青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比4 秘されたモノ

いけ好かない男

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(いつ来ても気が滅入る場所だ)

 一方の瑞雪は研究棟へと足を踏み入れていた。
 K県支部のよりも金も人員も潤沢にあることがすぐにわかる規模。
 瑞雪の理解の及ばない未知なる機器の数々。
 奥まで進む。
 長い通路の奥の突き当りに小さな無人の受付があり、インターホンのみが鎮座していた。
 奥へと続く扉は固く閉ざされている。

「すみません、グレゴリー主任はいますか?冬城瑞雪ですが」

 ボタンを押し、ブーブーと耳障りな機械音が鳴り、用件を吹き込む。
 暫く待つと、扉が開く。
 中から猫背の、明らかに不健康そうなニタニタ笑いの白衣の男が現れた。
 そして瑞雪を値踏みするように、あるいは実験用のマウスでも見るかのように上から下まで舐めるように見てくる。

(不愉快だな)

 瑞雪は彼に会うのは初めてだった。
 そもそも研究棟に用事など基本はない。
 
「ヒヒ、ヒヒッ……あなたがボスのお孫さんですか。お初にお目にかかります、研究主任のグレゴリーと申します。以後お見知りおきを」

 慇懃無礼にグレゴリーは軽く会釈をする。
 しかし、ニタニタ笑いは明らかに瑞雪に対する好奇心を一切隠していない。

「さ、中へどうぞ。私から離れないように。離れたら実験に使ってもいいとボスから言いつかっていますからね。ヒヒッ」

「……実験動物になる趣味はないので」

「賢明な判断です。流石はボスのお孫さんだ。聡明さは受け継いでいらっしゃる」

 触らぬ神に祟りなし。完全に藪蛇だ。
 小さく息をつく。
 グレゴリーは目を細めてから背中を向け、扉を網膜認証で開き中へと入る。
 瑞雪も人間一人分の間をあけて後に続く。

「ここが私の研究室です、ヒヒッ」

 何度か通路を曲がり、扉をくぐり、ようやくグレゴリーの研究室へとたどり着く。
 中はとにかく広く、そして様々な機器が設置されている。
 壁には巨大なガラス管が並べられ、中はごぼごぼと何らかの液体で満たされている。

(中身があるのもあるな……)

 様々な生物がガラス管の中に入っており、気泡が出ている事から生きていることがわかる。
 なんとも悪趣味で、冒涜的だ。
 視線を無理やりにそらし、適当に机か何かに向ける。

「さてさて、遠くて申し訳ない。それで、本日の用件はなんでしたかな?」

「薬物の解析を頼みます」

 懐から厳重に密封した薬品を取り出し、机の上に置く。
 グレゴリーが分厚い眼鏡越しにそれを見る。
 さらに瑞雪はそれに説明を加えると、グレゴリーの眼鏡越しの瞳がぎらりと妖しく輝いた。

「ほうほう、薬物ですか。確認いたしましょう」

 舌なめずりをしながら素早くテーブルの上から奪い取り、機器へと身を寄せ解析を即座に始める。
 手持無沙汰だったが、かといって部屋の中を見て回る気にもなれない。
 どうしたものかと考えあぐねていると不意にグレゴリーが口を開いた。

「そういえば、実験体2905は元気にしていますか?」

「実験体2095?」

 グレゴリーの言葉がわからず、瑞雪は訝し気にグレゴリーを睨む。
 睨みつけてもグレゴリーの態度は変わらない。
 相変わらずへらへらとしたままだ。

「ああ……実験体番号で呼んでいないのですね、なるほど。そういうところはボスに似ていない」

「関係のない話をするつもりはありませんが」

 ため息をつき、対話を拒否しようとする。
 しかし、続いてグレゴリーから出てきたのは瑞雪が全く予想していない単語だった。

「あー……確か個体名をラテアと言いましたか」

「……ラテア?」

「その名前には聞き覚えがあるようですね」

 口元を歪め、グレゴリーはにたぁりと目を細める。
 目論見通り、というような顔に酷く苛立つ。

(そういえばあいつはもともとここの実験体だったか)

 ラテアとの出会いはそもそも、研究所から逃げ出した実験体の捕獲がきっかけだ。
 グレゴリーと面識があっても何らおかしくはない。
 
(とはいえ個体名まで覚えているのは……こいつの人となりを知らんから断定はできないが、普通はわざわざ覚えない……だろう)

 なら、覚えるきっかけ、理由が何かしらあったと考える方が妥当だろう。
 瑞雪は眉根を潜め、ただグレゴリーを睨む。
 そんな瑞雪に対し、グレゴリーは一切機嫌を損ねることなく、勝手に歌うように言葉を紡ぎ続ける。

「2095は珍しい遺伝子を持っておりましてな、よく覚えているのです。と言っても特別な魔法が使えるだとか、潜在能力があるだとかそういうものではありませんがね。毛並みが非常に珍しい獣人だったのです」

 聞いているだけで不快になる語り口。
 グレゴリーは瑞雪を一切気にせず、考慮しない。
 カタカタと何かキーボードに一心不乱に打ち込みつつ、囀り続ける。

「私は様々な生物の遺伝子を研究しています。勿論、他にもボスから頼まれますからそちらが優先ですがね……ヒヒッ。まあようするに、私の心は常に生物の遺伝子の研究に惹かれているのです。私は、私の考えた最強最高の生物を、命を自ら創り出したいのです」

 悍ましい宣言。
 
(気色わりぃ……)

 決して命をなんだと思っているだとか、冒涜だとか、瑞雪が言える立場ではない。
 その目は血走り、それでいてここではないどこかをうっとりと見つめている。
 背筋がぞわりとし、全身の産毛が総毛だつ。
 ただただ悍ましい。この一言に尽きた。

「2095は私のお気に入りでした。様々な実験を行いました。彼の遺伝子を採取し、多くの生物と掛け合わせました。けれど、劣性遺伝なのでしょうねえ。あの美しい光の当たったときの色を再現することは今日までできておりません。実に口惜しい。そうだ、坊ちゃま。2095をこちらに返していただけませんか?私はまだまだあれで実験したいことがたくさんあるのですよ。ボスにバレる前にね」

 ニタニタと、猫なで声でグレゴリーは一切の躊躇なく瑞雪に媚びてくる。

「断ります」

 当然、瑞雪ははっきりと即座に断る。
 たとえ薬の解析を手のひらを返され断られたとしても、了承する気は一切ない。
 腕を組み、グレゴリーを睨む。
 彼はこちらを見向きもしない。

「ヒヒッ……それは実に残念。案外聞いているよりも情に厚いお方なのですかな?」

「お好きに解釈してください」

「実に残念です」

 心底残念そうな、名残惜しそうな口調はまるで別れ際の恋人を想うかのよう。
 反吐が出る。

(そういえば)

 ふと、瑞雪はこの男ならば共鳴現象について何か存じているのではないかと思い至る。
 ラテアに実験を課していたのならば。
 グレゴリーと話すことは基本的には叶わない。
 國雪の気が向いたから面会できただけだ。
 勅使河原がラテアを狙う理由の手掛かりが、何か掴めるかもしれない。
 瑞雪はそう考えた。

「……共鳴現象をラテアが度々起こしている。本来、ほぼ自然発生はない現象だ。何か、心当たりは?」

 その言葉にグレゴリーは動きを止め、瑞雪の方を初めてきちんと見やった。
 表情は悪意に満ちており、それでいてうっとりと恍惚に浸っていた。

「ああ、起こしているのですね、ヒヒッ。それはそうです、そうですとも。何せ彼は死んでいるのですから」





 
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