青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪意5 ウサギ

5-2

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「夕方まで暇だぁあ!というわけで八潮に頼んでお前に料理を叩き込んでもらうことにするぜ」

 カフェ朱鷺。いつも通り俺とトツカは八潮の厄介になっていた。
 とはいってもただだらだら管を巻いているだけじゃない。
 昨日の夜は八潮に世話にもなったし、昼寝ばかりしていても牛になると思い夕方夏輝達が戻ってくるまでカフェの手伝いをすることに決めていた。
 それに。

「お前は料理の才能というか家事の才能あると思うんだよな。機械的にきっちりこなせるというか。面倒くさがらないからさあ」
「勤勉は美徳だ。羊飼いの健康を守ることができるというメリットもある」

 トツカなりに考えているようだ。でも身体的な健康もそうだけど心の健康も守れるように考え直した方がいいと思うなぁ。
 まあ言わないけど。言っても通じないからだ。どうしたら通じるのか考えたが、さっぱりわからない。まあ一朝一夕で教えようというのがおかしいのかも。
 瑞雪がそんな簡単にへこたれるとも思えないし、気長に頑張ってほしい。
 
「教えることは楽しいですし、私に教えられることであれば何でも教えますよ。孫が三人増えたみたいでにぎやかになって嬉しいです。人手も増えたようなものですし」

 ちゃっかり瑞雪も数に入れているらしい。八潮は本当に嬉しそうににこにことしながらカフェの掃除をしている。
 八潮は毎朝まずカフェの掃除と、裏庭の手入れを行う。裏庭の祠は特にぴかぴかに、念入りに掃除しているようだった。

「それならいいんだけどさ。そういえば八潮はえーと、ブッキョウ?シントウ?だっけ?庭に祠があるけど、何か神様を信じてるのか?」

 昨日の夏輝の話でちょっと八潮について興味を抱いたのだ。
 聞いていいものかと悩みつつ、八潮なら怒ったり無碍にしたりはしないかと考え聞くことにした。

「神様を信じているわけではあまり……ないかもしれませんね」

 俺の言葉に八潮は少し困った顔をした。

「形見のようなものなんです。ここはもともと神社だったのですが、もう今では継ぐ人もおらず取り壊しになりました。でも、この祠だけは残したんです。カフェの景観にはちょっと似合わないかもしれませんけどね。でもとても大事なものなので」

 悲しい、というよりかは懐かしむように目を細める。何か宝物を眺めるような、そんな顔だ。

「さ、それでは始めましょうか」

 今日は昨日の鍋焼きうどんを教えてくれるらしい。確かにうどんも材料を切って煮るだけだから初心者向けだろう。
 後はつゆの味付けとかか。
 そんなこんなであっという間に午前中は過ぎ、昼時は忙しなく配膳や注文取りを行い、時間は過ぎていった。
 
「お疲れ様です。少し遅くなりましたがゆっくりお昼を食べてくださいね」

 と、やっと客の流れが落ち着いたところで昼休憩。幼稚園帰りの奥さん方だとか、大学生だとかが増えてきた。
 今日のまかないはカルボナーラパスタだ。チーズたっぷりでいい香りが鼻をくすぐる。
 カウンター席についていざ食べようとしたところでからんころんとドアに備え付けられた鈴がかわいらしい音を立てた。
 客なんて珍しくもないため視線は向けなかったが、聞き覚えのある声が耳に届く。ついでに甘ったるい香りも。

「こんにちは八潮さん。今日も来ちゃった♡」

 そう、ロセとアレウである。相変わらずアレウはロセの腰に手を回し、バカップルっぷりを発揮している。
 いつもロセは見覚えのない服、装飾品を身に着けてくる。いったいどれだけ持ってるんだろう。
 んで、当然のように俺たちの隣の席へと腰掛けてくる。別にいいけど、喧嘩の原因になる瑞雪がいるわけでもないからな。

「ロセ」
「何?トツカくん」

 席に着くなりトツカが声をロセにかける。うーん、何か嫌な予感がするぞ。俺は気づかないふりをしてフォークでパスタを巻き取る。

「キスを試みたのだが、下手糞だと罵られて殴られた。どうしたらいい?」
「ぶっほ!?」

 駄目だ。気づかないフリをするのは無理すぎた!
 トツカのいきなりの爆弾発言に俺は思いっきり噴き出す。パスタの麺とか具が変なところに入ってしまう。鼻から出なくてよかった。
 八潮にタオルを渡される。こいつらは昼間から何を話しているんだろう。脳みそが理解を拒否していた。

「あらら。キスの仕方がわからなかったか」

 ロセはあちゃーという顔をしていたが、絶対に申し訳ないとか思っていない。
 
「唇を重ねて奪った。しかし殴られた」

 ……俺はキスなんてしたことないけどさ、知識くらいは多少なり流石にあるわけで。

(バードキスじゃなかったのか?)

