青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意7 二転三転

7-2

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「瑞雪さん、大丈夫かな?顔真っ青を通り越して土気色だけど」
「……わかんない」

 朝。本当は学校なのだが、緊急事態ということで支部に権田と俵から研究フロアに呼び出されていた。どうやら昨日あの後瑞雪から届けられたネズミの死骸関係で何か判明したらしい。
 それも、放課後ではなく今呼び出されるくらいにはヤバいようだ。
 それだけでも頭が痛いのに、朝俺達よりも遅くやってきた瑞雪は前傾姿勢で顔色があまりにも酷いものだった。
 反対にトツカは元気かつつやっつやしている。

「俺のことは気にするな……」

 立っていられないのか、珍しく瑞雪は入ってきて早々椅子に腰かける。うつむいたまま動かないあたり本気で体調が悪いのだろう。
 まあ、なんていうか、その。夏輝は全く分からないようだが、俺は大体心当たりがある。

(まさかマジでセックスしたのか?嘘だろ!?)

 思わず瑞雪をまじまじと見つめる。普段なら少しの視線でも大体気が付くのに、今日は全く気づかずずっと床を見つめている。
 しかし、今ここで話を聞くことは出来ない。流石にできない。気になるけど。

「正直、今すぐ帰って休んだ方がいいと思うんですけど……」

 瑞雪は気にするなと言っているが、あの状態を気にしないほうが難しい。
 流石にと思ったのか、夏輝が進言する。

「……話だけ聞いたら帰る」

 強がっている余裕もないのか、瑞雪は小さく掠れた声でそれだけ返事をした。

「ラテア、トツカはお前に預けるから夕方まで相手しててくれ。トツカ、いいな」
「わかった」

 トツカは今までになく殊勝で心配そうに瑞雪を見ていた。いや、表情自体は変わらないんだけど雰囲気で感じる。絶対お前のせいだろ。
 夜中に朝陽に襲われたとかじゃなきゃさ!

「……すまない」

 小さくトツカが呟く。その言葉に俺と夏輝はあまりにも驚き、うっかり後ろに座った椅子ごと倒れそうになる。

「はぁ……」

 瑞雪は隠しもせず大きくため息をついた。

「……今日はお前の顔も見たくねえよっげほ、げほ」

 普段の倍以上の口汚さ。隠す余裕もないらしい。
 声を荒げてしまったからかむせ始める。慌てて夏輝がウォーターサーバーから水を汲んできて瑞雪に手渡す。

「責任もってトツカは面倒見ておくよ。お前は休め、瑞雪……」

 あまりにも不憫で、昨日気づいた時点でトツカを止めるなりロセ達のところまで連れていくなりするべきだったと後悔する。
 俺だって、そういう行為に詳しいわけではない。でも、無理やりとかそういうのはどう考えてもよくない。よろしくない。
 でも、トツカを見る限り何も考えてないってわけじゃなさそうだ。
 俺の言葉に瑞雪は軽くこちらをちら、と見てから沈黙する。

「瑞雪さん、その……トツカはちゃんと理解できるはずだから、一つ一つ時間をかけて教えてあげるべきなんじゃないかなって。今はその時間がないですけど……」
「わかってるんだ……今回の一件が終わったら……」

