青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

文字の大きさ
上 下
172 / 334
EP3 復讐の黄金比1 黄金週間の憂鬱

國雪の思惑

しおりを挟む
「戻ったわよ」

「おかえり、簾翠。案外時間がかかったんだね」

「わかっている癖によく言うわね。相変わらず嫌味な男」

 赤いビロードのカーペットで彩られた豪奢な聖堂。
 入口に立つ漆黒の鎧は簾翠が入ってきたところで微動だにしない。
 國雪もまた、簾翠に視線すら向けない。

「言われた事、やってきたわよ。薬品がほぼ完成するまでひと月近く待ったし、酷い目に遭ったわ。訴えてやりたい」

 戻ってきてすぐに直行してきたため、簾翠は身体を清められていない。
 いくら彼女が『液体に溶けられる』と言っても女性としては耐えがたいことなわけで。
 しかし、それ以上に風呂に入ってさっぱりした後國雪に会いたくなかったのだ。

「まあまあ、そう言わずに。混ぜたもののサンプルは取ってきたかい?」

「ええ」

 國雪の言葉に簾翠は頷く。
 簾翠の言葉に國雪は満足げに口元を歪める。

「同じ聖痕を持つ者同士、どうして仲良くできないんだろうね。悲しいことだ。でも、仕方がないね。神の意志に反しているんだから」

(神だなんて、よく言うわね。本当に、心底そう思うわ)

 眉根を潜め、口をへの字に曲げようと國雪には関係がない。

「それをそのまま完成されたら困るんだ。君にとってもそうだろう?簾翠」

「女心のわからない男ね。心を読まないで頂戴」

 吐き捨てるように簾翠が言葉を発すると、像を熱心に見つめたまま國雪は笑った。
 気持ちが悪い。ああ、気持ちが悪い。
 
「そんなに気持ちが悪いなら、心を閉ざせばいいじゃないか。君ほどの存在であれば出来るだろう?簾翠」

「あれはあれで疲れるのよ」

 國雪はまたも嗤う。
 彼の関心は像にしかないことを、否-正しくは『彼の言う』神にしかないことを簾翠はよくよく知っている。
 國雪の全ての行動原理は神にある。

「目的が一緒、ね。よく言ったものだわ」
 
「君は神に用があり、私は神の望む世界にしたい。何もそう反しない願いじゃないか」

「そうね。そうじゃなかったら絶対貴方とは手を組まないわ」

 吐き捨てる簾翠に國雪は笑う。
 笑う、嗤う、哂う。
 人の心を、運命を弄ぶ悪漢。
 しかし、國雪に逆らえるものはそうはいない。

「ははは。そうかもしれないね。というわけでそれを研究室の方まで届けてくれたまえ。そうしたら暫く好きにしてもかまわないよ。と言っても近いうちに動いて貰うとは思うけど」

「まだ私に何かさせたいわけ?届ける以外に」

 あからさまに、わざとらしく簾翠は形のいい艶やかな唇からため息を漏らす。

「薬が完成間近だと知れば、秋雨君はきっと掌を返して叩き潰しに行くだろう。あの薬を秋雨君はきっと欲するだろうからね」

「でも、もう穢したわ」

「そうだね。どちらの意味でも秋雨君は潰しに行かざるを得ない」

 手に取るようにわかる。そう言わんばかりだ。

「そもそもなぜここまで手をこまねいていたのかしら。わざと動いていないように見えるのだけど」

「私が連れ戻す前までに瑞雪を育てるため……というわけでは理由が弱いね。秋雨君は何か私の知らないことを隠している。心当たりはないかい?」

 この男でも知らないことがあるのだと、簾翠はほんの少し驚く。
 秋雨については簾翠は殆ど知らない。
 ただ、一つ知っているのは。

「いいえ」

 心を閉ざし、簾翠は首を横に振る。
 
「そうか。それは残念だよ。それじゃあよろしく頼むよ、簾翠」

「仕方ないわね」

 そのまま簾翠はカーペットに溶けて消える。
 國雪は気配が焼失したことでそれを知る。

「……いったいどんな隠し玉があるのかな、秋雨。楽しみだよ」

 全く愉快層ではない口ぶりで、國雪はそう一人ごちた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後天スキル【ブラックスミス】で最強無双⁈~魔砲使いは今日も機械魔を屠り続ける~