 何となく、ドキドキするし俺は何もしていないのに恥ずかしい気分になる。いや、この間の口にちんこ突っ込んだ事件も相当だったけどさ。
 ……冷静に考えてキスよりひどいな?

「ごめんね、口での説明じゃわかりにくかったよね。今目の前で実践して見せるね」
「仕方ねえなあ」

 そう言ってロセはアレウに身を寄せる。アレウもアレウでノリノリだ。なんなんだこいつら。
 見なかろうと思ってもついつい気になってちらちら見てしまう。トツカ?言わなくてもわかるだろ?

「ん♡」

 見せつけるように、ロセとアレウは長ったらしく卑猥な音を立てながらディープキスをして見せる。
 俺とトツカを時折ちらちらと見ながら目を細め笑っていた。
 アレウの手がロセの腰から尻へと伸びる。肉厚で揉み心地のよさそうなヒップを男らしい武骨な、けれど手入れされている手がやわやわと揉みこんだ。

「ちゅ、じゅるっ……キスはぁ……ん、ふ、こうやるんだよ♡」

 思わず耳を塞ぎたくなる。いやらしい水音が俺の耳には容易に届き、いたたまれない気持ちになる。

「こら、二人共いい加減にしなさい」

 いつまでもその時間が続くかと思いきや、止めたのは八潮だった。彼にしては珍しく呆れ顔。
 八潮に咎められた二人は素直にキスをやめ、互いに顔を見合わせていた。

「はは、すまねえな八潮さん」

 アレウは殊勝に謝罪する。

「えー、私はトツカくんに聞かれたから教えてあげてただけなのに。トツカくん、キスの仕方わかった?」

 ロセの方はと言えばくすくすと楽し気に笑いつつやっとアレウから身体を離す。言われたからやめたけど、全くこりていないのがよくわかる。

「ああ」

 トツカは極めてシンプルに首を縦に振った。と、そんなときにロセのスマホに着信。

「うんうん。先生がうまいからね、私たち二人だもの……っと、ちょっと仕事の連絡が。三人で話してて」

 そう言ってロセは足早に店の外に出ていく。

「なあ、ラテアの坊や。お前耳まで真っ赤だぜ?」
「はぁ!?」

 ロセが居なくなってほっとした瞬間、今度はアレウが爆弾発言してくる。
 思わず椅子から飛び上がる。確かにさっきから全体的に体がカッカしちゃってるけどさあ!

「俺たちのキスで興奮しちゃった?」

 にやりと笑うアレウのなんと悪辣なこと。ちらりと見える牙が忌々しい。

「そうなのか?ラテア」

 トツカもトツカで何でこういう時に限って聞き返すんだか!こいつらグルか何かなのか?

「うるせえ、んなわけないだろ……」

 ぷい、とそっぽを向き、俺は昼食の残りを食べるのに専念することにする。
 八潮は苦笑しつつ、再び仕事に戻っていく。ああ、唯一のこの場の良心が……!

「で、だ。お前、瑞雪の坊やに手を出すつもりなのか?」

 アレウがトツカに顔を寄せ、こそこそと話している。聞きたくないのに獣人の耳は一言一句間違えずに正確に聞き取ってしまう。最悪だ。

「手を出す?」
「セックスだよ、セックス」

 一応周りに配慮しているのか、とても小さな声でアレウが囁く。

「せっくす?」

 トツカが首を傾げ聞き返す。頭にはいくつものハテナが浮かんでいる。一見するとかわいらしい光景……じゃあないな。
 百八十を超える筋骨隆々の男がそんな仕草したってちぃともかわいくない。

「そう、セックス。愛の営み……って言ってもバブちゃんのお前にはわからないか。そうだなぁ、すっごくキモチイイこと、かなあ」

 気持ちいい、にわざとらしく力が籠もる。魔族は淫魔でなくとも碌な奴がいないのか?どいつもこいつも、ここは昼のカフェだぞ?
 夜ならまだしも昼間っからあほすぎる。そうは思いつつも、今口を出したら確実にボロが出るので俺は黙るしかできない。

