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EP3 復讐の黄金比3 すれ違いと思春期
蛇と魚
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黒間市の繁華街の通りを一つ抜けた先の道をひたすら直進すると、そこには廃墟同然の住宅街だった場所が広がっている。
ここは十年程前までは普通に人が住んでいたが、エデン人のテロによって周囲一帯が消し飛んだ。
多くの死傷者が出た結果、ここに住む人間がこぞっていなくなったのだ。
建物だけは修復されたものの、今尚ここに住む人間はいないままだ。
集団失踪として片付けられたこともあり、買い手がつかないらしい。
「まったく、呼び出しとはいいご身分だこと。あいつは何を考えてるんだ?」
トレンチコートに山高帽という時代錯誤のファッションに身を包んだ遠呂は簾翠からの呼び出しに応じ廃墟街までやってきていた。
(この間も結局逃げられるし、時間も稼がれるし。あいつとは相性が悪いんだ。あいつは俺を傷つける事すらできんが、俺もあいつを殺せないし)
ぶつくさと心の中でボヤきながらも遠呂は呼び出された待ち合わせ場所に向かっているというわけだ。
遠呂はK県支部の中では有名だし、連絡を取ろうと思えば問題なく取れるだろう。
逆に遠呂は簾翠が今何をしているのか、何が目的なのかも理解していなかった。
ただ、彼女は遠呂にとって旧い元友人である。これだけは事実だった。
その廃墟街を通り、曲がりくねった路地を進む。
突き進むと廃墟街すらなくなり、なだらかな下り坂へと変わる。
その先は黒間市に面する海だった。
「この季節の海は寂しいもんだなあ」
夏であればこの辺りも人で賑わうだろうが、今はまだ五月の初旬だ。
かつてはよく海まで足を運んだが、もう遠い昔の話だ。
今となってはこんな風に呼び出されでもしなければ遠呂が海岸へと足を運ぶ理由はない。
「遅かったじゃない」
海岸の奥、立ち入り禁止の立て札とテープを超えた先に彼女はいた。
海を思わせる翠色のワンピースにコートと言うなんとも目を引く格好で、彼女は水平線を眺めていた。
砂を踏みつぶし近づくと、彼女は振り向きもせずそう口にした。
「お前が早すぎるんだよ」
舌打ちしつつ吐き捨てたところでようやく簾翠は遠呂に向き直る。
「で、何でわざわざ呼び出した?そもそもお前が今更なんで来た?今まで何をしていたんだ?」
「あんたが途中で切り上げた勅使河原の調査よ」
「切り上げたは語弊があるだろ、お前が邪魔してきたんだろうが」
あからさまに不服そうに遠呂は簾翠を睨む。
しかし、簾翠は一切顔色を変えることすらない。
「そんな事どうでもいいわよ。それより勅使河原の薬だけれど、彼、完成させてエデンに逃げるついでに散布していくつもりよ。そのために動いているようね。それと」
「それと?」
簾翠のどろりと濁った瞳が半月状になる。
笑みを形作って入るが、全く笑っていない。
遠呂が見たことのない簾翠の顔に背筋にぞわぞわとしたものが這い上る。
「あの薬に御絡流の会のボスが混ぜ物を仕掛けたそうよ」
「何が目的で」
「あら、貴方なら察することが出来るのではなくて?」
この女は一体どこまで知っているのか。
嫌な予感にじっとりと背中に嫌な汗をかく。
今すぐ本当ならば過去の悔恨やらなにやらを全て捨て去って息の根を止めたい。
得体のしれない底知れない不快感と悍ましさを遠呂は彼女から感じていた。
遠呂自身間違いなく強者であり、目の前の女よりも強いというのに。
いや、それよりも。
(あの薬は生物の多様性を引き出し進化させることが目的。確かにあいつとは目的が正反対だ)
勅使河原に関しては國雪の古い友人で元同志だということしか遠呂は知らなかった。
簾翠はそれ以上の事を知っているのかもしれない。
「あと一つ教えておいてあげるわ。あの男にも十字の傷があるわよ」
「傷……」
十字の傷。真っ先に思い浮かぶのは國雪の額の傷だ。
國雪と、そしておそらくは。
今すぐ暴れまわりたいほどの不快感に苛まれるが、ぐっとこらえる。
遠呂が意のままに暴れればこの海岸どころか街ごとお陀仏になる。
それは彼の望むところではないのだから。
(事態は思っていたよりも一刻を争うらしいな。秋雨よ、これ以上今回の一件で夏輝達を育てている余裕はないぞ)
早く報告しなければ。次の一手を打たなければ。
踵を返し、来た時とは異なり速足気味に去っていく。