華音 楓
SF
7歳で受けた職業診断によって憧れの狩猟者になれず、リヒテルは失望の淵に立たされていた。 しかし、その冒険心は消えず、立入禁止区域に足を踏み入れ、そこに巣食う機械魔に襲われ、命の危機に晒される。 すると一人の中年男性が颯爽と現れ、魔砲と呼ばれる銃火器を使い、全ての機械魔を駆逐していった。 その姿にあこがれたリヒテルは、男に弟子入りを志願するが、取り合ってもらえない。 しかし、それでも諦められず、それからの日々を修行に明け暮れたのだった。 それから8年後、リヒテルはついに憧れの狩猟者となり、後天的に得た「ブラックスミス」のスキルを駆使し、魔砲を武器にして機械魔と戦い続ける。 《この物語は、スチームパンクの世界観を背景に、リヒテルが機械魔を次々と倒しながら、成長してい物語です》 ※お願い 前作、【最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~】からの続編となります より内容を楽しみたい方は、前作を一度読んでいただければ幸いです

神殺しを成し遂げ神へと至る男がいるギルド 『運命の宿木』 〜さぁ、あなたもこの宿木に止まりませんか?〜

夜桜陽炎
ファンタジー
男は数多の犯罪者を、犯罪組織を殺した。  そうして世界中の人間から世界最強と呼ばれるに至った。  そんな男が 「約束は果たした」 そんな言葉と共に自殺した。  意識が無くなり目を覚ますとそこは異世界だった⁉︎  これは元の世界では世界最強と呼ばれた男が異世界でも世界最強としてモンスターを討伐し続け更には神殺しを成し遂げて神に至るまでの物語である。  ※小説家になろう、カクヨム でも連載をしています。

不憫な推しキャラを救おうとしただけなのに【魔法学園編 突入☆】

はぴねこ
BL
魔法学園編突入! 学園モノは読みたいけど、そこに辿り着くまでの長い話を読むのは大変という方は、魔法学園編の000話をお読みください。これまでのあらすじをまとめてあります。 美幼児&美幼児(ブロマンス期)からの美青年×美青年(BL期)への成長を辿る長編BLです。 金髪碧眼美幼児のリヒトの前世は、隠れゲイでBL好きのおじさんだった。 享年52歳までプレイしていた乙女ゲーム『星鏡のレイラ』の攻略対象であるリヒトに転生したため、彼は推しだった不憫な攻略対象:カルロを不運な運命から救い、幸せにすることに全振りする。 見た目は美しい王子のリヒトだが、中身は52歳で、両親も乳母も護衛騎士もみんな年下。 気軽に話せるのは年上の帝国の皇帝や魔塔主だけ。 幼い推しへの高まる父性でカルロを溺愛しつつ、頑張る若者たち(両親etc)を温かく見守りながら、リヒトはヒロインとカルロが結ばれるように奮闘する! リヒト… エトワール王国の第一王子。カルロへの父性が暴走気味。 カルロ… リヒトの従者。リヒトは神様で唯一の居場所。リヒトへの想いが暴走気味。 魔塔主… 一人で国を滅ぼせるほどの魔法が使える自由人。ある意味厄災。リヒトを研究対象としている。 オーロ皇帝… 大帝国の皇帝。エトワールの悍ましい慣習を嫌っていたが、リヒトの利発さに興味を持つ。 ナタリア… 乙女ゲーム『星鏡のレイラ』のヒロイン。オーロ皇帝の孫娘。カルロとは恋のライバル。

彼を愛したふたりの女

豆狸
恋愛
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」 「……彼女は死んだ」

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

誰かが尾鰭をつけた話

片喰 一歌
ファンタジー
十歳の誕生日を境に成長の止まった少女・千鶴×彼女を保護した青年・紫水のおにロリ(和風)恋愛ファンタジーと見せかけた、ダークでシリアスな隠れSFファンタジー!? 綺麗なものも汚いものも、海は飲み込み、繋げるのです。 ※1章・2章は導入って感じで、3章が実質1章でここからめっちゃ楽しいです!! ※人魚と人間の恋物語をお求めの方は4章の『誰かが尾鰭をつけたがった話』をよろしくね!現在連載中です! <関連作品> ・『やがて海はすべてを食らう』 ・『うつろな夜に』 (※人魚についての前知識が欲しい方は『うつろな夜に』内『ある船乗りの懺悔』をご参照ください。)

魔法少女に恋をして

星来香文子
恋愛
高校の入学式前日の夜、冥助(メースケ)は魔法少女を目撃する。 魔法のステッキをふりかざし、怪人と戦う少女の正体は、ずっと片思いしていたあの子だった。 メースケは魔法少女の正体を守るため、通販で仮面を買い……彼女のために奔走するのだが、それは予想外の展開に!? 魔法少女に恋をしていろいろ拗らせた少年と、魔法少女であることを隠しながら生活するヒロインのラブコメディです!

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜下着編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショートつめ合わせ♡

処理中です...