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EP2 卵に潜む悪意5 ウサギ
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「グルルルルルァ!」
指輪と本を持ち、奏太がこちらへ駆けてくる。同時にヒグマがブッチャーへとタックルをかまし、ブッチャーの身体がよろめく。
ヒグマとブッチャーを同時に潰すか一瞬迷ったが、雷の槍をブッチャーにのみ投射する方向を修正。
(こんなガキが羊飼い?フリーの傭兵……なわけはない。どう考えても杖を持っただけの素人だ!)
猟犬を禄に扱えていなかったのはこれまでの遭遇で判明している。
しかし、こちらを襲ってきていたのに何故今更?
思えばヒグマが表れたとき、この子供も必ずその前後で現れていた。夏輝達がヒグマと初めて遭遇した時も奏太と久しぶりに偶然鉢合わせて、と言っていた。
「た、助けに来ました!」
瑞雪の困惑をよそに奏太はまるで瑞雪を守るようにぶるぶると震えながらもブッチャーとの間に割り込んでくる。
ヒグマがさらにブッチャーとの間へと入り、仁王立ちになり咆哮を上げながら威嚇する。
「そいつをどかせ!ぶち抜くのに邪魔だ!」
こんな時に猫を被る余裕はない。そもそも瑞雪は猫なんて被り慣れていない。
瑞雪の怒声に奏太は驚いた顔をしつつも奏太は素直にヒグマに命じる。ヒグマは飛びのき、瑞雪は詠唱しつがえていた雷をブッチャーの頭に向けてぶっ放す。
「落雷(トニトルス)!」
耳を劈く轟音と共に視界が青く染まる。ブッチャーの上半身が大きく抉れ、消し飛ぶ。
奏太はそれを大口をあけてぽかんと呆けた顔で見ていた。
数秒後、どぉんと大きな音を立てて倒れるでかぶつ。それを見てから瑞雪は奏太の腕を掴み走り出す。
「逃げるぞ!どうせまだ増援が来る!」
「は、はいぃ!」
そのヒグマは肉壁には十分だろうが、ここでは落ち着いて詰問することも出来ない。はぐれて逃がすわけにもいかない。
知る限りではヒグマは夏輝や瑞雪を襲いはしたものの、誰かを殺したり襲っているところは見たことがない。とはいえ判断しかねる。
どういう処理をするにしても話は一度聞かなければならない。
(記憶処理して杖と猟犬を取り上げて日常生活に戻すのが妥当か)
子供を巻き込む趣味はない。夏輝のことだって瑞雪は最初は反対だったのだ。秋雨が有無を言わせず羊飼いにしたのと、ラテアのことがあるから従わざるを得なかっただけ。
瑞雪自身は一度はぐれて見失えば追いかけられる自信がない。それに奏太は今瑞雪に対して敵対心を抱いていないようだ。今のまま確保してしまいたいのが本音だ。
「へへ……」
背後から間の抜けた笑い声がする。ちら、と少しだけ視線をやればだらしない顔をしていた。
「ふ、冬城先生がやっと本当の顔見せてくれた」
「はぁ……」
こいつは一体何なんだ。いつ背後から襲われてもおかしくないこの状況で笑っているなど。それも心底どうでもいい事柄で。
自分の生死よりも瑞雪が猫を被る被らないの方に意識が集中しているなんて馬鹿げている。
クラクラ眩暈がするのはきっと何も貧血だけが原因ではないだろう。
(こいつの頭はお花畑か何かか?俺が守り切れるなんて保証どこにもねえんだぞ。むしろ俺は守るのに適していないんだ。知るわけないかこいつが……)
ブッチャーの後、何体かの猿や光の妖精を退けつつ、ふらふらしながら走る。
奏太が肩を貸そうとするが、無視。それより彼の腕をしっかりと掴み続ける。
ヒグマの方は奏太の指示に従いひたすら肉壁に徹している。逆に奏太の方は指示に精いっぱいで自分自身は指輪があるにもかかわらず魔法を使うそぶりは見せない。
