青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意10 誕生祭の死闘

エゴとエゴ

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「清水」

 目の下の隈がより一層濃くなった気がする。建物の影からぬぅっと出てきた奏太に小さく瑞雪は息をつく。
 トツカが瑞雪の前に出ようとするが、それを手を前に出して阻止する。
 
「少し話さないか?」

 よく通る低めの声が響く。
 この目まぐるしい数日の間、常に頭の片隅にあった。どうするべきかと。
 
「話すことなんてないです」

 ぼそりと小さく奏太が呟く。長い前髪の合間から見える陰鬱そうな目はどろどろとしたタールのような憎悪で煮え滾っていた。
 
「冬城先生ならわかってくれると思ってた。だって、先生も暗い目をしてる。いや……してた、かな。この数日に何があったかわからないけど……今はそうでもないみたい。許せない」

 勝手な妄想だ。そう断じるのは簡単だ。しかし、それをすれば奏太とは決定的に決別することになるだろう。
 それを瑞雪はよしとしていない。
 奏太は人を既に殺している。戻れないところまで来ている。かといって死ぬべきかと言われれば、瑞雪はそれに頷くことはない。
 だって、瑞雪にそれを断じるだけの資格はない。
 瑞雪だってこれまでに人を殺めている。エデン人や魔物だけでなく、敵対する羊飼いとあれば地球人だって。

「お前のその執着は、俺がたまたま目に入っただけだ。俺しか知らないからだ。閉じているからだ。お前はもっと多くの事を知るべきだ」

 決して奏太は瑞雪だから好いているわけではない。たまたま都合よく助けてくれて、目に入ったから。依存先が欲しかっただけ。
 この恋が、果たして本物か偽物かなんて奏太自身にだってわかっていないだろう。
 そして瑞雪がこう断じているのは、自分が誰かの好意を受けるなんて考えてもいないこと、そして同じような事例を教師を志すにあたっていくつか知っていたからだ。
 別に、瑞雪自身が正しいとは瑞雪だって思っていない。正解なんてわからない。どうしていいかなんてわからない。
 瑞雪だって誰かに教えてもらったことなどないのだから。だから、自分が正しいと思ったことをすることにした。自分のエゴだとわかっていながら。

「多くの事を知った後で改めて考えるのでも遅くはない。今何もかも決めつけるのは早急だ」
「そんなの詭弁だ!どうせ僕から力を取り上げて記憶を奪うんでしょう!」

 大声を上げ、怒鳴り散らす奏太。否定はしない。奏太が生き残る道はそれしかないからだ。
 K県支部の面々全員を殺せばその限りではないかもしれないが。奏太のとろうとしている道は後者なのだろう。

「俺達全員をよしんば殺せたとして、追手は来るしお前は勅使河原に使い捨てられる。今も空から呪いの灰が降っている。お前たちだって長くいれば無事では済まない」

 自分が出来るのは記憶と力を捨てさせ、元の生活に戻すことだけだ。学校生活ならともかくそれ以外は何も出来ない。

「僕に薬は効かないっ!僕は特別なんだっ!それに先生が言ったんだよ、自分の事は自分でしか救えないって!先生が僕を救ってくれないからっ!記憶を失ったら先生のことだって忘れるんだっ!」
「記憶がなくなっても学校では会えるだろう。いじめのことも、家族の事もすぐにはなくならないが、少しずつよくすることは出来る。今すぐに全てがよくなるわけはない。今じゃなくて先を見るべきだ」

 何もかも思い通りにうまくいったらどれだけ楽か。誰もが一度は考えることだ。
 奏太は苛立ったように唇に指を持っていき爪を噛み始める。

「嫌だ。今がよくなきゃダメなんだ!未来なんて信じてない!あるかもわからない未来より今だ!大丈夫、先生は殺さないから。動けなくして、飼ってあげる。僕が先生を救ってあげるっ」

 余計なお世話だ。そう口にしようとした瞬間、背後から影の奇襲。先のとがった鋭い細い、いくつにも別れた影は瑞雪の四肢を的確に狙っていた。
 しかしトツカが即座に反応し、瑞雪の首根っこを掴んで後方へと飛びのき事なきを得る。

「四肢を潰す気だったぞ瑞雪。これ以上は許容できない」
「みたいだな。助かった。仕方ないが実力行使だ。可能な限りみねうちで頼む」

 元々わかっていた。奏太が首を縦に振らないことくらい。けれど、それでもきちんと話さなければならないと考え、トツカに我儘を言った。
 これ以上はいつまでかわからないタイムリミットに支障をきたしかねない。仲間と自分の命が危険だ。そう判断し瑞雪は弓を構える。
 瑞雪の出した許可にトツカは頷き同じく虚空から取り出した自らの本体たる刀を構えた。

「結局そうなんだ……先生は僕の事なんてどうでもいいんだ」
「どうでもよかったらとっくに殺してる。聞き分けのない子供を止めるのも仕事、か」

 奏太の身体からイオが立ち上る。見たところあのクマの猟犬は見当たらない。

「何が違うんだよ!何が駄目なんだよ!人を殺したことくらい先生だってあるだろ!」

 奏太の周りの影がより一層濃くなり、質量をもち渦巻く。

「殺したことくらいって言ってる時点でヤバい事に気づけ!」
「先生を襲った羊飼いだって周りを巻き込むことに躊躇がなかった!あいつが許されて僕が許されないのなんておかしいだろ!」

