青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比4 秘されたモノ

指名手配

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「はぁ……まさか敵に助けられるとは。いや、ロセにとっては敵じゃないんだろうけど」

 あれから俺たちは回り道をしまくって逃げ、迎えに来たアレウのスポーツカーに乗り込み何とかマンションへとたどり着いた。
 幸いにも俺もロセも無傷で済んだ。
 ついてすぐカフェに連絡を入れたら、ケロっとして気にしないでいいですよ、と言う八潮の優しい声が届いた。
 
『カフェは特に変わりありませんから。お客さんにも怪我はないので安心してください』

 その言葉に本当に、心底安堵した。
 巨大な窓から外を見れば、すっかり陽が暮れている。
 圧倒的高所から見下ろす黒間市は綺麗だ。
 これを地球人は絶景と呼ぶのだろう。
 俺は戻って、服を部屋着に着替えてごろりとソファに転がっている。
 シミ一つない綺麗な天井をただ見つめる。

(ロセ……まさかレイの言ってた『ロセウス』だったなんて)

 無事逃げられはすれど、心の中はもやもやでいっぱいだ。
 レイの悲痛な叫び。
 ロセは何故、レイにあんなことを言ったのだろう。

「紅茶淹れてきたよ」

「おう、ありがとなロセ。お前たちに怪我がなくて安心したぜ」

 戻ってきた後、気づけばロセはいつも通りだ。
 普段通りの綺麗で蠱惑的な淫魔。

(ロセが何を考えているのかわからない。わかるほど親しくない。俺はロセの事を何も知らない。……間違いなく、踏み込んじゃいけない部分だ)

 気にはなるが、結局口を閉じる。
 閉じる事しかできない。
 俺だって、詮索されたくないことはあるわけで。

「さっきの事、気になってるよね」

「……まあ、な」

 しかし、以外にもロセは話す気があるようだった。
 カップを俺に渡し、ロセ自身も腰かける。
 アレウが少し意外そうな顔をしロセを見るが、ロセはやや普段よりも力なく微笑むだけだ。

「全てを話すつもりはないけど、全く分からないのも嫌な感じでしょ?目の前であんなやりとりをされたら」

 小さく息をつくロセ。
 その言葉に否定することはできない。
 実際、とても気にはなる。他人事だとしても、関わってしまった以上は。

「お前がそうしたいなら俺は止めないさ」

 アレウはただ今まで聞いたことがないような気づかわし気な、優しい声音でそう言った。

「ありがとう。私はね、村にいられない理由があったんだ。私が居ると村に不都合があったんだよ。本当は殺されるか連れていかれるってところを姉さんが助けて、逃がしてくれたんだ」

 俺はただ、静かに相槌すら打たずにロセの話を聞く。
 放置された紅茶はどんどん冷めていくだろうが、その一挙一動にすら気を遣うようなピリピリとした空間が広がっていた。

「私はまだ追われてる。情報屋を始めたのもそいつらにバレないように先手を打つため。あの子はそいつの持ち物を持っていたんだ。そいつはとても狡猾で……きっとあの子にも首輪をつけているはず。だから、もしも私とあの子が血縁だってバレたら間違いなくひどい目に遭ってしまう。姉さんも、殺されてしまうだろう。だから、言わないほうがいいはずなんだ」

 その目には今まで見たこともないほどの苦渋と迷い、憂いが浮かんでいる。

「姉さんと同じ目をしてた。きっと優しい子なんだ」

 ロセはそうしめくくり、黙り込んだ。
 アレウが紅茶に口をつける。
 
「これからどうするんだよ」

「……わからないよ、どうしたらいいかなんて」

 思わず俺はそう口に出してしまった。
 俺の問いに答えられるものは、俺を含めてこの場に誰もいなかった。
 俺より遥かに年上だとしても、答えのない回答をしなければならないときの方が多いのだろう。

(夢に出そう……)

 耳をぺたりと下げ、俺はため息をつく。
 それと同時に己の故郷に思いを馳せる。

(思えば、俺はとても恵まれていたな)

 鉄と汗の匂い、陽気な村の人たち。
 ドワーフたちは種族の違う俺を本当の子供のように扱ってくれた。何不自由なく、幸せに暮らしていた。
 勿論、拉致されるまでのことだけど。

(ドワーフは鍛冶技術は他の追随を許さない種族だ。戦闘能力は低くとも唯一無二で、他の種族は重用し、尊重していた。能力のある種族は生きやすい世界だけど、そうじゃない搾取される側になったら生まれたときから死ぬまでずっとそのまんま。地球だって結局そうだけど、それでもエデンよりはまだマシだ)

 少なくとも日本という国では。
 ロセもレイも酷い目に遭って生きてきたんだろう。
 小さく息をつき、身体を起こす。

「ほら、ラテア君も襲われて疲れたでしょ。少しゆっくりしなよ」

「おう」

 相変わらずいい香りの紅茶。
 肺を満たすこの香りにほんの少しだけ気分がよくなる。
 冷めてしまって少し香りの落ち着いた紅茶を一口啜る。

「お茶菓子もあるからね」

 空気を悪くしたくなくて、これ以上は何も言わない。
 少しだけぎこちないまま、俺たちは今まで通りに接しようとしていた。

「はむ……うま」

 ロセが持ってきたのはとろっとろとプリンだ。
 ちょっと傾けただけでもとろとろ具合がわかる。
 スプーンを差し入れると、スっと入り、口へと運ぶ。

「ふふふ……これはね、お取り寄せ限定のプリンだからね。秘蔵なのだよ」

「たっぷり食え、マシになったとはいえまーだラテア坊ちゃんはがりがりだからな」

 がしがしと頭をかき混ぜられ、ぐるると軽く唸る。
 答えが出ないなら、飲み込むしかない。
 少なくとも解決方法が見つからない今は。
 
(他人の心配より、傭兵どもががっつり俺の事を狙ってきてるし、レイたちだって諦めないだろうし……これからどうするかを考えないと。ちゃんと夜夏輝にも電話して相談しよう。蚊帳の外にするのは駄目だ)

 俺が考えるべきはこれからどう立ち回るかだ。
 アレウとロセに頼るのも限度があるし、どこまで動いてくれるのかさっぱりわからない。
 瑞雪にも連絡を入れておいた方がいいと思うし。
 俺は答えの出ない問いよりもそっちに脳みそのリソースを割くことに決めた。





 
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