トツカは相変わらず戻ってくる気配もなく、じりじりと血を抜かれて体調が悪化していく。
しかし、敵の増援は打ち止めなのか段々と数が減り、やがて止まった。朝陽が乗り込んでくる様子はない。
(完全に遊びかよ……面倒くせえ)
小さく息をつく。たどり着いた先は白ウサギを見た地点から随分と離れた場所だった。
「カマイタチ、警戒を怠るな。マナ反応があったらすぐに伝え、ろ」
『ぎゅうぃ』
視界がぐらぐらと揺れ、蹲りそうになるが瑞雪は壁に背中を預けることで何とか阻止する。
「だ、大丈夫ですか?」
おろおろと奏太が心配そうに瑞雪を見る。
「気にしなくていい……っ」
ひと際大量に血が吸い取られ、呻きそうになるのを堪える。最悪だ。あの野郎なにやっていやがる。
心の中で悪態をついてもトツカには少しも聞こえやしない。
「でも……」
「それより」
幸いにも、最後に大きく吸われた以降吸血は止まった。またいつ奪われるかはわからないが、もしかすると戦闘は終わったのかもしれない。
息を何度か吸って吐き、造血剤を取り出し口の中にいくつも放り込む。効果が出るまでには少しかかるだろうが、さっきまでは落ち着いて摂取することすら難しい状況だった分マシだ。
「どこまで知っている?」
瑞雪は奏太に問う。
「えっと、エデンと羊飼い、猟犬のことは……」
「基本的なことは一通りか」
奏太の目は泳ぎ、しきりに所在なさげに手をゆらゆらと動かしている。どこからどう見ても隠し事をしている。
ため息をつきたくなるがぐっと堪え、問いを続ける。
「お前は何故指輪と猟犬を持っている?どこから手に入れた?」
失血は止まったものの、体調はいいとは言い難い。
手先が冷たくて感覚がない。何度か擦り合わせたり息を吐いて温めようとするが一向に温かくならない。舌打ちしたくなるのをやっぱり堪える。
「えっと、それは、その」
奏太はバツが悪そうに目を伏せる。
「どれだけ危険なことかわかってるのか?ガキが首突っ込んでいいもんじゃないんだよ。今だって見ただろう。下手したら巻き込まれて殺されていたんだぞ?羊飼いなんて社会不適合者、頭のおかしいやつばっかりだ。俺も含めてな」
一度剥がれてしまった猫を被りなおす気にはなれず、普段のぶっきらぼうで冷たい物言いで瑞雪は話す。
「でも、冬城先生は守ってくれましたし……!」
「勝手にそう思ってるだけだろ。学校ならともかくここでは庇いきれるほど俺は強くねえよ。ただでさえ猟犬がどっか行ってるんだ……」
勝手に幻想を抱かれても困る。スマホの画面をずっと睨みつけているが、トツカがこちらへやっと戻ってきているのがわかる。
戻ってきたらどうしてくれよう。腹の底がふつふつと煮える。
「そ、それでも僕の事、ちゃんと掴んで連れてきてくれたじゃないですか。先生。僕、嬉しかったです……」
陰鬱そうな顔のままだが、どこか頬が赤らんでいた。奏太の手が瑞雪の手に伸びてきたのでさっと避ける。
「そんなことはどうでもいい。この際関係ない。このままだとお前は死ぬかもしれない。元の日常に戻れるようにしてやるから羊飼いから足を洗え。……俺の今の状態ですら、お前は一瞬で殺せる。何度も言うが俺は別に強い方じゃないんだ」
自分自身把握している。瑞雪は確かに攻撃魔法の腕は秀でているが、一人でどんな状況にも対応し対処できる羊飼いではない。
前衛となる猟犬がいて攻撃魔法を確実に放てるという前提で言えば倒せない相手はそうそういないだろうが、今この場においてはそうではない。
ゲームだとか漫画だとかの世界とは違う。弱ければ死ぬし誰も助けてくれはしない。
死ぬときにそれを理解しても遅いのだ。
「で、でも……!それなら何で夏輝はいいんですか!?夏輝は先生と一緒に戦っていたじゃないですか!何で僕はダメで夏輝は……!」