 そんなやりとりをしていると権田と俵がやってきた。

「すみません、大分お待たせしてしまいましたかな?っと、瑞雪殿どうされました?大分具合が悪そうですが」
「なんでもねえ、さっさと話してくれ……」

 瑞雪の言葉に俵は心配そうにしつつも頷いた。

「わかりました。早朝にお呼び出しして申し訳ないでありますが、昨日のネズミの死骸の解析を急ピッチで行ったところ看過できない問題が浮上しまして」

 そう語る研究班の二人も恐らく寝ていないのだろう。というより泊まり込みなのだろう。コーヒーを片手にしたままの二人の顔にも疲労が浮かんでいた。

「死骸からもチョコエッグと同じ成分が検出されました。ただし、こちらは薬ではなく呪いの魔法の類でしょう。死がトリガーとなって発動するようです」

 俵の言葉に思わず俺と夏輝はトツカをまじまじと見つめる。

「お前、いっぱい殺したんだよな?」
「な、なんともないの!?」

 二人して突っ込むが、トツカはけろりとしている。

「ああ。なんともない」

 ぺたぺたと夏輝がボディチェックするが、確かに特におかしな点は見受けられない。むしろ元気そうだった。

「この化け物め……」

 恨めし気に瑞雪が呟く。

「このネズミ、人造魔物のようですな。一匹殺す程度なら一般人でも呪いにかかることはないでしょうが、大量に殺すことで強固な呪いとなるようです。トツカ殿がかからなかった理由は恐らく疑似的な魂しかないからでしょう。人造の猟犬故、幸いでした。呪いとは大抵肉体にかけるものではなく、魂にかけるものですからな」

 俵の説明に納得がいく。トツカは造られた存在だから純正の魂を持っていない。
 もともと呪いなんてあんまり効きそうにないというのは勝手な偏見だが、事実疑似的な魂だから呪いは効かないんだろう。

「とはいっても、そもそもあなた方のような魔法使い、猟犬は何百、何千と一度に殺さない限りは呪いなどかからないでしょう。問題はこのネズミたちが着ぐるみ以外にもどこにばら撒かれているかわからないこと、着ぐるみが意思をもって動いているということは恐らく司令塔となる魔物が存在することですな。死以外にもこのネズミに噛まれれば耐性のない一般人であれば魔物化しかねません」

 俵の言葉に全員が重たい沈黙。

「あいつら竜を捕まえられるくらいの兵力があるんだから、こんな陰湿でみみっちいことしないでバーンと何かしでかしたらいいのに」
「ラテア、それもそれで困るよ……!」

 いたたまれなくなり俺が口を開くと、夏輝が突っ込む。どちらにせよとにかく困っている。

「K県支部はとにかく人手不足ですからなあ。あの双子がちゃんと協力して遠呂さんも出てくれればその限りではないでしょうが……。双子はともかく遠呂さんは謎の多い人物でしてな」

 遠呂。俺も夏輝もあったことがない相手だ。まあ、双子の師匠ということは知ってるし、どうせ曲者に違いないことはわかる。
 遠呂という名前に瑞雪の眉間の皺がさらに深くなる。こいつ誰とも仲良くねえな……!

「やるとしたらイースターの祭りで大規模にネズミを仕込むとかでしょうか?」

 俵と権田が深々と頷く。

「無論、それだけではないでしょうが……。簡単に思い浮かぶことと言ったらそうですな。本当にそれを計画しているとしたら最早テロ以外の何物でもないでしょう」

 ネズミの増産が可能であるなら、この黒間市全体を脅かす可能性だってある。
 全員の顔が厳しく曇る。

「全て斬るか?」
「斬れたら苦労しねえんだよ……!もっといい案があるなら聞くんだが」

 トツカの言葉に瑞雪が地を這うような声で突っ込む瑞雪。トツカはうーん、と真剣に悩んでいるようだった。
 俺は椅子に座り行儀悪く足をぶらつかせつつ考えていたが、誰も結局言い案なんて出せなかった。

「まあ、とにかく日曜日だ。それまでに各自情報収集と電霊を使ってネズミ及びネズミ入りの着ぐるみがないか見回りすること。俺も……」
「瑞雪さんは休んでいてください。異変があったら連絡しますから!」

 瑞雪は何か言いたげだった。

「……わかった」

 しかし、自分自身の体調は誰よりも理解しているのだろう。暫く悩みつつも結局首を縦に振ったのだった。

「ラテア、俺たちにできることを頑張ろう!」
「そうだな。こういう時位頑張らないとな」

 どうにも事態が進展せず、悪化だけしていくようなこの感覚。じわりじわりと焦りを感じるが、どうしようもない。
 俺と夏輝は顔を見合わせ、頷きあうのだった。
 



 
 





 
 
 
 
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