青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意11 それぞれの夜に

祭りの後始末

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 シイナに肩を貸してもらいつつ、レイはあの後ラツィエル学園から脱出していた。
 あまり利用したくはなかったが、報告などもあるため仕方なく勅使河原総合病院へと戻ってきた。
 地下フロアで何かあったらしく、エレベーター前の長い廊下でシイナとレイは並んで案内を待っている。シイナはしゃがみ込み、ずっとうつむいたまま。レイは隣でぼうっと虚空を見つめていた。

(まあ、シイナを一人でここに行かせるのも嫌だしな。うん。そういうことにしておこう)

 心の中でそんな言い訳をしつつ、ため息をつく。
 奏太が死んだ。それも人としての尊厳などない悍ましい死に方だった。挙句魂は砕かれ、二度と輪廻転生して産み落とされることはない。
 
(そんな死に方御免だ。馬鹿な奴。……やっぱり後味悪すぎるぜ)

 遠目に見た、ヒトがヒトでなくなった化け物。
 死後ずっと水の中で揺蕩っていたぶよぶよの水死体。破裂した風船。様々なたとえが出来るが、凡そ人に対する例えではない。
 親しいとはとても言い難かったとしても、少し前まで意思疎通の出来る相手だったことは間違いない。そんな人間が残酷な死に方をしたことは、レイという大人になりきれない子供に対して大きなトラウマを残した。
 無論、レイだけではない。

「……」

 シイナは耳をへにゃりと下げ、尻尾も股に挟んでいる。俯き、ぶるぶると震えている。図体こそレイと変わらないが、レイよりずっと子供なのだ。
 しかも、それはシイナが慕っている勅使河原が意図的に起こしたものときた。
 当の勅使河原は忙しいのか報告だと言っているのにこちらをもう何時間も待たせている。さっさと帰って熱いシャワーを浴びたい。そうすれば最低な気分が少しでもマシになるかもしれないのに。

「大丈夫?」

 少しだけ身体を寄せてそっとしゃがみこむ。そして同じ目線でシイナの横顔に目を向ける。

「……怖い」

 ただ一言、シイナはそう呟いた。

「奏太、奏太じゃなくなった。あんなに怖いもの、俺初めて見た。元からいたんじゃなくって、ああなった。何で奏太はああならなきゃいけなかったんだ?」

 しばらくの沈黙の後、つらつらと言葉が紡がれる。時折つまり、たどたどしい口調で。

(勅使河原と関わったことだろ。チョコエッグをウッカリもらって食っちまった。運が悪かったんだ)

 あぐらをかき、行儀悪く肘をつく。シイナは体操座りで膝に顔を埋める。
 シイナが慕っている相手の事を悪く言うことは憚られ、心の中でだけ呟く。別に悪く言うのはいいんだ。ただ、それでシイナがレイの事を拒絶したら。
 距離が遠くなってしまったら、自分のあずかり知らぬところでシイナは勅使河原に消費され死に至るだろう。それが嫌なだけ。
 答えようとしたところでようやくエレベーターの扉が開く。

「お前たちご苦労だったな。おかげで実験が一段階進んだ。羊飼いどもに薬品を与えることが出来なかったのは残念じゃが、それでも新薬の実験は出来た」

 上機嫌に口ひげをいじりながら勅使河原は醜いぶよぶよの腹を揺らしながら下品に笑う。
 ああ、ムカつく。しかし、今この場でこの男を殺すだけの力はレイにはない。手首に巻いたゴーレムをの宝珠もいくつかは濁った色になっている。
 あの朝陽とかいういけ好かないやつには散々辛酸をなめさせられた。暫くはマナを充電しなければ動かせないだろう。

「また次の仕事が出来たら連絡する。わしゃあ忙しいんだ。……K県支部長は人質を考慮しても國雪がその気になればそうはいかん。それまでになすべきことをなさねばならん」

 それだけ言って再びエレベーターに乗って地下へと戻っていく勅使河原。
 シイナは褒められたにもかかわらず、少しも嬉しそうではなかった。

「……奏太の事、何も言っていなかった。また実験、ずっと実験」

 無慈悲に音を立てて閉まる鉄の扉。シイナは膝から顔を上げない。
 なんと言葉をかけるべきか。考えあぐねる。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。何も解決しないにしても、もっと何か有意義な時間の使い方は出来るはずだった。

「なあ。そろそろ帰ろうぜ」
「帰るって、どこに」
「俺の家。来いよ。どうせここにいてもいいことないよ」
 
 帰る場所なんてない。そう言いたげにシイナは虚ろな目でレイを見る。
 そんなシイナに対し、レイは立ち上がり手を差し伸べる。

「美味いもん食って、そうだなあ、銭湯にでも行ってひとっぷろ浴びて寝よう。今日はお前がベッド使っていいからさ。……俺も独りは寂しいから」

 レイの言葉に耳がぴんと立つ。ふるふると長い睫毛が震え、伺うようにじぃっとレイを見つめる。

「……いいの?」
「いいんだよ。俺が言ってんだから」

 シイナの手を掴み、立ちあがらせる。少しばかり強引だが、これくらいの方が今はいい。少なくともレイはそう思う。
 
「帰ろう」
「……うん。ありがと、レイ」

 素直に頷き、レイは嬉しそうに目を細める。顔色は相変わらず最悪だった。一刻も早くここから出たくて、レイはシイナの手を引いてその場を後にした。


 
 


 

 
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