奏太はどもりつつも食い下がる。
(まあ……そうだろうな。夏輝だって同じガキだ。比較対象になる)
彼は大丈夫で自分は駄目。言われている方としては理不尽極まりないだろう。
結局、一番簡単な方法は明確だ。奏太を無理やり連れて行って記憶の処置を行うこと。最善の方法だが、奏太の意思は無視するもの。
しかし、それをするなら奏太に話しなんて聞かずに騙して連れて行けばよかったのだ。勿論、そんな事瑞雪だってわかっている。
自分自身が常々理不尽に晒され選択肢を奪われ続けてきたからこそしたくはなかった。この短時間と余裕のなさもあったことは間違いなかったが。
「ぼ、僕、先生の役に立ちたい……!一緒にいたい、戦いたいんです……こ、こんな気持ち初めてなんです」
奏太が縋るように瑞雪の方に寄ってくる。どうしたものか。
「先生が好きだから……!」
好き。なんて軽い言葉なのだろう。出会って一週間も経っていない。そもそも瑞雪が助けたのをひな鳥のように自らの頭に刷り込んでしまっているだけだ。
しかし、正論を叩きつけたところで奏太は間違いなく逆上するだけだろう。
なにより誰かを好きになったことなどない瑞雪にはこの勘違いを指摘する資格などありはしない。
どうしたものか。顔には出さないものの頭を抱える。こういう時どうしていいか、欠陥品みたいな人間の瑞雪にはわからないのだ。
「夏輝は羊飼いになることを強制されただけで望んで羊飼いになったわけじゃない。やむを得ない事情があっただけだ」
「それじゃあ先生は?」
奏太の声は段々と低くなっていく。苛立ちを隠せていない。
「俺か?」
普段の瑞雪ならいう義理はないだのなんだの適当に理由をつけただろう。人に自分のことを語るのは苦手だ。
しかし、今この場でごまかせば奏太は間違いなく瑞雪の言葉を一切聞き入れなくなる。
「俺も別に、なりたくてなったわけじゃない。家系的な問題だ」
本当は、羊飼いなんてやりたくもない。死と隣り合わせ、理不尽の数々。家や組織から離れようとしたこともあったが、悉く祖父と兄に阻止された。忌々しい。
縁を切って終わるならとっくにぶん殴って縁を切っている。どうしてかあいつらは瑞雪を手の中に置いておきたがる。きっと自分たちの掌の上で無様に死ぬのが見たいのだろう。
一度高校の時に家を出ようとしたことがあったが、バイトも何もかも全部落とされ死ぬだけだと諦めた。
別に、瑞雪自身は特別不幸だとは思っていない。理不尽な目に遭う以外は衣食住は足りているし、教育も受けられている。
ただ、気に入らないし怒りを覚える。いつかは絶対に殴り飛ばして羊飼いも辞める。思い出して腹が立ってきた。
「まあ、いつかは絶対にやめるし殴る。お前が思い描く羊飼いなんて幻だ。なんにせよ、お前が杖と猟犬を得た経緯をきちんと説明しろ。全てはそれからだ」
そう告げると先程までの威勢はどこへやら、目を伏せ押し黙る。
(こいつ……絶対後ろめたいことあるだろ)
話せないということはどうせろくでもない理由に違いない。羊飼いに関する事ならなおのことだ。
この世界には後ろ暗いことが多すぎる。エデン関連なんてその最たる例だ。知らずに生きて関わらずに暮らす方が幸せになれるに決まっている。
それを心底理解しているからこそ、瑞雪は子供に武器を握らせたくなかったのだ。
「さっさとはな」
『ぎゅぃい!』
カマイタチが叫ぶのと、瑞雪が問い詰めようとしたのはほぼ同時だった。
指輪と本を持ち、奏太がこちらへ駆けてくる。同時にヒグマがブッチャーへとタックルをかまし、ブッチャーの身体がよろめく。
ヒグマとブッチャーを同時に潰すか一瞬迷ったが、雷の槍をブッチャーにのみ投射する方向を修正。
(こんなガキが羊飼い?フリーの傭兵……なわけはない。どう考えても杖を持っただけの素人だ!)
