青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比5 復讐に駆られる者たち

吸血鬼VS竜

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「俺は狐に用事があるだけだ。てめえなんぞどうでもいいんだが?」

「えらくガラが悪いな。そういきり立つなよ」

 ラテアとロセを逃がし、その道をアレウは仁王立ちでふさいでいた。
 その行為に対し、忌々し気に竜が吐き捨てる。
 女性と言えど、目の前の竜の身体は鍛え上げられており、戦士の体つきをしていた。
 そもそも竜と吸血鬼、どちらが強いかと言えば竜に軍配が上がる。
 もっとも、それは人の姿ではなく本来の竜の姿をとっているときの話だが。

「竜にはならないのか?」

「ならねえよ。なる必要がねェ」

 鼻で嗤う竜。
 吸血鬼であるアレウを前にしてすらこの余裕。
 むしろ、アレウは一切目に入っていないとすら思える。

「随分と余裕だな」

「お前なんぞどうでもいい。今すぐ俺様の前から失せたら見逃してやる。俺は今凄まじく気が立ってる」

 地の底から響くようなドスの効いた声。
 声だけでなく、相手を脅すように膨大な量のマナが溢れ出す。それは最早暴力でしかない。
 並のエデン人ならそれで諦めたり、逃げ出したりしただろう。
 しかし、アレウは違った。
 吸血鬼という竜に並びうる種族である事もそうだが、アレウはもっと『恐ろしいもの』を知っている。
 それに比べれば、目の前の怒り狂った竜など赤子同然でしかなかった。

「だが、俺としてはあいつらが殺されたら困るんだ。ロセも気に入ってるしな」

 同じようにマナを練り上げ対抗する。
 お互い一歩すら動いてはいなかったが、この時点ですでに戦いは始まっている。
 一歩でも動けば殺し合いが始まるのだ。

「なら容赦はしねえが?」

 ぐるる。喉の奥から響く唸り声。
 聞こえた瞬間、竜が目の前から一瞬にして消えた。

「ッ……」

 即座に燃え盛る炎の槍を豊富なマナから創り出し、前へと突きだす。
 刹那、がぎん、という鈍い音と共に竜の拳とアレウの槍が交差する。
 視認できないほどの速度に何とかマナ感知で食らいつく。
 目の前の竜がどうだか知らないが、アレウはそもそもここ最近は戦闘なんて殆どしていなかった。
 槍で竜の攻撃を受け止めつつ、同時に異なる攻撃魔法を詠唱する。
 竜の眼前で闇のエネルギー球が爆発する。
 その威力はコンクリートを深く抉り周囲の建物を吹っ飛ばす程度のもの。
 濛々と土煙が立ち上る。

「効かねえなあ!」

「……これだから竜は」

 土煙が晴れると、無傷の竜が姿を現す。
 竜の周囲に緻密なマナによる結界が展開されていた。
 低位の魔法はこの結界に触れるだけで無効化される。
 アレウの放った魔法は低級のものだ。
 吸血鬼の魔力であるがゆえに完全に無効化はできなかったようだが、それすら竜が切り裂き消し飛ばしたのだ。

(しかも、意図的に結界を張ってるんじゃなくて自動でやってるんだから手に負えねえ。チートだろチート)

 アレウは内心でボヤく。
 傍から見ればお前が言うな状態ではあるが、アレウからしてみれば本気だった。
 
「おらぁ!」

 竜のマナを纏った拳がアレウの腹を狙う。
 動き自体は単調で、真っすぐいってぶっ飛ばすという意図しかない。
 自分に比肩するものなど居るはずがないという傲慢な考えがあけすけに見えた。