「あいつに調子に乗られても困るのよ。やることやって頂戴よ、守護者気取りの蛇さん」
そんな遠呂を簾翠は無感情に眺めていた。
ここは十年程前までは普通に人が住んでいたが、エデン人のテロによって周囲一帯が消し飛んだ。
多くの死傷者が出た結果、ここに住む人間がこぞっていなくなったのだ。
建物だけは修復されたものの、今尚ここに住む人間はいないままだ。
集団失踪として片付けられたこともあり、買い手がつかないらしい。
「まったく、呼び出しとはいいご身分だこと。あいつは何を考えてるんだ?」
トレンチコートに山高帽という時代錯誤のファッションに身を包んだ遠呂は簾翠からの呼び出しに応じ廃墟街までやってきていた。
(この間も結局逃げられるし、時間も稼がれるし。あいつとは相性が悪いんだ。あいつは俺を傷つける事すらできんが、俺もあいつを殺せないし)
ぶつくさと心の中でボヤきながらも遠呂は呼び出された待ち合わせ場所に向かっているというわけだ。
遠呂はK県支部の中では有名だし、連絡を取ろうと思えば問題なく取れるだろう。
逆に遠呂は簾翠が今何をしているのか、何が目的なのかも理解していなかった。
ただ、彼女は遠呂にとって旧い元友人である。これだけは事実だった。
その廃墟街を通り、曲がりくねった路地を進む。
突き進むと廃墟街すらなくなり、なだらかな下り坂へと変わる。
その先は黒間市に面する海だった。
「この季節の海は寂しいもんだなあ」
夏であればこの辺りも人で賑わうだろうが、今はまだ五月の初旬だ。
かつてはよく海まで足を運んだが、もう遠い昔の話だ。
今となってはこんな風に呼び出されでもしなければ遠呂が海岸へと足を運ぶ理由はない。
「遅かったじゃない」
海岸の奥、立ち入り禁止の立て札とテープを超えた先に彼女はいた。
海を思わせる翠色のワンピースにコートと言うなんとも目を引く格好で、彼女は水平線を眺めていた。
砂を踏みつぶし近づくと、彼女は振り向きもせずそう口にした。
「お前が早すぎるんだよ」
舌打ちしつつ吐き捨てたところでようやく簾翠は遠呂に向き直る。
「で、何でわざわざ呼び出した?そもそもお前が今更なんで来た?今まで何をしていたんだ?」
「あんたが途中で切り上げた勅使河原の調査よ」
「切り上げたは語弊があるだろ、お前が邪魔してきたんだろうが」
あからさまに不服そうに遠呂は簾翠を睨む。
しかし、簾翠は一切顔色を変えることすらない。
「そんな事どうでもいいわよ。それより勅使河原の薬だけれど、彼、完成させてエデンに逃げるついでに散布していくつもりよ。そのために動いているようね。それと」
「それと?」
簾翠のどろりと濁った瞳が半月状になる。
笑みを形作って入るが、全く笑っていない。
遠呂が見たことのない簾翠の顔に背筋にぞわぞわとしたものが這い上る。
「あの薬に御絡流の会のボスが混ぜ物を仕掛けたそうよ」
「何が目的で」
「あら、貴方なら察することが出来るのではなくて?」
この女は一体どこまで知っているのか。
嫌な予感にじっとりと背中に嫌な汗をかく。
今すぐ本当ならば過去の悔恨やらなにやらを全て捨て去って息の根を止めたい。
得体のしれない底知れない不快感と悍ましさを遠呂は彼女から感じていた。
遠呂自身間違いなく強者であり、目の前の女よりも強いというのに。
いや、それよりも。
(あの薬は生物の多様性を引き出し進化させることが目的。確かにあいつとは目的が正反対だ)
勅使河原に関しては國雪の古い友人で元同志だということしか遠呂は知らなかった。
簾翠はそれ以上の事を知っているのかもしれない。
「あと一つ教えておいてあげるわ。あの男にも十字の傷があるわよ」
「傷……」
十字の傷。真っ先に思い浮かぶのは國雪の額の傷だ。
國雪と、そしておそらくは。
今すぐ暴れまわりたいほどの不快感に苛まれるが、ぐっとこらえる。
遠呂が意のままに暴れればこの海岸どころか街ごとお陀仏になる。
それは彼の望むところではないのだから。
(事態は思っていたよりも一刻を争うらしいな。秋雨よ、これ以上今回の一件で夏輝達を育てている余裕はないぞ)
早く報告しなければ。次の一手を打たなければ。
踵を返し、来た時とは異なり速足気味に去っていく。
「あいつに調子に乗られても困るのよ。やることやって頂戴よ、守護者気取りの蛇さん」
そんな遠呂を簾翠は無感情に眺めていた。
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