猟犬を禄に扱えていなかったのはこれまでの遭遇で判明している。
しかし、こちらを襲ってきていたのに何故今更?
思えばヒグマが表れたとき、この子供も必ずその前後で現れていた。夏輝達がヒグマと初めて遭遇した時も奏太と久しぶりに偶然鉢合わせて、と言っていた。
「た、助けに来ました!」
瑞雪の困惑をよそに奏太はまるで瑞雪を守るようにぶるぶると震えながらもブッチャーとの間に割り込んでくる。
ヒグマがさらにブッチャーとの間へと入り、仁王立ちになり咆哮を上げながら威嚇する。
「そいつをどかせ!ぶち抜くのに邪魔だ!」
こんな時に猫を被る余裕はない。そもそも瑞雪は猫なんて被り慣れていない。
瑞雪の怒声に奏太は驚いた顔をしつつも奏太は素直にヒグマに命じる。ヒグマは飛びのき、瑞雪は詠唱しつがえていた雷をブッチャーの頭に向けてぶっ放す。
「落雷(トニトルス)!」
耳を劈く轟音と共に視界が青く染まる。ブッチャーの上半身が大きく抉れ、消し飛ぶ。
奏太はそれを大口をあけてぽかんと呆けた顔で見ていた。
数秒後、どぉんと大きな音を立てて倒れるでかぶつ。それを見てから瑞雪は奏太の腕を掴み走り出す。
「逃げるぞ!どうせまだ増援が来る!」
「は、はいぃ!」
そのヒグマは肉壁には十分だろうが、ここでは落ち着いて詰問することも出来ない。はぐれて逃がすわけにもいかない。
知る限りではヒグマは夏輝や瑞雪を襲いはしたものの、誰かを殺したり襲っているところは見たことがない。とはいえ判断しかねる。
どういう処理をするにしても話は一度聞かなければならない。
(記憶処理して杖と猟犬を取り上げて日常生活に戻すのが妥当か)
子供を巻き込む趣味はない。夏輝のことだって瑞雪は最初は反対だったのだ。秋雨が有無を言わせず羊飼いにしたのと、ラテアのことがあるから従わざるを得なかっただけ。
瑞雪自身は一度はぐれて見失えば追いかけられる自信がない。それに奏太は今瑞雪に対して敵対心を抱いていないようだ。今のまま確保してしまいたいのが本音だ。
「へへ……」
背後から間の抜けた笑い声がする。ちら、と少しだけ視線をやればだらしない顔をしていた。
「ふ、冬城先生がやっと本当の顔見せてくれた」
「はぁ……」
こいつは一体何なんだ。いつ背後から襲われてもおかしくないこの状況で笑っているなど。それも心底どうでもいい事柄で。
自分の生死よりも瑞雪が猫を被る被らないの方に意識が集中しているなんて馬鹿げている。
クラクラ眩暈がするのはきっと何も貧血だけが原因ではないだろう。
(こいつの頭はお花畑か何かか?俺が守り切れるなんて保証どこにもねえんだぞ。むしろ俺は守るのに適していないんだ。知るわけないかこいつが……)
ブッチャーの後、何体かの猿や光の妖精を退けつつ、ふらふらしながら走る。
奏太が肩を貸そうとするが、無視。それより彼の腕をしっかりと掴み続ける。
ヒグマの方は奏太の指示に従いひたすら肉壁に徹している。逆に奏太の方は指示に精いっぱいで自分自身は指輪があるにもかかわらず魔法を使うそぶりは見せない。
トツカは相変わらず戻ってくる気配もなく、じりじりと血を抜かれて体調が悪化していく。
しかし、敵の増援は打ち止めなのか段々と数が減り、やがて止まった。朝陽が乗り込んでくる様子はない。
(完全に遊びかよ……面倒くせえ)
小さく息をつく。たどり着いた先は白ウサギを見た地点から随分と離れた場所だった。
