青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比4 秘されたモノ

緊急事態

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「秋雨、いるか?」

 真昼間の執務室。
 この時間、秋雨は聖堂にはおらず……というより基本誰かを呼びつけるとき以外は聖堂に秋雨がいることはない。
 形式的なものであり、祈ったことなど一度もない。
 そして執務室に入ってくる人間は双子か瑞雪、遠呂くらいしかいない。
 
「どうされましたか?遠呂。知り合いに会いに行くと言っていましたが。ついでに仕事をサボるつもりなのかと」

 秋雨は部屋で山のように積まれた書類と格闘を繰り広げていた。
 いくら仕事をしても山と積まれるこの書類に一体何の意味があるのか。
 遠呂は行儀悪くそんなデスクにわざわざ腰掛けた。

「事態が変わった。緊急事態だ」

 いつになく真剣な様子の遠呂に秋雨は手を止め、彼の顔を見やる。
 普段の糸目のにやけた顔は鳴りを潜めている。
 眉根を潜め、厳しい顔つき。
 緊急事態、という言葉を遠呂はそうそう使わない。

「まずは一体何があったのかを聞きましょうか。お茶でも淹れましょうか?」

「いらん」

 ぴしゃりと一蹴する遠呂。
 明らかに声には不機嫌さが滲み出ており、秋雨はため息をつく。
 遠呂はそんな秋雨を気にした様子もなく、空いた椅子に乱暴に腰掛けた。

「勅使河原の研究が完成間近だと。で、それでも面倒なのにさらに國雪が何か仕込んだらしい」

「それは、どこ情報で?」

「……」

 冷静に秋雨は聞き返す。
 秋雨と遠呂は同志でありながら、互いに隠していることも存在する。
 簾翠の事を遠呂は秋雨に対しては濁して伝えていた。 
 あの日、秋雨に命じられ勅使河原の病院に潜入した際も遠呂は正しい情報を秋雨に伝えてはいなかった。
 勿論、秋雨は納得をしなかった。
 しかし、秋雨には彼に強制的に吐かせる術を持たなかった。

「だんまりですか」

「何でもいいだろう。そもそもお前が夏輝達を育てると称してだらだらとこのひと月過ごさせたことが原因だろう」

 あからさまにため息をついて見せると、遠呂も遠呂で不服そうに抗議をしてくる。
 
「そうですねえ。将来を考えて必要なことですから」

「例え国民を多少なり犠牲にしてもか」

 こうなった以上、二人はここからどうするかなど決まっていた。
 これ以上野放しにすることはできない。
 勅使河原の薬品事態もそうだが、それ以上に。

「國雪が薬に何か細工をしたのであれば、それを使わせたい、散布させたいという事でしょう。それを阻止しなければ我々にとって不都合が生じる」

 息をつく。
 二人としても、これからやらなければならないことをやりたくはない。
 しかし、夏輝達に経験を積ませ、戦う能力を身に着けさせるということを選んだ以上は被らなければならない被害だった。

「病院の人間がどれだけ死のうがやらねばなりません。勅使河原を叩き潰しましょう。K県支部の戦力全てをもって。封印を緩めさせる原因になるような真似をさせるわけにはなりません」

 眼鏡を外し、こめかみを揉みほぐす。

「それでも被害は最小限に食い止める努力はしよう」

「準備にはどれほどかかりますか?」

「三日」

 後どれほど猶予があるかはわからない。
 しかし、もたせる方法はあった。

「ラテア君が捕まりさえしなければ問題はないでしょう。では、結構は三日後に。この後全員を招集して会議ですね」

 そう、ラテアさえ捕獲されなければ勅使河原の悲願は叶わない。

「報告ではフリーの羊飼いがラテア君を狙って襲ってきているとのことですが、それも昨日からです。それならあと三日程度であればあの男の気も持つでしょう」

 真正面から捕獲する気があるということは、すぐに破滅的な手段を取ろうとする可能性は低い。
 こちらの行動を悟られればその限りではない。
 故に焦って今すぐに攻め込むのではなく慎重に事を進めるべきなのだ。

「問題は混ぜ物の後の薬品のデータがないことですが、これに関しては瑞雪君に指示すればいけるかもしれません」

「ほう?」

「本部にいますからね、國雪はともかく研究主任に関しては案外提供してくれるかもしれません」

 秋雨の言葉に遠呂はオエ、という顔をあからさまにする。
 本部にいる研究主任のマッドサイエンティスト具合は知るものは知るところである。
 
「じゃあ瑞雪に頼むかぁ……」

「それにしても」

 やれるだけのことはやろう。
 遠呂が懐から葉巻を取り出したところで秋雨がうっそりとほほ笑む。

「最近は瑞雪君に対して真っ当な評価をし始めてくれて私としては嬉しいですよ」

 秋雨の言葉に遠呂は酷くバツの悪そうな顔をした。

「夏輝達のおかげだな。あの二人の前だと瑞雪はちゃんと人間らしくなる。今まではほら、俺達の前だとひたすら拒絶してつんつんして威嚇ばっかりしてただろう?國雪の人形かと思っていたが、存外感情豊かだし人間らしかった」

「それを人は偏見と呼ぶのですよ。瑞雪君側にも問題はありましたが。なんにせよ、夏輝君達のおかげで新しい風が支部には吹きました。いい事でしょう」

 秋雨は書類を纏め、デスクの上に居座る不届き者に押し付ける。
 遠呂は途端にげ、と目を泳がせるが秋雨は逃がさなかった。

「予言通り、か」

「ええ」

 書類を仕方なく受け取り、遠呂は呟く。
 窓の外、眼下には普段通りの日常の光景が広がっている。
 世界はいつも通りだ。平穏な日常だ。
 薄氷の上の、と付け加えさえしなければだったけれど。
 

 
 




 
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