青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意7 二転三転

7-8

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 答えてもらえないかもしれない。しかし、奏太の口から語られなければわかるはずもない。
 立ち上がり、武器を構え直す。

「俺は俺だ、俺だってお前と同じで選ばれたンだよ!」

 奏太の足元に影が戻ってくる。影はうねうねと蠢き、夏輝を嘲笑っていた。まるで一つの意思があるとでもいうように。
 再び影が夏輝を屠らんと伸びてくる。しかし、二度目はそう簡単につかまらない。動きが単調に夏輝を狙ってくることもあり、建物の間を飛び交うように逃げ続ける。

「逃げてるだけじゃなーんも事態は好転しねえぞ!」
「わかってるよ!」

 わかっている。別にラテアが救援に来てくれるのを待っているわけでもない。
 何故反撃に出ないのかなんて、相手が知り合いだからだ。
 今までの竜や魔物と戦った時、知らない相手を殺めた時とは全く違う。

(殺さずに無力化……しないと……!)

 最善を考える。考えたところで答えは出ない。夏輝だって無傷で相手を何とか出来るとは思っていない。
 影の攻撃は厄介だ。とにかく何とかしなければ、と思考のリソースが持っていかれる。

「どうせ俺を傷つけずになんとか~とか思ってんだろ?舐めやがって!お前は勇者様か何かか?ふざけんなよ!」

 声をさらに荒げる奏太。夏輝のこの態度こそが奏太をより一層苛立たせていた。
 仮に夏輝が圧倒的な力を持っていたとしたら、悔しいとは思えどそれだけだった。対面してみて奏太は夏輝がさして強くないだろうということは理解していた。
 人面瘡ではなく奏太ですらそう感じていた。舐め腐られている。甘すぎる。こんなやつが認められて自分が認められないのは何故。
 瑞雪に拒絶されたのは何故。様々な感情がぐるぐると嵐のように巻き起こった。
 こいつはやはり知らない、苦しいことも、辛いことも、憎いことも、理不尽も、何もかも。
 そして夏輝は奏太の憤りを理解しない。気づかない。

「だって同級生で、友達じゃないか!別に勇者でも何でもない、勇者だったら今頃もっとうまくいってる!」
「俺に比べりゃうまくいってンだろうがよ!」

 奏太が建物の影へと走る。
 影の中へと入ると影がぶわりと大きく膨らむ。質量をもった影がこんなに厄介だなんて。
 影が分かたれ無数の腕となり夏輝へと迫る。
 風の刃を短剣へと宿し、影を切り裂く。しかし、影を切っても奏太にダメージは入らないらしい。奏太は暗い嗤い声を上げながら執拗に夏輝を狙う。

(出来るだけ影のないところへ……!)

 校舎の影に近づけば近づくほど影は濃くなる。ソレなら逆に開けた明るい場所へ逃げれば影の力は弱まるはず。
 そう考え走り出す。しかし。

「え、あ、着ぐるみ……!?」
「そうだよ、俺一人だと誰が言った?俺はお前をとっととぶっ殺して冬城先生のとこ行かねえといけねえんだよ」

 開けた方からは数体のウサギの着ぐるみ。カラフルでふわふわもこもこ。動きもピエロの如く軽快で愉快。
 けれど、夏輝はあの着ぐるみの中身の正体を知ってしまっている。
 そう思うと、途端にあの着ぐるみたちが不気味に思えてくる。腕にはピクニック用のバスケット。手には卵。
 しかし、中身が人でないならば。 

「こいつらはヒトじゃないから……!」

 遠慮はいらないということだ。脚力強化を重ね掛け、意識を集中させ刃に嵐を巻き起こす。
 地面を蹴り、ウサギの首を狙う。上半身を捻り、力の限り短剣を突き出す。しかし、ウサギの首がありえない方向にねじ曲がりそれを回避。

「っぐ、ぅ……!」

 そのすきを狙い影が強襲、肩口や脇腹を掠めていく。深くはないが、ぱたぱたと血が傷口から零れ落ち地面に吸い込まれていった。
 多勢に無勢。そして夏輝だけで戦うことは初めてだった。
 奏太を無力化する以前にこのままでは押されて自分が死にかねない。じんわりと背中に嫌な汗をかく。
 普段どれだけラテアや瑞雪に支えられていたのかをよく理解する。

「冬城先生がここにいなかったのは予想外だったが、まあゆっくりお前をいたぶれると思えば悪くはないな。そうだ、先生の居場所を吐けば命だけは助けてやってもいいぜ?もしくはこのチョコ食うならかな。これが何なのかお前は知ってンだろ?」