「カマイタチ、警戒を怠るな。マナ反応があったらすぐに伝え、ろ」
『ぎゅうぃ』
視界がぐらぐらと揺れ、蹲りそうになるが瑞雪は壁に背中を預けることで何とか阻止する。
「だ、大丈夫ですか?」
おろおろと奏太が心配そうに瑞雪を見る。
「気にしなくていい……っ」
ひと際大量に血が吸い取られ、呻きそうになるのを堪える。最悪だ。あの野郎なにやっていやがる。
心の中で悪態をついてもトツカには少しも聞こえやしない。
「でも……」
「それより」
幸いにも、最後に大きく吸われた以降吸血は止まった。またいつ奪われるかはわからないが、もしかすると戦闘は終わったのかもしれない。
息を何度か吸って吐き、造血剤を取り出し口の中にいくつも放り込む。効果が出るまでには少しかかるだろうが、さっきまでは落ち着いて摂取することすら難しい状況だった分マシだ。
「どこまで知っている?」
瑞雪は奏太に問う。
「えっと、エデンと羊飼い、猟犬のことは……」
「基本的なことは一通りか」
奏太の目は泳ぎ、しきりに所在なさげに手をゆらゆらと動かしている。どこからどう見ても隠し事をしている。
ため息をつきたくなるがぐっと堪え、問いを続ける。
「お前は何故指輪と猟犬を持っている?どこから手に入れた?」
失血は止まったものの、体調はいいとは言い難い。
手先が冷たくて感覚がない。何度か擦り合わせたり息を吐いて温めようとするが一向に温かくならない。舌打ちしたくなるのをやっぱり堪える。
「えっと、それは、その」
奏太はバツが悪そうに目を伏せる。
「どれだけ危険なことかわかってるのか?ガキが首突っ込んでいいもんじゃないんだよ。今だって見ただろう。下手したら巻き込まれて殺されていたんだぞ?羊飼いなんて社会不適合者、頭のおかしいやつばっかりだ。俺も含めてな」
一度剥がれてしまった猫を被りなおす気にはなれず、普段のぶっきらぼうで冷たい物言いで瑞雪は話す。
「でも、冬城先生は守ってくれましたし……!」
「勝手にそう思ってるだけだろ。学校ならともかくここでは庇いきれるほど俺は強くねえよ。ただでさえ猟犬がどっか行ってるんだ……」
勝手に幻想を抱かれても困る。スマホの画面をずっと睨みつけているが、トツカがこちらへやっと戻ってきているのがわかる。
戻ってきたらどうしてくれよう。腹の底がふつふつと煮える。
「そ、それでも僕の事、ちゃんと掴んで連れてきてくれたじゃないですか。先生。僕、嬉しかったです……」
陰鬱そうな顔のままだが、どこか頬が赤らんでいた。奏太の手が瑞雪の手に伸びてきたのでさっと避ける。
「そんなことはどうでもいい。この際関係ない。このままだとお前は死ぬかもしれない。元の日常に戻れるようにしてやるから羊飼いから足を洗え。……俺の今の状態ですら、お前は一瞬で殺せる。何度も言うが俺は別に強い方じゃないんだ」
自分自身把握している。瑞雪は確かに攻撃魔法の腕は秀でているが、一人でどんな状況にも対応し対処できる羊飼いではない。
前衛となる猟犬がいて攻撃魔法を確実に放てるという前提で言えば倒せない相手はそうそういないだろうが、今この場においてはそうではない。
ゲームだとか漫画だとかの世界とは違う。弱ければ死ぬし誰も助けてくれはしない。
死ぬときにそれを理解しても遅いのだ。
「で、でも……!それなら何で夏輝はいいんですか!?夏輝は先生と一緒に戦っていたじゃないですか!何で僕はダメで夏輝は……!」
奏太はどもりつつも食い下がる。
