青い月にサヨナラは言わない

Cerezo

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EP2 卵に潜む悪夢4 共鳴現象の謎

4-9

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「おかえりなさい」

 ようやく見慣れた八潮のカフェへと戻ってこれた。いや、今の時間帯はカフェではなくバーと言ったほうが正しいか。
 時刻をスマホで確認すると既に夜半を過ぎていた。
 裏口からカフェに入ると、音で気づいたのか八潮が小走りに駆け寄ってきた。

「心配しましたよ。さ、温かいものを用意しますから休憩室でゆっくりしていてください。今の時間帯はあまり治安もよくありませんから」

 夏輝も八潮も怒る気配を見せない。逆にだからこそ本当に俺の選択は正しかったのかと戸惑う。
 俺はとんでもない迷惑をかけてしまったんじゃないかって、そう思うのだ。
 休憩室のソファに俺と夏輝は腰掛ける。程なくして八潮が戻ってくる。その後ろから瑞雪とトツカが入ってくる。
 トツカは相変わらず何を考えてるんだかわからない顔をしていたが、瑞雪の方は呆れた顔をしていた。

「お前な……」

 俺の顔を見るなりため息をつく瑞雪。

「無理なら無理ってはじめから言え。いつもガキじゃねえって自分で言ってるくせに結局ガキじゃねえか。別にどうしても無理ってんなら無理強いなんてしないんだ……」

 休憩室の椅子にどっかりと座る。トツカもその隣に。やっとここで俺に対し不満を言ってくる奴が現れ、何故だか逆にホっとした。
 それも怒りというか呆れだったけど。

「ごめん」
「二度とするなよ。……明日病院には連絡しておく」

 それ以上は俺に対しては何もないらしい。

「ありがと。次は絶対ないようにする。ただ、その。ちょっと病院でおかしいところがあって。あと病院でエデン人に会って……」

 話さないほうがいいのではと少し考えたが、どうせトロンが知っているのだし隠したところで無駄だと思い直す。

「どうぞ。ゆっくり食べてくださいね」

 八潮が持ってきたのは熱々の鍋焼きうどんだった。いい匂いが肺を満たし、ほっとする。
 ここに来るまで一切感じていなかった空腹を感じ、ぎゅるると腹から恥ずかしい音が鳴った。夏輝も同様らしく、互いに顔を見合わせて情けない顔をした。

「俺たちは頼んで……おい、食うな」
「何故?」

 瑞雪が口を開きかけたところでトツカが勝手に手を付け始めていた。いや、八潮はトツカ用に用意したのだから問題自体はないんだけど。

「これはサービスですから。しっかり食べないとやれることもやれなくなりますよ?それに作った以上は食べてもらわないと勿体ないですから。少し席を外しますね。ゆっくりしていってください」

 そう言って八潮は部屋から出ていく。

「父親か何かか……?はぁ」

 瑞雪がボヤくが、その顔に嫌悪感などは浮かんでおらず彼自身も箸を取る。嫌じゃないんだろうなあ。
 
「あはは。八潮さんはこの店に来る人達のお父さんみたいなものだから」

 俺は猫舌なのもあってゆっくり冷ましながらうどんを啜る。柔らかい醤油と出汁の味が口の中に広がる。
 美味しくて夢中でがっつく。病院の中では生きた心地がしなかったから余計にだ。

「むぐ、そういえば結婚とかしてないのな。包容力があってモテてそうだけど」

 父親。その言葉で以前から思っていたことを疑問にする。あれだけいい人なのに結婚していないなんて。

「……触れていいのか?その話題」

 トツカが黙々とうどんを啜る隣で瑞雪は訝し気な表情を浮かべていた。

「多分だけど……前にお客さんに聞かれたときにそう答えてたから。昔好きな人がいたみたいで、結婚も恋愛も全くする気がないんだそうです。裏庭の方に祠があるんだけど、それをとても大切にしてて。多分好きだった人と関係があるんじゃないかなあって」
「なるほどな」

