青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意5 ウサギ

5-4

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「瑞雪さんたち大丈夫かなぁ……」
「これ最近毎回言ってるよな!まあ心配だけどさ」

  トロンのナビゲートをもとに俺たちは動く小さなマナの反応を追っていた。市街地で結界を張る場合は車の量の多い車道を含まないように、だとか色々と気を使わなければならない。
 事故っても組織の構成員が処理を行うが、けが人は出るし最悪死人も出る。出来る事ならそんなことは避けたいわけで。

『マナ反応があったのはあのビルの3Fよ!』

 反応のあった場所に近づき、トロンが叫ぶ。
 どこにでもあるような古臭い雑居ビルであり、中には塾だとか、雑貨屋だとかが入っていたはずだs。
 今の時間、当然客も従業員もいる。中へと入れば結界を張ったことにより床に倒れ伏す人々が目に入る。まあ転がっておいてもらおう。

「どうする?中に入るか?」
「そうだね……既に摂取している可能性が高いならこれ以上の被害者を増やさないようにしないといけないし……」

 瑞雪の情報を踏まえたうえで、摂取した人間はいると思われる。その地球人は、恐らくは手遅れだろう。
 夏輝は唇を噛み締める。慰めるよりも魔物化が起こった場合結界内で気絶した地球人を襲う可能性は高い。そうなる前に速やかに討伐しなければならない。
 塗料のはがれたビルの外壁。自動ドアなんてものはなく、ビルの入り口の重たいガラスの扉に力を籠め、開く。
 入口付近には中の店舗の従業員と思しき女が倒れていた。傷などを確認するが特に外傷はなく、息も正常。結界の効果で気絶しただけのようだった。
 耳を澄ませる。五感を研ぎ澄ませ、ビルの中の音と気配を探る。最新のビルとかなら無理だけど、この古臭いボロビルなら獣人の優れた五感を発揮可能なはず。

「……る、……声、……るる、る」

 僅かに聞こえる声。小さな、ぶつぶつと呟く声音は違う人物であるはずなのに魔物化する直前の人間の時と酷似していた。

「いる……!多分二階だ」

 手短に小さく唸るように俺は夏輝へと伝える。夏輝は頷く。じっとりと嫌な汗が額に浮かぶ。

「俺から入る。いいな」
「うん。気を付けてね」

 先頭は俺だ。俺の方が感知能力に優れているからな。
 夏輝は短剣を、俺は爪を構える。ゆっくりそろりそろりと……といくわけにはいかない。魔物化したら周辺の被害は甚大になりかねないからだ。
 現状雑魚しか現れてはいないが、トツカがやってきた日に交戦した相手はいずれも大型の魔物だった。あれくらいの魔物だったらこのビルを倒壊させることなど容易だろう。でも。

「もうチョコレートを摂取してる可能性が高いわけだけど、どうするんだ?殺した方が安全……なのは間違いないが」

 ぼろっちいエレベーターもあるが、当然選ぶのは階段だ。駆け上がりつつも俺は夏輝に問う。

「……それは」

 夏輝が口ごもる。

「化け物になってしまうのなら、殺すしかない……よね。わかっては、いるよ」

 少しだけ逡巡したのち、言葉を吐き出す。

「勝手なエゴかもしれないが、せめてヒトのまま死なせてやる方がある意味で幸せかもしれない」

 近づくにつれ、俺の耳に届く声が大きくなっていく。それはヒトの理性ある声ではなく、ゾンビみたいな呻き声だということがはっきりわかる。

「こえがきこえる、こえがきこえる、こえがきこえる」

 一体何の声が聞こえるというのだろう。問いかけたところできっと答えは返ってこない。
 二階は百円ショップが入っている。全部百円の割に大体のものが買えるという恐ろしい場所。よく夏輝と一緒に世話になっている場所だ。
 床の上には買い物に来ていた客と店員が転がっている。
 店頭には件の地球人はいないらしい。レジ奥にある扉の中から声が聞こえてくる。

「俺でも聞こえるよ。……この中、だね」

 ナイフを構える。既に身体強化魔法は俺も夏輝も展開済みだ。互いにアイコンタクトで確認を取り、俺は思い切り脚力強化がかかった足で木製のドアを蹴り破る。
 休憩室には一人しかいない。そりゃ何人も同時に休憩に入っているやつがこんな小さな店にいるはずもない。

「こえがきこえる、こえがきこえる、こえがきこえるこえがきこえるこえがきこえるこえがきこえる」

 二十前後と思しき女が呻き、頭を抱えながらよろよろと部屋の中をさ迷い歩いている。パイプ椅子は地面に倒され、机の上のバスケットと中に入っていただろう菓子類はむき出しのコンクリートの床にぶちまけられていた。

「きこえ、る、る、る、る」

 明らかな異常。この間とまるっきり同じだ。
 夏輝はその異様な光景に一瞬怯みつつも部屋の中へと入っていく。俺もそれに続く。
 魔物化していないのなら殺すのは一瞬だ、逆に言えば人間とそう変わらない。……変わらないのだ。
 ぶるぶると震え、意味を持たない呻き声を上げ続ける。