 ぐうの音も出ない正論だ。

「そうだな。羊飼いにまともな奴なんていない。俺も含めて。だからなるべきじゃないんだ」

 瑞雪の言葉に奏太が逆上し、雄たけびを上げる。
 旧校舎の周りは森ということもあり、そこかしこに影がある。昨日の朝陽の猟犬との戦いもそうだったが、影が多い場所で戦う以上相手に地の利がある。
 奏太は一歩も動かず、影の槍がうねうねと四方八方から展開され瑞雪とトツカを襲う。
 
「おいっ!振り回されると狙いが定まらん!」

 小脇に抱えられるならまだしも首根っこを掴まれ振り回されるのは流石に狙いが定まらない。
 瑞雪が叫ぶとトツカが止まり、瑞雪を降ろす。瑞雪の四肢を拘束しすりつぶそうとしてくる影の動きは実に単純だ。朝陽の猟犬の方がよほど面倒くさい。
 
「影と言えど実態のあるものなら斬るのに困らんな」

 トツカが最小限の動きで切り伏せる。ぼとぼとと地面に落ちた影は須らく地面に、というより地面に伸びる影に吸い込まれていく。
 

「斬るのに困らなくてもダメージは入っていない、なっ!」

 矢を番え、氷の茨を詠唱。トツカを避けて全方位へと展開。影は瞬く間に凍り付く。しかし影そのものが消え去ったわけではない。
 天気までもが奏太に味方している。曇天と森のせいでどこもかしこも影だらけだ。
 
「このままじわじわなぶり殺しにしてやる……!まずはそっちの邪魔な猟犬から!」

 しかし、奏太は勘違いしている。べつに影なんて消す必要がないことに気づいていない。
 
「トツカ、守れ!」
「わかった」

 トツカを自分から離せば瑞雪がやられる。速度の速い全方位からの攻撃を瑞雪には防げない。だが、トツカなら完璧に防いでくれる。
 期待通りにトツカは次々襲ってくる影を切り伏せ続ける。まるで踊っているかのように軽やかだった。
 瑞雪はその傍ら、氷の矢を紡ぐ。殺さない程度に、威力を抑えて。
 
「引き絞る 小さな 氷の弓(スキンドルズ ミルド グラーキス)」

 影に狙いを定めると見せかけ、奏太へと放つ。攻撃に夢中になっている奏太は気づくけれど、身体の反応が追いつかない。
 
「いっづぅ!?」

 肩を、腕を、脇腹を、太腿を、足の甲を。瑞雪の四肢ではなく、奏太の四肢が氷の矢に貫かれていく。
 激痛に眉根を潜め、叫び声をあげる奏太。夏輝と違い、瑞雪は命こそ奪わないものの一切の容赦がなかった。
 
「致命傷じゃない。この程度の痛みなら大抵の羊飼いは支障なく動ける」

 さっきまで生き生きとトツカを襲っていた影たちは今や見る影もない。奏太の痛みに連動してのたうち回っているだけだ。
 トツカはつまらなそうに影を、奏太を見ている。興味を失ったらしい。瑞雪は大きく息を吐く。
 世界は思い通りにならないし、物語の主人公のように無双することなんて出来るわけもない。苦しくて辛いことだらけだ。なぜ生きているのかと偶に思う事だってある。
 でも結局生きるしかない。終わりは遠い先か、近い場所か、どちらにせよ今ではない。満足のいく死にかたをしたい。
 では満足のいく死に方とは何か?わからない。終着点は未だ見えない。だから生きている。

「痛い……っ、せんせ、痛いよぉ……!」
「特別痛むように攻撃したわけじゃない。これが日常だ。……羊飼いはヒーローじゃない。どうしようもないろくでなしで、悪だ。弱者を虐めて強者を気取るだけでは生きていけない。普通の学生として生きる方がよっぽどいいに決まってるんだよ、清水。諦めろ」

 ぎゅっと目を瞑り、痛みを堪える奏太に瑞雪はただただ冷たい声を上から注ぐ。
 しかし。

「……先生にはわからないよ」

 ぼそり。すすり泣く様に小さくぼそぼそと呟きポケットから何かを取り出す。ファンシーなパステルカラーの銀紙に包まれたチョコエッグだった。

「自分を救えるのは自分だけって言ってたけどさ。先生みたいに真正面から困難にぶち当たって逃げずに立ち向かえる人間なんてほんの一握りなんだ。俺は救ってほしかった!先生に!先生みたいに強くなれないからっ!」

 奏太が悲痛な叫びをあげる。今までで一番大きな声。最早手遅れなSOSだった。

「トツカ、あれを取り上げろ!」
「わかった」

 距離はそこそこ離れている。瑞雪の身体能力では絶対に間に合わない。
 何を取り出したかはわからないが、どうせろくでもないものに違いない。瑞雪に指示されるとほぼ同時にトツカが走り出す。
 下肢の筋肉が盛り上がり、爆発的な瞬発力で手を伸ばすがいかんせん距離が遠い。

「すまない、瑞雪間に合いそうにない……っ!」

 奏太は口を開き、そして何か包み紙から……チョコエッグを取り出し、ぱかりと二つに割る。中からは可愛らしい星型のラムネのような色とりどりの小さな錠剤が入っており、中身を一気にざらざらと口の中へと流し込んだ。


 
 
 
 
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