青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比8 錆びついた復讐

形見

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「憎い気持ちも、仕方ないけど……!諸悪の根源を助ける形になってるよっ!」

 膨張していく肉は膨れ上がれば膨れ上がるほどその醜悪さ、悍ましさを増していた。
 目玉がぎょろぎょろと蠢き、ぷしゅ、ぷしゅ、と口からは穢れた吐き気を催す腐臭の息が噴き出す。
 一瞬でも気を抜けば、吐き気と共に心臓がまろびでそうなほどの悪臭。
 再び地面へと降り、肉を踏みつけながら部屋の中を縦横無尽に駆け回る。
 足を止めれば最後、肉に飲み込まれることは必至だった。
 
「っぐ、ぅ!?」

 そんな中、肉が緩くぬかるむ。
 足が深く肉に沈み込み、身動きが取れなくなる。
 
「くそ、風の刃っ!」

 肉の海から何とか逃れようと、夏輝は藻掻き風の刃を叩きこむ。
 しかし、最早固形ではなく流体だった。
 どろどろに肉は溶けて固形部分と混ざりあっているのだ。

「づが、マえ、だァア”」

 げらげらと、無数の顔は口から血肉を零しながら嗤う。
 しまったと思っても遅かった。風の刃を叩きこまれても吸い込まれるばかりで何の効果もないように思えた。
 光の刃も、突風による圧も、囚われてからでは効果が薄い。
 
「引き、こまれ……っがぼ、ぐ」

 肉の中へと引きずり込まれる。呼吸が出来ず、目を見開く。
 肉の海にはたくさんの人間だったものが浮かんでいた。
 それは人のなれの果て、残骸。
 悍ましき人間で出来た海だった。

『解析出来たわ……!この肉たちの在り方は、アンデッド族そのものよ。不浄なるもの、穢れた魂が感知されてるの!』

「っがほ、アンデッド族の、弱点は……!?」

 詳しいだろうロセがこの場にはいない。
 知識のない夏輝にはトロンに頼る以外の術がなかった。

『聖なる力!浄化の力とか、そういう類の魔法よ!……地球人って汎用性の高い魔法を好む傾向にあるからピンポイントで効果のある魔法を習得している人ってほとんどいないんだけど……』

 夏輝だって習得しているわけもない。
 そんなことはトロンだってわかっている。だから酷く焦って、声音が裏返っていた。
 このままでは溺れ死に、肺どころか全身にこの穢れた肉が入り込み彼らの一部となるのだろう。
 ラテアを助けられず、戻れず、瑞雪とトツカも死ぬ。

(そんなの嫌だ……!何か、何か手は……)

 必死に考える。考えて、考えて、考え続ける。
 思考を巡らせていると、不意に握りしめた刀の柄がじんわりとぬくもりを持った。
 視線をそちらへ向けると、淡く翡翠色に輝く刀に気づく。

(……八潮さんが言ってたっけ。この刀には、破邪の力があるって。……これが、不浄の呪われた存在になってしまっているのなら。俺が……この刀の力を引き出すことが出来れば……っ!)

 打開策はもうすでに手の内にあったのだ。
 強く柄を握り込み、目を閉じる。
 思い浮かべるのはラテアの事、八潮の事。そして見たこともないはずの『朱鷺』の事だった。
 知るはずのない彼女。けれど、何故だか胸の内に思い浮かぶ。
 美しい黒髪の女性。夏輝の母に似ている。そんな女性がぼんやりと瞼の裏に描かれる。
 艶やかな唇が開かれ、言葉が紡がれる。

『あなたならきっと、出来るよ。大丈夫。だって私とXXの子孫だもの。大切なのは、立ち向かう心。諦めない心。誰しも少なからず持っているものだから』

 こんなもの、ただの幻聴だ。
 そう思うのに、その言葉は何故だか冷えかけた心を温めた。
 まるで真冬に浴びる太陽のように。
 そして、同時に燃え上がらせた。
 真夏の太陽のように。

(俺なら、できる!やれるっ!浄化することが出来れば、少なくともこの肉の山になって苦しみ続けている人の魂は、救える……!)

 息も出来ず、苦しくて力も入らないはずであったが、夏輝は心を、魂を燃え上がらせる。
 使い方などわからない。けれど、本能が使えると言っている。
 ただがむしゃらに、ひたむきに、夏輝は最後の力を振り絞り刀を振りかざす。
 魔法を紡ぐのではなく、この身に流れる血を、何故だか使えるマナを、刀へと注ぎ込む。
 鞘からは相変わらず抜けない。だが、この程度であればどうとでもなる。
 不思議なことに、一切根拠のない自信が今の夏輝には存在した。
 その自信のままに、刀を振り下ろす。
 淡い輝きはより強く美しい光へと変化し、炎と化す。煌炎に照らされた肉塊はじゅうじゅうと音を立てて焼かれていく。
 焼かれた囚われた魂は、激しい炎にも拘らず穏やかな色をしていた。
 気づけば肉は全て焼き消えており、再び曇り一つない分厚いガラス板が視界に入る。
 勅使河原はこちら側の異変に気付かない。
 ガラスへ向かって突進する。
 再び刀を振り上げ、そして。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 怒号と共に一閃。
 刀が振り下ろされるとともに粉々に砕け散った。
 

 
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