(まあ……そうだろうな。夏輝だって同じガキだ。比較対象になる)
彼は大丈夫で自分は駄目。言われている方としては理不尽極まりないだろう。
結局、一番簡単な方法は明確だ。奏太を無理やり連れて行って記憶の処置を行うこと。最善の方法だが、奏太の意思は無視するもの。
しかし、それをするなら奏太に話しなんて聞かずに騙して連れて行けばよかったのだ。勿論、そんな事瑞雪だってわかっている。
自分自身が常々理不尽に晒され選択肢を奪われ続けてきたからこそしたくはなかった。この短時間と余裕のなさもあったことは間違いなかったが。
「ぼ、僕、先生の役に立ちたい……!一緒にいたい、戦いたいんです……こ、こんな気持ち初めてなんです」
奏太が縋るように瑞雪の方に寄ってくる。どうしたものか。
「先生が好きだから……!」
好き。なんて軽い言葉なのだろう。出会って一週間も経っていない。そもそも瑞雪が助けたのをひな鳥のように自らの頭に刷り込んでしまっているだけだ。
しかし、正論を叩きつけたところで奏太は間違いなく逆上するだけだろう。
なにより誰かを好きになったことなどない瑞雪にはこの勘違いを指摘する資格などありはしない。
どうしたものか。顔には出さないものの頭を抱える。こういう時どうしていいか、欠陥品みたいな人間の瑞雪にはわからないのだ。
「夏輝は羊飼いになることを強制されただけで望んで羊飼いになったわけじゃない。やむを得ない事情があっただけだ」
「それじゃあ先生は?」
奏太の声は段々と低くなっていく。苛立ちを隠せていない。
「俺か?」
普段の瑞雪ならいう義理はないだのなんだの適当に理由をつけただろう。人に自分のことを語るのは苦手だ。
しかし、今この場でごまかせば奏太は間違いなく瑞雪の言葉を一切聞き入れなくなる。
「俺も別に、なりたくてなったわけじゃない。家系的な問題だ」
本当は、羊飼いなんてやりたくもない。死と隣り合わせ、理不尽の数々。家や組織から離れようとしたこともあったが、悉く祖父と兄に阻止された。忌々しい。
縁を切って終わるならとっくにぶん殴って縁を切っている。どうしてかあいつらは瑞雪を手の中に置いておきたがる。きっと自分たちの掌の上で無様に死ぬのが見たいのだろう。
一度高校の時に家を出ようとしたことがあったが、バイトも何もかも全部落とされ死ぬだけだと諦めた。
別に、瑞雪自身は特別不幸だとは思っていない。理不尽な目に遭う以外は衣食住は足りているし、教育も受けられている。
ただ、気に入らないし怒りを覚える。いつかは絶対に殴り飛ばして羊飼いも辞める。思い出して腹が立ってきた。
「まあ、いつかは絶対にやめるし殴る。お前が思い描く羊飼いなんて幻だ。なんにせよ、お前が杖と猟犬を得た経緯をきちんと説明しろ。全てはそれからだ」
そう告げると先程までの威勢はどこへやら、目を伏せ押し黙る。
(こいつ……絶対後ろめたいことあるだろ)
話せないということはどうせろくでもない理由に違いない。羊飼いに関する事ならなおのことだ。
この世界には後ろ暗いことが多すぎる。エデン関連なんてその最たる例だ。知らずに生きて関わらずに暮らす方が幸せになれるに決まっている。
それを心底理解しているからこそ、瑞雪は子供に武器を握らせたくなかったのだ。
「さっさとはな」
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