『マナ濃度がどんどん高くなってる……』

 ぽつりとトロンが言葉を漏らした。恐らく、変態はもうすぐ起こってしまう。

「……ごめんなさい」

 夏輝が呟き、女に寄っていく。

「俺が……」
「ううん、俺がやる。大丈夫だよラテア」

 俺がやろうと前に出ようとすると、夏輝が空いたほうの腕を前に出して制止する。夏輝の顔を横目で見れば苦い顔をしつつも迷ってはいなかった。
 少し迷いつつも、俺は夏輝を止めなかった。これからも羊飼いをしていくのなら、避けては通れない道。

(やっぱり、俺が出来るだけ早くエデンに戻ることがこいつを元の生活に戻す一番の近道なのかな……)

 自分自身が戻りたいというのもあるが、夏輝が後戻りできなくなる前にというのが一番大きいかもしれない。

(でも……エデンと地球の現状を知ってしまった以上、俺がエデンに戻っても夏輝は羊飼いを続けるんじゃないか?瑞雪にも懐いてるし)

 一瞬の間に悶々と考える。しかし、鼻腔に届いた鉄錆に意識が現実に引き戻された。
 女の左胸から夥しい血が流れる。心臓を一突き。夏輝なりに考えた殺し方だった。びくびくと陸の上に上がった魚のように少しの間痙攣していたが、やがて動かなくなる。
 そのころには、血の色が赤から緑へと変わっていた。一応確認すると骨格や関節がヒトのものではなくなっていた。間一髪だったのだろう。

「夏輝、大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫」

 ヒトではないものになりかけていたからか、ダメージは深刻というほどではないようだった。
 夏輝の代わりに持ち物や痕跡を確認しようとすると、夏輝にまたも止められる。

「待って、この間魔物化した人たちに触れたら共鳴現象が起こったんでしょ?……俺がやるよ。また起こっちゃうかもしれないし」

 夏輝の申し出に俺はしぶしぶ頷いた。何もしないのは自分の性分に合わない。でも、共鳴現象を起こしたくもないため大人しくしておくことにする。

「わかった。代わりに警戒しておく」

 自然発生ではなく、第三者による悪意が確実にあるのだ。今こうしている事だって誰かに監視されているかもしれない。
 そう夏輝に伝え、部屋に一つしかない扉へ戻ろうとする。が。

 ひた、ひた、ひた。

 ビルの一階から足音がする。間隔からして普通に歩いてくるのではなく、忍び足。そして靴を履いていない裸足のようだった。
 
「……誰か来る?」
「えっ!?トロン、マナ反応は?」

 夏輝が慌てて死体から離れ、ナイフを構え周囲を警戒する。

『一つよ!』

 複数体いないことは不幸中の幸いか。足取りもゆっくりしたもので、次の瞬間襲われているということはなさそうだ。

「ここで襲われたら狭すぎる、外にいったん出るぞ!あの女の持ち物は?」

 夏輝を急かす。

「チョコエッグの包み紙と、やっぱり四月十一日の紙、食玩だけ。残りのマナ反応があった人たちからも回収しないと……食べちゃう前に」

 前の時とほぼ一緒。他にめぼしいものはない。それだけ持って、俺たちは休憩室から警戒しつつ飛び出す。

『でも……うーん、気のせいかしら?』

 出来ればビルの外に出たい。しかし既に入ってきているため階段を選べば間違いなく鉢合わせるだろう。
 となれば窓から飛び降りるのが一番だ。幸いにもここは二階、俺たちの身体能力をもってすれば余裕だ。
 しかし、トロンが気になることを言い出す。

「どういうことだ!?」

 夏輝が半分しか開いていない窓を開け放つ。窓はそこまで大きくはなく、俺達が何とか身体を押し込んで通れるくらいのものだ。
 俺は夏輝よりも身体が柔軟性に富んでいるため楽に抜けられるが、夏輝は苦労していた。
 軽やかにコンクリートの地面へと着地。表通りではなく裏道だ。
 夏輝が悪戦苦闘している間に俺はトロンに問う。

『瑞雪の家からの帰り道に割り込んできた猟犬がいたでしょう?あの時の反応によく似ている気がするのよ!』
「いててて」

 どさっと鈍い音がして夏輝が下へと落ちてくる。受け身を取りけがはないようだが、ちょっとダサい。
 しかし、そんなことを言ってはいられない。あの黒髪の狐の獣人だろ?

「あいつ、やっぱりグルなのっ」
「ラテア、上!」

 夏輝が叫ぶとともに俺の身体を突飛ばす。次の瞬間、轟音とともにさっきまで俺がいた場所のコンクリートが瓦礫に変わる。
 視界いっぱいに広がる巨大な毛むくじゃらの剛腕。いったい何事かと筋肉のばねを使い立ち上がる。
 尻尾の毛がぶわりと膨らむ。ぐるぐると唸り、睨む。
 次なる腕の動きに備える……はずが、腕があっさりと視界から消える。
 代わりに視界に現れたのはあの夜に見た黒い狐だった。
 





 


 
 
 






 
 

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