 煩い、耳障りな高笑いだった。

「っげほ、瑞雪さんも殺す気なの?」

 影を避け、ウサギの腕を切り落とそうと上半身を捻る。しかし、ウサギはウサギらしくすばしっこい。そもそも複数体が寄ってたかって襲ってくるのもあり、すべてに目を向け気を配り備えるのはすさまじく難易度が高い。
 しかも、ウサギに至っては人体の可動範囲を超えた予測不能の動きをしてくる始末。
 相手は宣言通りにいたぶるために少しずつ追いつめてくる。擦り傷や打撲が少しずつ、少しずつ増えていく。

『夏輝、頑張って!ラテアが来るまで持ちこたえるのよ!』

 トロンが夏輝を励ますように叫ぶ。その言葉は辺りに響き、当然のように奏太の耳にも入る。

「ラテア?ああ、あのよわっちそうな狐人の猟犬か」

 意外にも反応を示す奏太。影を操り夏輝を襲わせながら、本人は建物の壁に背をもたれさせながら夏輝の様子をにやにやと眺めている。

「作戦通りってね。あいつなら今頃シイナに襲われてるだろうよ。あの黒い狐の獣人な!なんかボスがあいつの事を欲しがってるんだと」
「は!?」

 奏太の言葉に夏輝は思わず固まり、目を見開く。その一瞬の隙もウサギは見逃さず、夏輝に取り付き組み伏せようと襲い掛かる。

「っぅ”……!」

 気を取られた夏輝はかわしきれず、剥き出しの土臭い地面に引き倒される。

「おーおー、そんなにあの狐が大事か?それで捕まってるんじゃ世話ねえな?」

 ウサギが夏輝に覆いかぶさる。一体ならともかく、複数体に取り付かれては夏輝だって動けない。マナタブレットの小瓶が手から転がり地面に落ちる。
 奏太はゆっくりと余裕たっぷりに夏輝の元まで歩いてくる。
 
「っぐぁ、なんで、ラテアを……?」
「さあ?なんか実験に必要って言ってた、なっ!」

 ウサギの隙間から奏太が夏輝を踏みつける。背中を踏みつけられ、肺から息が漏れる。ぐりぐりと踵で踏みつける奏太は実に楽し気だった。

(実験……この間も病院で連れていかれそうになったし、それと関係があるのかな)

 一瞬思考のリソースがそちらへ持っていかれる。いや、そんなことよりここを何とかしてラテアと合流しなければ。
 またラテアが捕まって、実験に使われることになったら。後悔してもしきれない。

「まだ別の事を考えてる余裕があンのか?気に入らねえ……」
「っあ、がっ!」

 踏み抜く勢いで奏太が踵に力を籠める。苦痛に顔を歪める。しかし、心までは屈することはなく夏輝は奏太を睨む。
 
(今大事なのは?奏太を何とかするよりラテアを助ける方が優先だろ……!何とか、何とかしないと!)

 マナタブレットは手元にない。
 身体強化魔法も切れ、今の夏輝は多少運動神経がいいだけの一般人程度の力しかない。でも、だからって諦めるわけにはいかない。
 必死に全身に力を入れ藻掻く。ラテアが、ラテアが、ラテアが。

「死ぬよりひどい目に遭わせられるかもなあ、くくっ……!」
「ダメだ、そんなことは絶対にダメだ!」

 全身の力を研ぎ澄ませる。

(がむしゃらに抵抗したって無駄だ、一転に力を集中して、一点突破を……!)

 ラテアが捕まってしまうことを考えることは、己の死よりも恐ろしく感じた。
 この一カ月弱、ラテアの事をずっと見てきた。普段気丈に振舞い、憎いはずの地球人である夏輝に対しても気さくに接し、けれど時折弱さを見せてくれて。
 そんなラテアが何より恐れているのはきっとまた研究所に囚われて実験を受けさせられることだろう。
 あの病院に一人で置いて行ってしまった日から、夏輝はずっと後悔していた。

(ラテアを絶対に連れて行かせるわけにはいかない……!だって、ラテアには笑っていてほしい!)

 魔法が使えれば。もっと、強い魔法が。影を吹き飛ばすくらいの強い。
 そう強く夏輝が願ったとき、周囲の空気がぶわりと震えた。

『え!?マナ……?いえ、イオ!?』

 トロンが驚き叫ぶ。刹那、強い輝きが周囲の目を焼いた。一体何が起こったのか夏輝には全く分からない。
 続いて地面に重い衝撃。一匹のウサギの頭を軽々と掴み、地面へと叩きつける一人の人影。







 





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