 夏輝の言葉に一途なんだなあ、なんて他人事のように思う。

「で、ラテア。大分話がそれたが病院で何があった?あとエデン人と会ったって言ってたがどういうことだ?」

 瑞雪の言葉にうどんに行っていた意識が戻ってくる。啜るのをやめ、俺は小さく息を吐く。

「エデンから人探しに来たレイってヤツと会ったんだよ。まあその探し人に関しては俺は全くわからなかったけど。そいつに病院の地下の階数がやたらと多いこととかを聞いたんだよ。俺も地下に連れていかれそうになったし……。そこで検査するって言ってたけど、ちょっとおかしいと思った。これに関しては俺の偏見なのかもしれないけど」

 あの時の事を思い出し、ぶるりと身体を震わせる。

「カマイタチ、勅使河原総合病院についてのデータを御絡流の会の方から引っ張ってくれ」
『ぎゅい!』

 スマホを取り出しカマイタチに命じる瑞雪。

「夏輝、まだこれはあるだろうか?」
「おかわり?鍋焼きうどんのおかわりは多分作らないとないと思うからサンドイッチとか持ってくるね」
「おい」

 トツカはまだ腹が減っているらしい。瑞雪が止めようとするが止まる気配はなく、夏輝も快く厨房の方へと行ってしまった。

「まあ、遠慮なんて今更だと思うぜ。夏輝!俺もまだ食べたい!」
「わかった~」

 そもそも八潮が世話焼きなのだ。夏輝もまた然り。瑞雪は諦めたようにため息をつき、なんとも言えない顔をした。

「……うちの組織の方にも地下の申告はないな。見取り図もあるが地下は霊安室のある一階分だけだ。それに勅使河原は財力もコネも申し分ない。ありえない話じゃない。ただ、実際に地下を見た訳でもないしもう少し調べてみる必要があるがな」

 スマホの画面を面倒くさそうに見ている瑞雪。そこへ夏輝が色々持って戻ってくる。フライドポテト、チキン、サンドイッチなど軽食が中心だった。
 テーブルの上に置かれるとトツカが早速手を伸ばす。俺も負けじと自分の分を皿に盛る。ついでに夏輝と瑞雪の分も。

「入院したときにはとても親切にしてもらったし、いいひとだと思ってたんだけど……。どうやって調べるんですか?」

 夏輝の言葉に瑞雪は露骨に不機嫌な顔をする。

「……あの情報屋に頼るのが一番だろう。俺たちに調査にたけた奴はいないし、そもそも俺達には時間がないし他の問題もある」
「そういえばチョコエッグの事はどうなったんだ?」

 そう、魔物化事件にも絶賛巻き込まれているわけで。関連性はないとは言えないが、なんとも言えない状況である。

「少なくとも俺とトツカで回収した分からは薬物は検出されなかった。配られていたものと市販品……そもそも新製品の宣伝のために街頭でサンプルを配ってるわけだからな。どちらともシロだ。そもそも配られてるものが全てダメだったら今頃黒間市はパニック映画みたくなってるだろうがな」

 つまり、進展ナシというわけだ。

「だが」

 そこでトツカが口を開く。なんだなんだ、お前どうした?全員の視線がトツカに集まる。

「あの日の夕方配っていた白いウサギは今日は出会わなかった」

 白いウサギ。俺にチョコレートを渡した、そして被害者と共鳴したときに見えたウサギだ。

「白の配っている卵を調べないと何とも言えないが、現状それしか手掛かりがない。人海戦術が使えればいいが、そうもいかないのがな。俺達でやるしかない。明日の放課後白ウサギを探すか」

 瑞雪の言葉にトツカ以外が頷く。
 じわりじわりと何か嫌なものに包囲されている感じがしてならない。一つ一つは点と点で繋がっていないのに、何となく少しずつ包囲網を敷かれて追いつめられているような気がする。
 
(今は嫌な方嫌な方に考えちまってるだけかな。とにかくやれることを頑張らないと)

 きっと今俺が弱っているからってだけだ。
 そう思うことにし、俺は食べ物の残りを口の中へと詰め込んだ。

 



 


 
 
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