青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意7 二転三転

7-14

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 瑞雪の中で現状を打開する方法はすでに頭の中にあった。しかし、その魔法を詠唱するにはいかんせん時間がかかる。
 路地を抜け、開けた場所に出る。出てしまう。

「あはっ、みーつけた!穴に潜るなんて面倒くさいことやめてよね。ネズミみたいに穴倉に潜るなんて情けないと思わないの?瑞雪ってばなーんにも反撃できないんだから」
「言いたい放題言いやがって、死ね!」

 朝陽は悠々と飛竜の背に乗って空から瑞雪を見下していた。エルフはそれに付き従うように一定の距離をあけて走ってきている。
 思わず低レベルな悪態が口から零れる。そんな言葉は朝陽を喜ばせるだけだというのに、止めることが出来ない。

「生意気なのが悪いんだよ!」

 ケタケタと耳障りな高温で笑いながら朝陽が瑞雪に向かって人差し指を突き出す。
 それだけではないくせに。瑞雪だって知っている。寧ろ生意気だからと言って殺しに来たらそいつはもう知性を持つ人間ではないだろう。
 昔のお貴族様なら知らないが、朝陽は羊飼いというだけのごくごく一般人である。プライドとかその他もろもろ面倒くさいものを煮詰めて増長させた性悪ではあるだろうが。
 瑞雪自身、自分が性格が悪いことくらい理解しちゃいるが朝陽と比べられるのは我慢ならなかった。

「生意気だからで人が殺せたらそこはもう知性のある生物の国じゃねえんだよ!お前が俺を殺したいのはくそ爺のせいだろうが!俺は関係ねえよ!」

 初対面から印象は最悪だった。顔が祖父と瓜二つなもので國雪の孫だと初対面で朝陽は悟った。
 はじめはちゃんと先輩と呼んで敬語も使っていた。媚びへつらいこそしなかったが。
 でも、相手はそれで満足しなかった。まあ、八割方祖父のせいだろうが。國雪が何をしたとしても、瑞雪には関係のないはずのことだった。
 瑞雪だって祖父の事は殺したいほど憎らしい。殺せるならばきっととっくに手にかけている。
 
「八つ当たりするんじゃねえ、あいつが気に入らないなら俺じゃなくあいつを直接殺しに行け!俺を殺したところであいつは喜ぶだけなんだよ!ガキどもまで巻き込むんじゃねえよ!」

 叫べば叫ぶほど今まで強いられた理不尽やら嫌がらせの記憶やら、そして忌むべき祖父の事を思い出して腸が煮えくり返る。
 後衛のエルフをさっさと倒せればまだ勝機は残りそうだが、いかんせん朝陽がそれを許すはずもない。
 雷の槍を逃げつつエルフに向けて放つが朝陽が何か唱えると小さく開いたブラックホールのような漆黒の物質に飲み込まれていく。
 朝陽は闇魔法のみに特化した魔法使いだった。

「それでも二十五歳か?俺より年上か?」

 瑞雪の口からは罵倒が止まらない。まるで洪水のよう。朝陽の額に青筋が増えていく。
 瑞雪が指摘したことは朝陽にとって大体図星だったからだ。

「……殺されたいの?」
「お前に屈するくらいなら死んだほうがマシだ」
「なら死ね!」
 
 朝陽が叫び、飛竜が大きく息を吸い込む。ブレスの前兆だった。瑞雪はマナタブレットを口の中へと放り込み、噛み砕き、再び氷の盾を展開。真正面から受け止める。
 互いにボルテージは上がり続けており、最早逃げ回るのも面倒くさい。瑞雪はそもそも酷い面倒くさがりだった。死んだら死んだでその時だ。逃げ回って情けない真似を晒すくらいなら死んだほうがましだと判断。
 炎と氷がぶつかり合い、濛々と水蒸気が立ち上る。高熱の水蒸気を吸い込めば肺がやられる。片腕で鼻と口元を覆う。

「相性がわりぃな……」
「わざわざそのために連れてきたからね」

 氷の盾がどろりと溶け、炎が瑞雪に向かって噴き出す。
 しかし、矢継ぎ早に氷の盾を詠唱するため炎はギリギリ瑞雪を燃やさずにそのまま消え去った。しかし、瑞雪の体力を奪うには十分だ。
 トツカのマナを用いてのイオであればもっと強靭な氷の盾を錬成することが出来ただろうが、マナタブレット程度では飛竜の炎ブレス相手に持ちこたえるほどの耐久度はなく、あまりにも儚いものだった。
 
「っは、はぁ……」

 息が上がる。身体が重い。朝陽が瑞雪を憎む理由は詳しくは知らない。ただ、元々双子の親は組織の重鎮であり、そこで何らかのトラブルがあったということは秋雨から聞いている。
 祖父のことだ、どうせそこまで恨まれるようなことを平然としてのけたんだろう。だからと言って瑞雪に流れ弾が飛んでくるのはお門違いだ。文句を言われるくらいなら態度も態度だし受け入れるが、殺しに来るのは当然許せない。
 しかし、もはや限界だった。エルフの放つ突風も、竜の炎も何とか盾で防いでいる。このままではこんがり丸焼きになるのは時間の問題だった。
 内臓がなんなら口から飛び出そうだ。

「ほら、今なら俺の下僕になるって言うなら許してあげるよ?秋雨さんに今回の事件の全権を朝陽様に委ねますっていえばさ」
「ことわる、っつってんだろ!」

 朝陽の要求を突っぱねるが、瑞雪自身もうじり貧どころの騒ぎではないことを理解していた。氷の盾を詠唱するのももはや限界だ。
 弓を取り落としそうになる。歯を食いしばって耐えようとするも、無理だった。膝を地面につく。
 瑞雪が煽りヒートアップした朝陽は瑞雪を本気で殺す気だ。羊飼いの大半に倫理感などを解いても意味がない。力を行使することに慣れ、特別な存在だと自負し溺れる。
 朝陽は特にその傾向が強かった。なまじ優秀で回りからちやほやされてきただからだろう。木偶の瑞雪とは正反対だ。
 おまけに止められる位置にいるはずの月夜も、彼らの慕う師匠も朝陽を止めないと来た。最低だと瑞雪は思う。大切に思っているなら止めればいいのにと。
 
「やれ」

 朝陽の無慈悲な言葉が短く形のいい唇から紡がれる。竜が大きく息を吸い込み、エルフが魔法を詠唱する。その時だった。
 
「ぎゃうぅうァぁあぁ”あ!?」
「っぐ!?」

 飛竜に向かって何かが垂直に落下してくる。すんばらりと見事な太刀筋で飛竜の片側の翼を切断。ブレスを吐く寸前で地面へと落下し、火炎の吐息が自らの肺を焼き絶叫を上げた。

「すまない、遅くなった」

 飛竜を踏みつけ瑞雪の傍らへと飛ぶ。絶体絶命の危機に割って入ってきたのは来るなんて考えていなかった自らの猟犬-トツカだった。
 
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