「蛮族か何かかよ……!」

 腹に着弾する瞬間、アレウの身体が弾ける。
 決して、竜の攻撃が命中したからではない。
 自らアレウは蝙蝠の群れに身体を変化させ、物理攻撃を無効化したのだ。
 
「めんどくせえな、吸血鬼って!」

「それはお互い様だろ!?」

 蝙蝠の群れは散り散りになり、竜から距離を取った地点に集まり再びアレウへと戻る。
 
(接近戦は相手のが上だな……俺が鈍ってるっていうのは間違いないんだが。正直ここまで舐められてるとムカつくな)

 竜は飛びのき、次のアクションへと移ろうとする。
 それに合わせ、アレウは手を掲げ闇のマナを放出する。
 アレウは吸血鬼だ。
 吸血鬼という種族の特徴として、吸血行為による自らの強化のほかにも一つ特徴がある。

「っ!?なんだ!?動けねえ……!?」

 竜の動きが止まる。
 彼女の身体には赤い糸が気づけば絡みついている。

「吸血鬼と戦ったことがないみたいだな。まあそうか。お互いに上位種族、個体数が少ないからな」

 アレウの手には真っ赤な血が滴っていた。
 それはぱたぱたと地面に落ち、赤い染みを作り上げている。
 吸血鬼のもう一つの能力、それは自身の血液を様々な形に変化させ、扱うことが出来るというものだ。
 エデンの種族には、種族によって多くの固有の力がある。
 淫魔であれば他者を誘惑するフェロモン、獣人であれば優れた五感など様々だ。
 地球に比べてより顕著に種族間の差が顕著なのはこの能力差というものも理由の一つに挙げられるだろう。

(ま、俺はエデンに行ったことなんざないんだがな)

 地球に生きるエデン人達は種族差別に関して大分疎い。
 平和ボケと言われれば、そうかもしれない。
 少なくともここ二百年はアレウは意図的に自身を戦いから遠ざけていた。

「んの、小賢しい真似しやがって!」

 竜は青筋を立て、怒りのままに血の束縛を力づくで引きちぎった。
 しかし、所詮血だ。
 すぐにまた元の形へと戻り、竜をしつこく拘束しようと蠢く。

「あんまり周りに被害を出したくないんでね!お前さんだってそうだろ?」

 ラテアを殺したいというのは本当だろうが、竜は周りを巻き込んでまで殺しに来ていない。
 
「周りに被害を出したところでだ。俺の仇は狐と黒髪のガキ、長いポニーテール男だ。そいつら以外には興味がないし、巻き込むつもりはない。俺は竜だ。竜の誇りを失えば、妹が嘆くだろう。そいつらのことはたまらなく憎いが、他の地球人とそいつらは別の個体だ」

 竜はとても高潔なのだ。
 この一言に尽きる。
 あり方として固定されていると言っても過言ではない。
 高潔でない竜など存在せず、高潔でない竜がいたとしたらそれは最早竜ではないのだ。
 そうとまで言い切れるほどに、竜とはそういう生物。
 アレウですらそれを知っている。

(ま、だから足止めが成立するんだが。ロセの事は心配だが……あいつはなんだかんだうまく逃げおおせるだろう)

 もとより死力を尽くして殺し合うメリットがアレウにも竜にも存在しない。
 竜はラテアを殺すことが目的であり、アレウにとってはわざわざ命を賭ける程の事ではない。
 ただ、この竜がそこまで思慮深くなく、猪突猛進な質であろうことからかろうじてこの戦いは成り立っているだけだ。

「これ以上邪魔するようなら、本気で行くぜ?」

「竜にならないのに?」

「ならなくたって十分だ」

 このなあなあの、アレウの思い通りの状況に竜が異議を申し立てる。
 口元から火のマナが漏れ、赤々と燃え滾る。
 アレウも炎魔法を扱うが、あの竜とは大分性質が違うように思えた。
 あれはまさに火力を追求した破壊の権化だろう。
 受けずとも、マナの質を読めばアレウ程の吸血鬼であれば容易に理解できた。

「流石にイージーモードで楽させてはくれない、か」

 ここからが本番だろう。
 アレウは身構える。
 
 
 


 
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