当を始めた。
手のひらにマナが集まり、温かな光へと変換される。
注ぎ込まれる生命力で傷が急速に塞がっていく、瑞雪はここでやっと詰めていた息を吐いた。
「……俺の生命力を使って治癒しないのか」
「まあ、僕のせいだしね。淫魔は生命力だけは高いから気にしないでいいよ。連続で四肢捥がれながら再生を続けるとか荒業しなければそう尽きたりはしないから」
「そうか」
ロセがそう言っているのなら、そうなのだろう。
どうせ本当に無理を通すようなことがあれば、アレウが止めるだろう。
「……!そろそろラテアさんが目を覚ましそうなのでわたくしは引っ込みますわね。お姉さまと対話の機会を与えてくださり感謝します。夏輝さん」
「お礼を言うのはこっちだよ、グリーゾス。本当に……ありがとう」
頭が上がらないのは夏輝の方だった。
かしこまる夏輝にグリーゾスは微笑み、そしてフっとラテアの身体から力が抜け、目が閉じられる。
夏輝は慌てて抱き留め、そのままへたりこんだ。
長い長い夜が終わった。
……終わった、はずだった。
(無事だったか。よかった……。だがあれはラテアじゃない、か?グリーゾスか)
未だ気を抜ける状況ではない。
竜は訝し気にラテア、基グリーゾスを睨む。
グリーゾスは一切臆さず、つかつかと竜の元へと歩いていく。
「お姉さま!わたくしです、グリーゾスです!マナを見ればわかるでしょう?」
初めは訝し気に睨んでいた竜だったが、グリーゾスの呼びかけに眉根を潜めてから、大きく目を見開く。
それから先程までの殺意は消え失せ、代わりに迷いが表情として浮かび上がる。
「そんな、まさか……妹は、グリーゾスは死んで……そもそもなんでそんな、狐の獣人に」
「今のわたくしは、ラテアさんの好意で存在できているだけの、グリーゾスの残滓にすぎませんわ」
先程までの威風堂々たる立ち振る舞いはどこに行ったのか、というほどカタマヴロスは狼狽えていた。
立っていられず、そのまま瑞雪は蹲る。
トツカも隣に座り込み、行儀悪く胡坐をかいた。お互いに限界だった。
「瑞雪さん、トツカ!大丈夫?生きてる!?」
「見れば、わかるだろう……。生きてはいる。致命傷もギリギリ貰っていない」
実際には貰いかけて無理やり塞いだだけだが。
トツカは腹からはみ出たモツを戻す作業に勤しんでいる。
「火傷が酷い……。腕が炭化しかけてます。内臓もはみ出て……」
「生きてるだけマシだ。治癒魔法で治る。それよりラテアを取り戻してきたんだろう。それでこっちも報われたってもんだ」
瑞雪とトツカの怪我の具合を確認すると、夏輝は酷く具合の悪そうな顔をした。
「勅使河原は?」
「こっちに急がないとまずいと思ったので、風で押さえつけた上で月夜さんたちに連絡しました」
その報告にホっとする。
これで大方の事はカタがつくだろう。
失われたものは戻ってこないとしても、これ以上の被害は防げるはずだ。
「なんでっ……お前はじゃあ、今、どうなって」
「わたくしは、もうすでに死んでいます。確かに、結果的にグリーゾスという肉体に死を与えたのは彼等です。ですが、その前からわたくしの心はとっくに死んでいたのです。わたくしを壊したのは、彼等ではない。この施設の主である勅使河原という男です。わたくしは、勅使河原によって壊されました。狂い、何の罪もない人々に手をかける悍ましい悪竜となり果てていたのです。それを、彼等は命がけで止めてくれたのです」
グリーゾスははっきりと言い切った。
「彼等は、わたくしの魂を、尊厳を救ってくださったのです」
「……」
長い沈黙。
竜はまず眉間に深い皺をよせ、殺意のこもった目で瑞雪と夏輝を睨んだ。
それから何度か口を開き、閉じ、拳を握り締める。
不安定なマナが集まっては霧散する。
「そんなの、いきなり言われて、信じろってのか!?」
「お姉さま、この施設内をちゃんと見て回れば聡明なお姉さまならわたくしの言っていることが本当であることがすぐにわかると思いますわ」
「くそっ」
カタマヴロスは行き場のない感情を拳にのせ、壁を殴る。
瑞雪達にかける言葉は一つもない。
この場で口を開くことを許されているのは、竜の姉妹だけだった。
「なら、俺はなんのために地球に来たんだ……?この憎悪も、憤怒も、どこにぶつければいい?地球人を皆殺しにすればいいのか?」
「……誇り高いお姉さまならわかっているはずですわ。わたくしは本物の、生きていた頃のグリーゾスではありませんけれど……お姉さまの事はよく存じ上げておりますもの」
甘く優しい言葉の一つも、グリーゾスはカタマヴロスに投げなかった。
彼女は、カタマヴロスに強く誇り高い竜で居続けることを望んでいた。
「すぐに、それを、受け入れられない。俺には、無理だ。お前たちの事は、殺さない。でも、無理だ」
よろよろと、彼女は一歩、また一歩と後ずさる。
誇り高き竜ではなく、一人の家族を失った女だった。
そのまま踵を返し、歩き去る。
入れ替わるようにロセ達が入ってきた。
その瞬間、瑞雪は恨めし気にアレウを睨んだが、アレウは全く悪びれずどこ吹く風と言った様子だった。
上位種族にねちねちと嫌味を言ったところで、何の効力もないのだろう。
「今治療するから」
一方のロセはと言えば、自分のせいで二人が竜と戦う羽目になったと自覚しているのだろう。
いつもなら叩く軽口をたたかず、二人の元に駆け寄って手当を始めた。
手のひらにマナが集まり、温かな光へと変換される。
注ぎ込まれる生命力で傷が急速に塞がっていく、瑞雪はここでやっと詰めていた息を吐いた。
「……俺の生命力を使って治癒しないのか」
「まあ、僕のせいだしね。淫魔は生命力だけは高いから気にしないでいいよ。連続で四肢捥がれながら再生を続けるとか荒業しなければそう尽きたりはしないから」
「そうか」
ロセがそう言っているのなら、そうなのだろう。
どうせ本当に無理を通すようなことがあれば、アレウが止めるだろう。
「……!そろそろラテアさんが目を覚ましそうなのでわたくしは引っ込みますわね。お姉さまと対話の機会を与えてくださり感謝します。夏輝さん」
「お礼を言うのはこっちだよ、グリーゾス。本当に……ありがとう」
頭が上がらないのは夏輝の方だった。
かしこまる夏輝にグリーゾスは微笑み、そしてフっとラテアの身体から力が抜け、目が閉じられる。
夏輝は慌てて抱き留め、そのままへたりこんだ。
長い長い夜が終わった。
……終わった、はずだった。
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