「気持ちいい……快楽か。それは瑞雪も?」
「勿論。男同士のセックスは尻の穴を使うんだ。うーん。この間みたいな失敗は瑞雪ちゃんが可哀そうだし……そうだ」

 またも何かよからぬことを思い浮かんだのだろう。瑞雪の全くあずかり知らぬところで瑞雪を追いつめる事になるなんて。

(無力でごめんなア……でも俺関わりたくないわ)

 そもそも俺には関係ないし。うん。見捨ててごめんと思いつつも俺は知らん顔をすることに決めた。

「ほら、これ。お前スマホ持ってるんだっけ?」
「いや、まだだ」
「じゃあ紙に書くか……ミスってたら悪いけど諦めてくれ。これ、URL」

 一体何のURLを渡したのだろう。いや、どうせろくでもないのは間違いないんだけど。 
 ちょっとだけ気になって、耳をそばだてる。

「ここにセックスのやりかたがわかる動画がたくさんあるからそれ見て勉強するんだぞ。俺の知り合いが手がけたやつなんだけどさ」

 ああ、やっぱり。ため息をつきそうになり寸前で飲み込む。
 アングラな知り合いもいるらしい。まあ、そりゃそうか。

「ありがとう。今度こそ瑞雪に快楽を与えて見せる」

 絶対余計なお世話だって。しかし俺のそんなボヤキをよそにトツカは真摯にアレウの糞みたいなお節介を受け止めていた。
 何故誰も止めないのだろう。瑞雪はそんなこと求めてないって!……いや、瑞雪は既にいったのかも。トツカが全く聞かないだけで。

「……まあ、このサイト初心者向けじゃなくてハード系が多かった気がするけど。ま、いいだろ」
「よくねえよ!」

 思わずつっこむ。突っ込んでからしまったと口を噤むがもう遅い。アレウは酷くいやらしい顔をしてにやにやと笑っていた。

「三人とも仲良くやってた?」

 そこでやっとロセが戻ってくる。俺はバツの悪そうな顔をきっとしていただろう。
 再び俺の隣の席に座る。

「今さっき、外で偵察用っぽい感じの猟犬がうろついてたっていうか飛んでたけど、いいの?」

 ロセの発言。その顔はへらへらとした笑いはなく、すまし顔である。嘘をついている……なんてことはなさそうだった。つまり。
 急に現実に引き戻され、俺は思いっきり嫌な顔をしていただろう。







「どう?兄さん」

 カフェから離れた高層ビルの一室。月夜は朝陽に問いかける。

「真昼間からお下劣な話題に花を咲かせてるよ。有用な情報はなんもないね。ま、あいつららしいんじゃない?」
 
 白けたとでもいうように朝陽はつまらなそうに床にごろりと転がった。ここは双子が個人的に借りている仮の拠点だった。
 現在は偵察用猟犬の視界越しにここで偵察を行っているところだ。最も、偵察を実際にするのは朝陽ではなく朝陽の操る猟犬であったが。
 朝陽は多数の猟犬を操る羊飼いだ。戦闘も偵察もその他の事も全て猟犬に行わせる。
 朝陽自身の実力ではないのかと言えばそうではない。キャパシティ以上の猟犬を扱えば反逆されあっけなく食い殺されるのがオチだ。
 自らの魔法で屈服、従わせる。後衛ではあるが、猟犬の種類に応じて様々な状況に対応可能なある意味で瑞雪とは正反対の性能の羊飼いだ。

「そろそろ遊びにいっちゃおっかな」

 かな、と言いつつ朝陽の中ではもう直接妨害することは決定事項なのだろう。

「兄さん、それよりあの人たちより先に調べて解決はしないの?」

 月夜はそれとなく、先に被害者が出ないように解決を目指すのはどうだろうかと進言する。
 こちらが先回りして解決したのなら、瑞雪だって悪いことは言わないだろうし、彼らが危ない目にあうこともない。朝陽の溜飲だって下がる。いいことずくめのはずだ。

「ヤダよ。そんな事いつでもできるし?」

 駄目だよ、それじゃあ。そうは思っても朝陽は何も言わない。
 朝陽が恨んでいるのは瑞雪ではなく彼の祖父だ。彼自身の態度が悪いからといって、殺そうとしていいはずもない。

「大丈夫だよ月夜。殺しはしないからさ。後輩君たちには優しくするし」
「うん」

 殺しはしない。超えてはならない一線のように朝陽は言う。それ以外のラインは彼にとって大したことなく、どうでもいいものなのだ。

(父さん達がそれで戻ってくるわけでもないのにね。まあ僕は兄さんさえいればいいけれど)


 
 

 





 
 

 
 
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