青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP3 復讐の黄金比2 ラテア包囲網

不可視の刃にご用心

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「あ、っぶねえ!?」

 獣人の本能が殺気を察知。
 俺は危機一髪首が落とされる前に何とか背後からの刃を避けることが出来た。
 
「おい夜一!それ確実に当たってたら首が落ちてたじゃねえか!物理的に!」

「んん、あれ?殺しちゃだめなんだっけ冬真?」

 で、背後からとは別に前方からも声。
 後方の声よりもずっと騒がしい。

「駄目だっての!依頼は生け捕りなの、い・け・ど・り!この依頼に失敗したらマジで事務所が差し押さえられるぞ!?冬城の野郎足元見やがって、なあにが下請け代だ、おかげでこっちはいつでもカツカツだっつの!その癖装備代だ整備費だ消耗品代だ?おかげでこんな糞みたいな依頼を受ける羽目に」

 前方には栗色の髪の男。
 そして後方には今度は刃ではなくぬぅ、とどこからともなく夜色の髪の男が現れた。
 話を聞く限り、栗色の髪は冬真、夜色の髪は夜一というらしい。
 っていうか。

(なんなんだこいつら……!俺を挟んで喧嘩しやがって!)

 しかし、俺は賢いので黙っておく。
 どう考えてもさっきまで俺を追いかけていた傭兵たちよりレベルが上だ。
 というかさっきまで聞こえていたゴブリンたちの息遣いがない。

「ゴブリンじゃ欲求不満だよぉ、冬真ぁ」

「だまらっしゃい!お前の欲求なんざどうでもいいんだよっ!」

 後ろに目をやる。
 夜一の足元には無残に切り刻まれたゴブリンたちの死体があった。
 逃げようにも、恐らく動いた時点で夜一が動く。俺の第六感がそう告げていた。

「はあ、まあいい。歯向かってこないあたりゴブリンたちよりは頭がいいらしいな」

 肩をすくめる冬真は武器も何も持っていない。
 首輪もない。羊飼いだろう。

「ゴブリンと比べられても嬉しくないっての!」

「おお、元気だ」

 思わず叫ぶ。
 流石に獣人と言えど、ゴブリンと比べられるのは不快だ。
 俺の叫びに反応したのは夜一だ。
 嬉しそうだが、俺は冬真から目が離せない。
 
「捕まえるだけ、無傷で。OK?」

「わかったあ~」

 なんとも腑抜けた声だ。
 夜一は季節外れのマフラーをつけているため猟犬か人か謎だ。
 マナ反応は現状感じられないから、地球人なのだろうか?
 でも、だとしたらどちら共の猟犬がいないことになる。

「で、狐ちゃん。大人しく俺達に捕まってくれれば手荒なことをせずに済むんだけど。どう?」

「……断るって言ったら?」

 当然イエスなんていうわけもなく。
 冬真を睨みつつ、夜一にも気を配り俺は首を横に振る。

「んー。殺さなければ何でもいいと判断するなら夜一に手足を切り落として達磨状態にして引き渡すとか、どう?」

 あまりにも恐ろしいことをいうものだから全身の毛が逆立つ。
 しかし、多勢に無勢、俺は強くもない。
 下手に動けばあっという間に相手にボコボコにされるだろう。
 ここがもっと広い道ならもう少しなんとかなったかもしれないが、そもそも。

(こいつらの手の内が見えねえ……冬真は全く分からないし、夜一は目に見えない刃やらいきなり現れたりって厄介だ。

「最悪だな。倫理観とかそういうのないわけ?」

「それで飯が食えたら苦労はしないわけよ。組織の人間ならともかくフリーランスの羊飼いって大変なんだよな」

 目を細め、冬真は物騒なことを言ってのける。その表情はどうにも冴えない。
 顔色もよくないし、憂鬱そうだ。胃薬が似合う顔、と言ったらいいのかもしれない。

「俺は御絡流の会の猟犬だぞ。俺を捕まえるってことは御絡流の会にたてつくってことなんだぞ……!」

 苦し紛れの嘘っぱち。
 当然俺がどうなろうと秋雨は気にしない。
 別に悲しくもなんともないが、これは純然たる事実である。
 思わず小さく息をつく。

「ただの猟犬如きにそんな目くじら立てる組織じゃないだろ。お前なんてちょっと毛色の珍しいただの狐の獣人じゃん。好事家はそりゃあいい値段をつけそうだけど、あの冬城はそんなタマじゃあないだろうよ」

「……ですよねー」

「もっとうまい嘘をつきな、狐ちゃん」

 まあこんな詭弁が通用するとは思っていなかったけれど、ろくに時間も稼げない。
 そもそも夏輝はノアと勉強中で、瑞雪達は今頃T都へ向かっているだろう。どちらにしてもスマホで連絡を取る猶予なんて目の前の男は与えてはくれないだろう。
 つまり、俺はここを一人で切り抜けるしかない。
 嫌な汗をじっとりと背中にかき、シャツが張り付く。スピードは俺のが上かもしれないが、夜一の挙動がわからない。

「諦めてないな、その目。夜一、絶対殺すなよ!」
「あい」

 イオの反応。刹那、俺の右腕に刃が当たる。
 即座に飛びのくが、飛びのいた先にも刃。皮膚がぷつりと切れ、血が滲む。その程度で済んだことを喜ぶべきだった。
 あたり一面刃だらけ。
 しかも見えず、気配も察知できない。
 不可視の刃はイオの反応を感じ取るしかない。

(グリーゾス!)
(いつでもお使いくださいませ、ラテアさん)

 あの日以降、グリーゾスは俺が呼びかければ度々声を聴かせてくれる。
 必要以上に出てこないのは俺の魂を不安定にしないため。

「雰囲気、変わった。冬真みたい」

「ふぅん。何か隠し玉でもあるのか?」

 脚力強化と共にまだ何かしてくる素振りを見せない冬真に向かって走る。
 不可視の刃は土魔法でコンクリートの壁を変形させ難を凌ぐ。

「おい、俺を狙うなんて卑怯だぞ!殴ってきてるのは夜一のほうじゃねえか!」

「屁理屈言うなよっ!うぉ!?」

 冬真に爪が届く寸前で急に視界がブレる。というか身体が異様に重い。動かない。
 何かつぶやいた声は聞こえたから、魔法を使ったのだ。地面に縫い留められるこの感覚は、恐らく重力魔法だろう。
 土魔法と闇魔法の派生、分岐。使う人間はそう多くないからあまり知らない。
 
「よし。んじゃこのままクライアントのところまで連れていくか」

 動けない。必死にもがこうとしても指一本動かせず。ぐるぐると喉の奥から唸りを上げる。
 あっという間につかまり、情けないことこの上ない。
 こんなの初見殺しだ。
 しかし、俺のほかに誰もいない。

「いたいけな獣人にこんなことして恥ずかしくないのか!?」

「え、むしろ金が貰えるって俺はいまうっきうきだけど?」

 冬真は心底幸せそうに笑っている。
 悪意に満ちた笑みだ。
 金さえもらえればいいんだろう。
 
「あい、ん?あ、とーま、上」
「はい?」

 絶体絶命のピンチ。万事休すかと思いきや、空から冬真と夜一を薙ぎ払うように苛烈な炎の雨が降り注いだ。
 
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